暗殺の理由?

1.暗殺者の動機

洋の東西を問わず、歴史上政治家を中心に多くの人たちが暗殺されてきました。暗殺の理由は、何に求めれば良いのでしょうか。

あらゆるテロの原因は、テロリストの動機にあります。ある種の通り魔殺人のように、犯罪者が気が触れているような場合は別ですが、テロにしろ、暗殺にしろ、犯人は正気のはずです。
すなわち、あらゆる暗殺の原因は、首謀者(首謀者と実行者は、別人かもしれませんが)の動機にあります。

2.馬渕睦夫氏の暗殺論

雑誌『WiLL』2021年2月号に、陰謀論の大家・馬渕睦夫氏は書いています。

・「ケネディ大統領はテキサス州ダラス市においてオープンカーでパレード中銃撃によって白昼暗殺されました。犯人として共産主義シンパのリー・オズワルドが逮捕されましたが、常識的に考えてこのような大胆な暗殺は情報機関(CIA)や捜査・治安当局(FBIや警察)が関わらないと不可能です。(中略)ケネディ暗殺の理由は、第一に大統領令により政府ドルを発行したことであり、第二に米ソ関係の改善とベトナムからの撤退を計画していたことです。この二つは、ディープステート(金融資本家)に対する真っ向からの挑戦でした」(195頁)

・「南北戦争に勝利したリンカーンは、戦後まもなく暗殺されたのです。このように、暗殺の最大の理由は政府通貨を発行したことです。加えて、アメリカの分裂を策したイギリスの目的がリンカーンによって阻止された腹いせもあったでしょう」(196頁)

3.定説

ウィキペディアの「ケネディ大統領暗殺事件」には、犯人の動機は「不明」となっています。
同大統領暗殺の首謀者は、その理由をどこかで語っているのでしょうか。馬渕氏の言う理由で、つまり第一の理由だけでも、第二の理由だけでもなく、第一と第二の両方の理由で暗殺したと、表明しているのでしょうか。表明ていないのなら、なぜ「ケネディ暗殺の理由は一」と言えるのでしょうか。それに、ケネディ氏暗殺の首謀者は金融資本家だったのでしょうか。その証拠は?

「常識的に考えてこのような大胆な暗殺は情報機関(CIA)や捜査・治安当局(FBIや警察)が関わらないと不可能」だそうですが、なぜCIAやFBIなどが第一と第二の理由のために、ケネディ氏の暗殺に関与したのでしょうか。CIAあるいはFBIが金融資本家の意を受けたからでしょうか。その証拠は?

一方、やはりウィキの「リンカーン大統領暗殺事件」によれば、同大統領は南部連合の支持者ジョン・ウイルクス・ブースによって暗殺されたとあります。「ブースの狙いはリンカーン、スワード、副大統領のアンドリュー・ジョンソンを暗殺することでワシントンを混乱させ、合衆国政府(北部連邦)の転覆を起こすことにあった」と。
それに対して、馬渕氏曰く、「暗殺の最大の理由は一」。

再び、書きますが、リンカーン氏暗殺の首謀者は、「政府通貨を発行」したことと、「アメリカの分裂を策したイギリスの目的がリンカーンによって阻止された」からと、どこかで語っているのでしょうか。
述べているのなら、そのような文書を示すべきでしょうし、述べていないのなら、そう主張する根拠は何なのでしょうか。

ウィキの記述と馬渕氏の主張は、一致していません。
定説は必ずしも正しいとは限りませんが、それを覆そうとするのなら、それなりに証拠なり、論拠なりを示すべきでしょう。馬渕氏はどのような根拠に基づいて、上記のような主張をしているのでしょうか。

真偽不明な歴史的事件を語る場合は、いまだ真相は明らかになってはいないがとか、私の仮説にすぎないがとか断ったうえで、論じるべきでしょう。
ところが、馬渕氏の場合は、そのような但し書きがありません。断定口調です。

4.陰謀論者の特徴

馬渕氏には、<事実>と<事実だと自分が考えること>の区別がついていないのではないでしょうか。そして、それが、陰謀論者に共通の特徴だろうと思います。

それにしても、『WiLL』の読者は、馬渕氏のこのような文章を読んで、その通りだ!と膝を叩いているのでしょうか。叩いているのだとしたら、困ったものです。

佐藤優氏と核兵器禁止条約

朝日新聞には、「核といのちを考える  核禁条約 発効へ」というテーマの記事が連載されているようです。昨年12月30日付同紙には、「作家・元外務省主任分析官」佐藤優氏が登場しています。最後に、(編集委員・副島英樹)と署名がありますから、副島氏が佐藤氏にインタビューをして、まとめた記事なのでしょう。
そこで、佐藤氏は語っています。所々引用し、それに対して論評します。

・「核兵器は絶対悪と言っていいと思います。もちろん私も元外交官ですから、抑止という考えは分かります。しかし、それが必ずしも機能するかということは怪しい」

もし抑止が絶対に機能していないと断言できるのなら、「核兵器は絶対悪と言っていい」かもしれません。しかし、「それが必ずしも機能するかということは怪しい」というのは、ひょっとしたらそれは機能しているかもしれないということなのですから、絶対悪とは言えないということになるでしょう。
それと、「それが必ずしも機能するかということは怪しい」というのは、日本語としておかしくはないでしょうか。「それは必ずしも機能しない」か、「それが機能するか(どうか)は怪しい」とすべきではないでしょうか。

・「自公連立政権の中で、核廃絶は意外と大きなウェートがある。核廃絶は創価学会の絶対的な真理です」

核廃絶は創価学会の絶対的な「理想」であるかもしれませんが、「真理」ではありません。「絶対的な真理」という言葉は、次のように使用すべきです。
核兵器より優れた兵器が生まれるまでは、同兵器廃絶の可能性が0%なのは、「絶対的な真理です」。
創価学会では真理という言葉を、上記のように用いているのかもしれません。が、朝日新聞は聖教新聞ではないのですから、一般世間の語法に従うべきでしょう。

・「シニシズム(冷笑主義)に陥ってはいけない。それこそ、冷戦時代に米ソが中距離核戦力(INF)全廃条約を結んだ時も、できるはずないとみんな言っていたわけですから」

INFに関しては知りませんが、冷戦時代であろうと何時代であろうと、国家を守るために必須ではない兵器の廃絶は可能ですが、必要な兵器の場合は、廃絶は不可能です。
核兵器が国家を守るために不可欠な兵器である限り、あるいはそれが時代遅れの兵器にならない限り、同兵器の廃絶は無理です。

・「核禁条約の根っこにあるのはヒューマニズムです」

私も、自分はどちらかと言えば、ヒューマニストだと考えていますが、日本が核兵器禁止条約に参加するのは反対です。「核禁条約の根っこにあるのは」、敢えて言わせてもらうなら、人間性と政治に対する理解の低さです。
核兵器廃絶論者たちは、必勝の信念があれば戦争に勝てると信じた、戦前のある種の人たちと同型の人たちなのだろうと思います。
信じて行えば、必ず核兵器の廃絶はできるに違いない!

・「脅威というのは、『意思×能力』です。北朝鮮との関係では、能力より意思をなくす方が現実的でリスクが少ない」

どのようにすれば、北朝鮮の対外的威圧行動の意思をなくすことができるのでしょうか。
普通の民主主義国家でさえ、政府の意思は変動しえます。ましてや、独裁主義国家の場合はなおさらでしょう。独裁者及びその取り巻きの意思は刻々と変化しているかもしれません。いくら脅威の「意思をなくす」努力をしたところで、ある日それは突然ひっくり返るかもしれません。独裁者心と秋の空。
とするなら、これまでも多くの論者が語ってきたように、意思よりも能力を基準に、北朝鮮の脅威に対処すべきだろうと思います。

ところで、佐藤氏はキリスト教徒でありながら、仏教の信徒団体である創価学会のファンであるらしい。学会系の雑誌『潮』に連載もしているようです。
私はどうも、氏が学会を利用しているように思えてなりません。
何のために?集客か政治のために。

集客とは言うまでもなく、著書や文章の拡販のためです。では、政治のためとは何でしょうか。
「抑止という考えは分かります」と言っておきながら、なぜ「核兵器は絶対悪と言っていいと思います」などと述べるのでしょうか。「核廃絶」を「絶対的な真理」だと考える学会への迎合のためではないでしょうか。
自民党もしくは日本の更なる右傾化をくい止めたいと考える佐藤氏が、その歯止めの役割を期待して、外部から影響力を行使するため、創価学会・公明党に接近している、というのが私の仮説です。


核兵器保有国の制限は不当か

1.非保有国の不満

2017年7月核兵器禁止条約(TPNW)が国連で採択され、2019年10月批准国が50カ国に達し、今年1月22日同条約は発効の予定です。
それに対して、核兵器保有国は参加の意向を示していません。

核拡散防止条約(NPT)は、米露英仏支の5カ国には核保有を認めつつ、核軍縮交渉の義務を課す一方、その他の国には核兵器の製造や取得を禁止しました。
しかし、保有国が核兵器の削減を行わないのと、保有国と非保有国との間に不平等があるために、多数の非保有国の不満が禁止条約の発効へとむかわせたのでしょう。

では、5カ国を初めとする少数の諸国にのみ核保有を認める現状は、不当なのでしょうか。そして、そのような状態は正されなければならないのでしょうか。

2.銃の保有者の制限と無制限

現在の日本では、銃の保有に制限があります。
たとえば、狩猟や有害鳥獣駆除などのための銃の所持は例外として、一般市民は、銃の保有が禁じられています。一方、警察官は拳銃の携帯を認められています。
警官が社会の治安維持のために銃を所持しているのは、皆当然と考えていて、それについて文句を言う者は殆んどいません。

もし、一般市民と警察官に銃の非保有と保有の違いがあるのは不平等だと言って、保有の制限を撤廃したらどうなるでしょうか。
保有の制限の撤廃には、二通りの方法があります。一般市民も警官も保有を可にするか、両者とも不可にするかです。前者の実例がアメリカのような銃社会です。そのような社会になることを、日本国民は支持するでしょうか。

では反対に、一般市民も警官も銃の保有が禁じられたら、どうなるでしょうか。
警察官は、暴力団や犯罪者に対して、警棒だけで立ち向かわなければならなくなります。一方、暴力団他は闇で銃を調達する可能性が大いにあります。彼らを逮捕する際、警棒しか手にしていない警官が発砲されたら?

そのような場に直面すれば、いくら日頃から誇りをもって職務に励んでいる警察官たちだって、さすがにたじろぐでしょう。そして、そのような状況が頻発すれば、警官が次第に犯罪に対して見て見ぬふりをするような事態も予想されます。
その結果生まれるのは、警官よりも犯罪集団の方が幅を利かす社会です。

3.全ての国が条約に参加した場合

核兵器禁止条約の最終目標は、すべての国が条約に参加し、核兵器を地上からなくすことでしょう。それが実現したら、どうなるでしょうか。素晴らしい国際社会が生まれるでしょうか。

予想されるのは、一般市民も警察官も銃の保有が認められなくなった社会と同じような状態になることです。普通の、善良な諸国は条約を遵守する一方、邪悪な国家は闇での核兵器調達を画策するでしょう。もしそのような国家が核の調達を目指さないとしたら、その時は既に、国際社会で悪徳国家の力の優位が達成されているからでしょう。

そして、ある日邪悪な国家が核保有を宣言したら?
非核の善良な諸国は、核を保有した邪悪な国家と対峙しなければならなくなります。国際社会の力関係はがらりと変わります。悪徳国家を中心とした「悪の枢軸」が国際社会を牛耳ることになるでしょう。

現在の国際社会は、警察官国家と暴力団国家が核兵器を保有し(どの国がそれぞれに相当するかは書きませんが)、一般市民国家は核を持たないという状況ですが、全ての核をなくすことは、警察官国家の核を取り上げることにつながるでしょう。

進歩主義者(左翼)や空想家が主張する理念を追求したら、彼らが思い描く理想とはまるで異なった社会が現出する、というのが歴史の教訓です。
経済的平等を求めた挙句、共産主義という「大いなる失敗」がもたらされましたが、核兵器なき社会というものも同じでしょう。

4.売春防止法と核兵器禁止条約

核禁条約を批准したメンバーを見れば、何れも自国の力で自国を守れない国ばかりです。彼らは、世界最大の核兵器保有国米国の、パクス・アメリカーナの下にあるから、平和を享受できていることさえ理解しません。

世の中は進歩主義者、空想家ばかりではありません。現実的な人たちもいます。自国及び同盟国を守る責任を持っている国は、同条約に参加したりはしないでしょう。

昭和三十二年売春防止法が施行されましたが、それ以来わが国では売買春は行われなくなったでしょうか。行われなくなったのは、合法的なそれで、非合法な売買春は相変わらず行われているでしょう
売春防止法は、売買春はあってはならない、それが合法なのは許せないという綺麗事主義者の感情を宥めるために存在しているのでしょうか。

核兵器禁止条約も、核兵器は廃絶しなければならないと考える空想的平和主義者のガス抜きのためには有効なのかもしれません。

銃の保有者の制限同様、核保有国の制限も、必ずしも不当だとは言えません。

現実の社会では、売買春と売春防止法が併存しているように、核兵器と核兵器禁止条約だって、これからも末永く共存することでしょう。


ディープ・ステートという陰謀論

1.定義

ウィキペディアによれば、ディープ・ステート(deep state)とは、

「アメリカ合衆国の政治が陰で操られているとするもので、影の政府や国家の内部における国家と重複する。政治システムの中に共謀と縁故主義が存在し、合法的に選ばれた政府の中に隠れた政府を構成していることを示唆するもの」

だそうです。
「影の政府や国家内部における国家と重複する」というのは、日本語としておかしいですが、また、次のような記述もあります。

「ドナルド・トランプ大統領や側近は、高級官僚の一部がトランプを大統領として認めず、ディープステートを形成して弱体化を図っているとの陰謀説を唱えてきた」

2.馬渕睦夫氏のディープ・ステート論

元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏は、雑誌『WiLL』2020年12月号に、「世界の運命を決める戦い」と題する一文を寄せています(227ー235頁)。
ところどころ引用します。

・「世界統一を狙うDS(ディープ・ステート、以下同じ)」
・「国際金融資本を核としたDS」
・「DSはトランプ再選を阻もうと民主党やメディアを裏から操っています」
・「DSの意向を受ける米メディア」
・「『トランプ降ろし』は、トランプ圧勝に対する焦りの裏返しで、DSとメディアの断末魔に過ぎません」
・「今から四年前、それまでDSが政府を支配してきたアメリカ」
・「グローバリズムで世界統一を目論むDS」
・「東欧カラー革命、アラブの春、ウクライナ・クリミア危機・・・・・・不正によるクーデター革命の裏には、常に仕掛け人のDSがいる」
・「万が一、不正投票でトランプ大統領が敗れれば、(中略)アメリカ政府は再びDSの手に堕ちることになる」
・「DSの正体はアメリカの人口の2(原文は、二)%にも満たないユダヤ系の中の左派です」
・「いとも容易く(フリン氏を)逮捕できたのは、FBIをDSが操っていたからです」
・「日本も『対岸の火事』ではありません。すでに、DSの影響力が奥深くまで浸透し、日本の弱体化を進めています」
・「敗戦から七十五年、左翼でなければ大学に残ることができないほど、日本の学問は左翼の巣窟として腐敗してしまいました。これも一種のDSによる日本弱体化計画の一環です」<( )内、いけまこ>

陰謀言説のオン・パレードです。馬渕氏は、これらの主張の正しさを証明できるのでしょうか。
まともな言論誌に、このような際物が掲載されていることに驚かされますが、それはともかく、ウィキによれば、ディープ・ステートとは、「政府の中に隠れた政府を構成」「高級官僚の一部」ですが、馬渕氏によれば、「国際金融資本を核とした」人たちだという。
DSという言葉は同じでも、それが指す対象が違っています。なぜでしょうか。

3.ディープ・ステートの構成員は特定できるか

馬渕氏の文章の一つを、再び引用します。

「DSの正体はアメリカの2%にも満たないユダヤ系の中の左派です」

ディープ・ステートの構成員は特定できるのでしょうか。それに相当する人たちは、自分がその構成員であることを、認識しているのでしょうか。あるいは、彼には他の構成員が誰なのが分かっているのでしょうか。
それらが分かっていなければ、共通の目標を持ち、それに向かって統一的行動をとれるはずがありません。また、彼らの間で、意見の対立はないのでしょうか。

ディープ・ステートのメンバーが誰なのか明確ではない!これこそが、それが陰謀論であることの証拠でしょう。
ディープ・ステートがアメリカ政治を操っているとの話は、フリーメイソンが世界を支配しているのたぐいと同様の、トンデモ論だと思います。

4.岡崎久彦氏のアメリカの政策決定論

以前引用したことがありますが、元駐タイ大使の岡崎久彦氏は書いています。

「アメリカの政策を論じる場合、『アメリカはこう考えていた』という記述はほとんど必ず間違いである。アメリカの民主主義の下では、『アメリカ一』なるものはない。大統領も政府も議会も世論も、それぞれ異なった意見を持ち、それがチェック・アンド・バランスの過程を通じてだんだんと政策を形成するのがアメリカである。統参議長の言論一つを証拠として、『アメリカはこう考えていた』などというのは、アメリカを知らない者の誤りである」(『幣原喜重郎とその時代』、PHP文庫、56-57頁)

岡崎氏のこの言は正しいと思います。大統領、政府、議会、世論、その他政党やメディアが、「それぞれ異なった意見を持ち、それがチェック・アンド・バランスの過程を通じてだんだんと政策を形成するのがアメリカ」なのでしょう。

「綱引きは、2つのチームが一本の綱をお互いの陣地に向けて引き合い、その優劣を競う競技」(ウィキ)ですが、アメリカは、と言うよりも普通の民主主義国家は、どこの国であれ、政策決定は多数のチーム(社会勢力)が多数の綱をお互いの陣地に向けて引き合う競技のようなものでしょう。
独裁主義国家だって、独裁者の一存だけで政策決定はなされていないでしょう。

国内の様々な社会勢力の意見の方向とそれぞれの力の大きさの合力によって、国家の進む方向が決められているのだと思います。

5.陰謀論が生まれる理由

個人の場合は、ある人物の動機に従って行動がなされ、結果が生じるので、動機と結果の関係はある程度合理的ですが、国家全体の場合では、政治の進む方向は多数の社会勢力が引っ張る多数のロープの結び目の動きのようなもので、それは、必然的にジグザグな軌跡を描きます。
だから、実際の政治では、往々にして誰の意図とも違った結果が生まれます。そこに、陰謀論が付け入る隙が生じる。
事前にどの勢力が言っていた通りにもなっていない。ということは、誰かが影で操っているに違いない!

歴史を眺めると、後の時代の人たちは、前の時代の人たちが非合理な政治的決定を下しているように見えるでしょうが、それは国家の意思決定が、多数の社会勢力による多数のロープの引っ張り合いによって行われていて、一人の人間の行為の動機と結果のように、なされていないからではないでしょうか。

6.蛇足ながら

この記事は、「ディープ・ステートという陰謀論」という題名にしましたが、ディープ・ステートというのは言葉であって、「論」ではありません。なので、ディープ・ステートという陰謀論者の常套、とする方が適切でしょう。

【追記1】
言うまでもありませんが、今年の米大統領選挙で不正があったかどうか、日米のマスメディアやSNS媒体が言論や表現の自由を抑圧しているかどうかという問題と、ディープ・ステートという概念が有効であるかどうかは無関係です。

【追記2】
本文では、『WiLL』掲載の論文をくさしましたが、例えば同誌2021年1月号の、筑波大学名誉教授古田博司氏と日本再興プランナー朝香豊氏の対談「できる人ほどサヨクにとらわれて朽ちるのは何故か」は面白いです。一部を引用します。
古田氏曰く、

「彼ら(左翼)がアジア贖罪の象徴としているのが姜尚中や柳美里ですよ。この二人は在日韓国人の“虚像”にすぎない。
韓国は文化の“層”が薄いから、二世になるとたちまち日本人化する。これ、柳美里の小説を読んで気がついた。おたまで鍋の灰汁をすくう描写が出てきたけど、韓国人にそんな文化はない。
日本人化したからやっているわけで。日本にいる在日韓国人の二世・三世は、とても日本人的ですよ。でも姜尚中や柳美里は、虚像をつくって日本人化してないかのようにふるまう。
偽韓国人であり、同時に偽在日韓国人です」(216-217頁)

誰が自由を抑圧しているか

1.自由なき社会では

近代より前の時代は、洋の東西を問わずあらゆる国で、近代になっても、自由や民主主義を実現した欧米諸国以外の国では、国民の言論や表現の自由を奪ったのは国家権力でした。

今日でも、共産主義国のような独裁主義国家や近代化が遅れた権威主義体制の国では、国民の自由を奪っているのは、もっぱら国家権力です。

2.自由社会では

では、現在の、日米欧などの、自由で民主的な体制の国では、いまや自由を抑圧する者は誰もいないでしょうか。残念ながら、います。
これらの国では、国民の言論や表現の自由を奪っているのは、国家権力というよりも、各種の社会権力です。

具体的には、新聞やテレビ、その他出版社などのマスメディアやSNS媒体です。
これらの媒体の主流派にして多数派を形成しているのはリベラルです。彼らが、国民に与えて良い情報と、与えるべきではない情報を選り分けています。そして、与えるべき報道や言論は湯水のように国民に提供し、与えるべきではないそれは、制限もしくは封殺しているのです。

このたびの米大統領選挙で、不正投票が行われたであろうことを隠そうとする米国の主流派メディアとそれに追随した=丸写しにした情報を垂れ流すわが国のメディアの報道、そして、不正投票に関する投稿を恣意的に削除する米国のSNS媒体の行為によって、それが明白になりました。

3.リベラル派による自由の抑圧

このようなリベラル・メディアによる情報の選別は、国家や社会を破壊したいという彼らの悪意に基づいているのでしょうか、それとも何らかの利益によって誘導されているのでしょうか。恐らく、綺麗事に傾く、かつ非現実的な彼らの思想に基づく正義感がそのような行動を採らせるのだと思います。

リベラル派による、自由の抑圧の典型的な例を挙げましょう。
2018年『新潮45』8月号に掲載された杉田水脈議員の論文「『LGBT』支援の度が過ぎる」に対して、左派から批判の声が上がりました。その際に、リベラル派は言いました。
「差別的発言に言論の自由はない」

これは恐るべき言説です。
ある発言が差別的であるかどうかの認識は、万人が共有しうるのでしょうか。ヘイト・スピーチに関する議論も同じです。ある発言が、ヘイト表現に当たるかどうか、万人の意見は一致しているのでしょうか。
もしそれが一致しているのなら、差別的発言やヘイト・スピーチに言論の自由はないとの主張も、一理あるかもしれません。しかし、人によって差別的であるか否か、ヘイト表現であるか否かの認識は異なっているのです。
そして、それらが異なっているから、言論や表現の自由が必要とされるのです。

「差別的発言に言論の自由はない」などという人たちは、次のことを前提としています。
私には差別的発言かどうかを判断する能力があり、私とは違った判断をする者には、その能力がない。故に、私とは異なった判断をする者の発言の権利を奪うことは正当である。

「差別的発言に言論の自由はない」という人たちは、自分が神のごとき判断力の持ち主=無謬であることを自明の理としています。自らの無謬を確信しているから、そんな発言ができるのです。

彼らに問いたいのは、次の二言です。
「あなたは、神(唯一神)なのですか?あなたは間違ったりしないのですか?」

4.自由社会の自由の敵

真の自由主義者は、自分が可謬であること(間違える可能性があること)を当然のことと考えます。自分が可謬であることを理解するから、他者に対しても寛容になれるのです。
ヴォルテールは、「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」と言いましたが、リベラルの言動はヴォルテールとは反対です。

「私はあなたの意見には反対だ。だからあなたがそれを主張する権利は認めない」

可謬な人間が、無謬を前提に、自己の正義を他者に強要しようとするから、粛清や虐殺や全体主義が生まれるのです。

今日、日米欧において、自由の最大の敵は、語義矛盾ですが、リベラル派です。
彼らが自らの無謬を反省し、それを改めない限り、自由社会での自由の抑圧は、なくなることはないでしょう。

【追記】
今月4日からブログ記事の検索順位を、全体的かつ一挙に落とされました。
ペナルティを科されるようなことはしていませんし、心当たりがありません。

先日パソコンの先生に見ていただきましたが・・・・現在様子見の状態です。

【追記2】
グーグルが12月4日にコアアルゴリズムのアップデートをしたそうで、当サイトは「被弾」したようです。
かすり傷と致命傷の間ですが、後者の方により近いです。トホホ。
(2021・1・4)

顔ダニと美女と歴史認識

人の顔には、いわゆる「顔ダニ」が約二百万匹生息しているそうです。もしそれが本当なら、美女の顔にだってダニがいるということです。

では、美女の顔にダニが沢山いるからといって、彼女の魅力が減じるでしょうか。
顔ダニは、皆の顔にいるのだし、それがいるからといって、男性は美女に対して興味を失うわけではありません。顔にダニが生息していようと、美女は美女なのです。

聞くところによると、昨今国史の分野は左翼学者が牛耳っているそうです。
戦前日本の負の側面を暴く、というよりも、それを各国へ出かけて行き、探し回る学者が典型ですが、彼らがやっているのは、美女の顔にダニがいるのを発見して、彼女が美しくないことを一生懸命に証明しようとしているようなものではないでしょうか。

どこの国であれ、まともな愛国者にとって、自国の歴史は美女なのです。一方、どこの国であれ、反愛国派にとって、自国はブスなのです。後者は、自国のマイナス面を探し、それを非難するばかりです。

わが国の反愛国派=反日派は、他国の歴史にもマイナス面はあるのに、それには目を塞いで、美女(自国)の顔にだけダニが沢山いるように触れ回っている人たち、なのだろうと思います。

政治の理想と現実

進歩派(左派)は往々にして、実現不可能な理想を掲げます。

一方、保守派(右派)はそれに反対します。後者の方が、現実的です。

左派の主張は、実現できない、綺麗事が多い。
その綺麗事に対して、右派はなかなか正面切って批判できません。

左派の、インテリ世界を動員したイデオロギー的な攻勢とマスメディアを中心とする、イデオロギー敵に対する吊し上げが烈しいため、右派は時に左派に抵抗しようとして発言した勇気ある味方を見捨て、時に勇気ある発言をした人物も、左派の吊し上げに耐えられなくなり、発言を撤回して、同調者の梯子を外します。
そのようにして、右派は次第に抵抗を諦め、左派のイデオロギーに妥協して行きます。

かくして、現実の政治は、左派が意図した空想とも、右派が思い描いた目標とも異なった世界が現出します。

BLMは極左である

1.右派か左派か

ブラック・ライブズ・マター(BLM)という社会運動がアメリカで発生し、それが世界へ波及し、日本でもそのデモが行われたということが、マスメディアで報じられました。

ウィキペディアによれば、BLMとは「アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な積極的行動主義の運動である」という。

ところで、BLMは、政治的には保守派ということになるのでしょうか、それとも進歩派に色分けされるべきなのでしょうか。
旧い秩序に挑戦しているという意味で、新たな左翼運動であると考えて良いでしょう。

2.左翼か極左か

マスメディアだけではなく、ネットの世界を眺めてみれば、そこでは、BLMは大方左翼だとされていますが、中には極左だと言う人もいます。彼らは、穏健な左翼なのでしょうか、それとも極端な左翼なのでしょうか。

社会・共産主義者が左翼の主流派にして、多数派だった冷戦時代、彼らは資本主義社会を変革して、社会・共産主義社会の実現を目指しました。それを平和的に、つまり民主的手続きに従って=議会で多数を占め、政権を担うことによって実現しようとしたのが穏健な左翼だったのに対し、ソ連や中共の経験から、暴力革命によって権力を掌握し、理想社会を実現しようと考えたのが極左でした。
すなわち、暴力否定なのが左翼であり、暴力肯定なのが極左です。

では、BLMは穏健な左翼なのでしょうか、それとも極左なのでしょうか。もし彼らの運動が暴力的な行動を伴っていないのであれば、穏健な左翼ですが、伴っているのなら極左です。

ネットを見れば明らかですが、彼らは暴動や破壊や略奪を行っています。勿論、すべての集会がそうであるわけではないでしょう。だから、「平和的なデモが大多数」だとして、BLMを擁護する向きもあります。しかし、共産主義的な極左だって非公然活動を行うのは、組織の一部の者たちで、その他は平和的な活動を行っています。それは右翼だって同じです。行動右翼だって、テロに走るものは極く少数です。通常の活動は平和的です。

問題なのは、少数であろうと、暴力的行動をおこなったかどうかです。そして、それを指導部なり仲間なりが制止したか、過剰な行動をした者を処罰したかどうかです。もし集会で、党員が暴動や略奪を行えば、日本共産党だって除名処分にするでしょう。
BLMは、わが国の新左翼、革マル派や中核派と同じような、というよりも、それ以上に荒っぽい極左だと断じるべきでしょう。

3.極左の応援団

暴力を否定しない運動にも拘らず、日本でもそれに共鳴する人たちがいます。
2020年10月20日付朝日新聞によれば、わが国の学校でも、

「黒人差別に抗議する『ブラック・ライブズ・マター(BLM)』運動を授業で扱う学校が出てきている。『肌の色による人種差別は米国だけの問題ではない』との問題意識からだ」
「米ケンタッキー州出身の黒人の英語教師エマニュエル・ターさん(30)が、(中略)『BLMは米国だけの問題ではない。異なる人種や性的少数者らへの差別、いじめ問題が日本にもあることを考えてほしい』と話す」

「異なる人種や性的少数者らへの差別、いじめ問題」を改善するためなら、暴力を用いることも肯定すべきなのでしょうか。

2020年8月11日付朝日新聞の「天声人語」を一部引用します。

「なお燃えさかる米国の抗議運動『ブラック・ライブズ・マター』。怒りの波がいつまでも引かないのはなぜですか。会ってそう尋ねてみたい人がいた。昨年8月に亡くなった米作家トニ・モリスンである。▼『彼女ならきっと全幅の賛意を示し、抗議に立ち上がった人たちを勇気づけたはずです』。そう語るのは、東京外大名誉教授の荒このみさん(74)。黒人文学に詳しく本人とも面識がある。『ただその手段はあくまで文章。街頭で演説するようなふるまいは好まない人でした』」

「ただその手段はあくまで文章。街頭で演説するようなふるまいは好まない人」が、たとえ「黒人に対する暴力や構造的人種差別の撤廃を訴える」ためだとはいえ、暴力を肯定したでしょうか。「彼女ならきっと全幅の賛意を示し」たと考えるのは、牽強付会ではないでしょうか。
私は、天国のモリスン氏はBLMの暴力的行動を見て、涙していると思わざるをえません。

BLMに賛同する人たちは、極左を支持しているのだとの自覚があるのでしょうか。

4.自己の内心を見ない人たち

9月30日付朝日新聞に、「根深い黒人差別 自身の中にも」という記事が掲載されました。そこでは、吉田ルイ子さん(86)の著書『ハーレムの暑い日々』(講談社文庫)が取り上げられています。

「民放アナウンサーなどを経て61年に渡米、コロンビア大学大学院に学んだ吉田は、活動家の白人学生と結婚し、(中略)正義感の強い優しい夫が、ハーレムの暴動で車を壊され、『ニガー』と口走ったときの苦しさ。日本政府を非難して『イエローモンキー』と言ったときの寂しさ。理念と本音が分離した『リベラル白人の始末の悪さ』が許せず、夫婦は破局を迎える」

夫婦が「破局を迎える」原因は様々でしょうし、それが「理念と本音が分離した『リベラル白人の始末の悪さ』」だけだとは思えませんが、それはともかく、「理念と本音が分離」するのは「リベラル白人」のみならず、黒人だって同じでしょう。黒人だって、白人は自分たちを蔑んでいると言いつつ、彼らの中では、知的で、教養があり、年収も高い人たちは、そうでない人、あるいは犯罪に手を染めるような人たちを蔑んでいるだろうと思います。

テニス選手の大坂なおみさんは、「『人種差別主義者ではない』だけでは十分ではないのです。私たちは『反人種差別主義者』でなくてはならないのです」と発言したそうです。

大阪さんはまだ23歳で、思慮が浅いのは無理もありませんが、それだけでは不十分なのです。私たちは、何人も人種差別から自由ではない(米国黒人には黄色人種に対する差別意識はありませんか?)ことを認識する必要があります。

反人種差別主義者は、自分の内なる差別意識を棚に上げて、他者を批判します。しかし、他者を批判するよりも、まず自分の差別意識を問題にすべきなのです。自分の差別意識さえ直視できない者に、差別なき社会を造ることでなどできる訳がありません。

5.BLMの真価

BLMによる暴動は、米大統領選挙の前に燃え上がりました。
それに関しては、トランプ氏を差別主義者に見せかけ、彼を落選させる思惑があったことが指摘されています。それは、陰謀論でしょうか。
BLMの運動が、もし大統領選挙とは無関係なら、そして、「リベラル白人の始末の悪さ」は、民主党政権になっても変わらないでしょうから、今後も活動は収束しないはずです。もし収束したのなら?

彼らの活動を注視したいと思います。

左翼の国際主義について

国家の成立以前、まだ人類が少人数の集団に分かれて暮らしていた時代、狩りや漁場の取り合いなどの理由で、隣の集団との間で軋轢が、場合によっては、殺し合いもあったでしょう。その時分、自分の集団は味方であり、相手の集団は敵であったでしょう。

国家の成立後も、領土や国益を巡って、近隣国同士の間で対立が、あるいは戦争もありました。その時は、自国(民)は味方であり、隣の国(民)は敵でした。

ところが、近代になって、進歩思想が生まれました。
マルクス主義によれば、資本主義社会では、人々は資本家(ブルジョア)階級と労働者(プロレタリア)階級に分かれます。そして、何れ資本主義社会は倒れ、労働者階級が主導する、というよりも、皆が労働者階級になった階級なき社会が生まれるはずでした。

資本家階級の利益代弁機関としてのブルジョア政府あるいは国家を打倒するのがプロレタリアの目標になりました。そして、自国であれ他国であれ、労働者階級同士は味方であり、一方、ブルジョア階級は敵でした。ブルジョア国家を打ち倒すために、労働者階級は国境を越えて手を結ぶべきものとされました。
「万国のプロレタリア団結せよ!」
左翼にとって、主敵は国内の敵(ブルジョア)であり、国外の敵は二次的でした。

ブルジョア政府を革命によって覆した社会主義国は、次は他の資本主義国を撃破するために、あるいは同国の虐げられたプロレタリアを解放するために、あるいは資本主義国から自国を守るために、革命の輸出を行いました。
資本主義国に社会主義イデオロギーを浸透させ、時にスパイを放ち、時に同国の協力者をピックアップし、彼らに援助を与えたりしました。

一方、資本主義国の左翼は、自国のブルジョア政府を倒すのを容易にするために、あるいは、あわよくば社会主義国家から自国を解放して貰うために、国内で戦争や武力の放棄を訴えました。

労働者階級は国境を越えて手を結びあうはずでした。けれども、第一次世界大戦では、資本家も労働者も自国のために協力して、他国と戦いました。労働者の国境を越えた団結は、実現しませんでした。

政治学者の矢部貞治氏は階級と民族について書いています。民族を国家に替えても、当てはまるでしょう。

「歴史の現段階では、何といっても民族が基本的で、階級は民族の基盤の上での分化にすぎないことを、否定することはできない。(中略)階級は民族から完全に抜け出ることはできない。労働者が資本家になったり、資本家が労働者がになったりすることはできるが、日本人がスラブ人やゲルマン人になることはできない。(中略)事実において階級意識よりも民族意識の方が圧倒的に強大なことは、過去の大戦争などで如実に示されている。民族存亡の危機に直面すれば、階級意識は容易に後退する」(『政治学入門』、講談社学術文庫、76-77頁)

冷戦が終了し、社会主義思想の影響力も随分衰えました。左翼も主流派が、社会・共産主義者からリベラルへ移り変わりました。
しかし、現在の日本のリベラルは、社会主義者からリベラルへの転向の過渡期にあるためか、あるいは社会・共産主義思想を払拭できていないせいか、いまだに国際主義的です。

リベラル派が異常に敵意を燃やすのは、国内のイデオロギー敵、自民党や同党所属の首相とか、安倍前首相や杉田水脈議員や石原慎太郎氏などの右派タカ派の人物とかで、国外の敵、たとえば公船を尖閣海域に送り込む中共とか、日本人拉致や核兵器の開発やミサイル発射を行ったりの北朝鮮に対してではありません。両国に対しては、実に寛容です。

国内の敵には厳しく、国外の敵には優しい。左翼の、変わらない特徴です。

祝 バイデン氏当選

11月3日の投票の結果、トランプ氏を破って、バイデン氏が第46代アメリカ大統領に就任することが決まりました。

日本では、2009年9月から「悪夢のような民主党政権」が始まりましたが、アメリカでは、来年1月から、悪夢のような民主党政権が始まるでしょう。

わが国では、民主党に対する積極的な支持というよりも、反自民の情念によって同政権が生まれましたが、米国ではバイデン氏に対する積極的な支持というよりも、反トランプの情念によって同政権が生まれました。反〇〇の感情によって生まれた政治は、危ういと思います。

日本の民主党政権を主導したのはルーピーでしたが、かの国ではチホーのようです。

わが国では鳩菅と続きましたが、バイデン氏が高齢なため、もし任期中に死亡するようなことがあれば、カマラ・ハリス氏が大統領になります。彼女は国内のゴタゴタを抑え、まとめることができるでしょうか。
また、彼女を極左と評する向きもあり、危惧されます。

トランプ時代は共和党と民主党の、右派と左派の外ゲバの時代でしたが、民主党は支持基盤が多様なので、内ゲバの時代になりそうです。

来年からの散々な民主党政権の後は、長期的な共和党政権の時代が期待できます。
次の米大統領は、現副大統領のペンス氏でしょうか。

めでたし、めでたし。