膠着ならロシアの勝ち

バフムート攻防戦に関する、あるヤフー記事のコメント欄に、4月14日ある人は書いています。

「東部の一都市を制圧するのに何か月かかるんだよ。
これじゃウクライナ全土の掌握など100年かかるな(笑)」

今月11日公開の記事「ウクライナの併合はロシアの目的か」で述べましたが、「ウクライナ全土の掌握」は、ロシアの目的ではありません。
それはともかく、ロシア連邦軍がバフムートへ攻撃を開始したのは、昨年5月からとのことです(注)。「東部の一都市を制圧するのに何カ月かかるんだよ」と言うのは、正しいかもしれません。しかし、逆も真なりです。

ウクライナの目的は、昨年2月24日以降に奪われた領土と、クリミアの奪回です。しかし、現状は、同国はバフムートでロシア軍に押されています
「東部の一都市」を死守するのも厳しい状況です。とするなら、「これじゃ占領地全土の奪還など100年かかるな(笑)」ということになりませんか。

この先、ウクライナなりロシアなりの、どちらかが、劇的に戦況を有利に変える可能性は、あるのでしょうか。どうもありそうにありません。
今月発覚した、流出した米軍の機密文書によれば、「戦況は膠着状態に陥る可能性が高い」との記述があるらしい。

朝鮮戦争では、双方が、結局膠着状態に陥り、北緯38度線を境に、北は北朝鮮が、南は韓国が掌握し、現在に至っています。同戦争では、勝敗の決着がつかなかったので、引き分けで終わったと言えます。

では、ウクライナ侵攻では、現在の状況で膠着した場合、双方は引き分けだと判断できるでしょうか。できません。領土を一方的に占有されているのは、ウクライナの側だからです。

A バフムートを落とし、さらに占領地を拡大すれば、ロシアの優勢または勝ち。

B 膠着でもロシアの優勢または勝ち

ということになります。

C ウクライナの優勢または勝ちだと判断できるのは、同国が奪還地を増やしている場合だけです。

(注) 「バフムートの戦い

【追記1】
ウクライナのバディム・プレスタイコ駐英大使は、『Newsweek』誌のインタビューで語ったそうです。

「西側の同盟国は、ウクライナによる春の大規模反転攻勢に注目していながら、勝利を確実にするほどの支援をしていない。(中略)
あまり認識されていないが、ロシアは大きな戦果を手にしている。『ロシアはすでに多くの成果を得ている。だからいつでも、交渉のテーブルにつくことができる』
『一方、ウクライナにとって交渉は、失うことを意味する。最低でもクリミアを奪われることは天才でなくても理解できる』(中略)
今すぐ戦争を終らせても、ロシアは国境からクリミア半島まで地続きの領土を手にすることができる。ロシアにとってこれは勝利を意味する、とプリスタイコは言う」
(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/04/post-101443.php)

【追記2】
バフムート攻防戦で云われていることですが、「ウクライナは、バフムト防衛はロシア軍を消耗させるためと位置付けて」いるという。
ヤフー記事のコメント欄を見ると、これを文字通り信じている人たちがいます。しかし、それは本当だと信じて良いのでしょうか。
「ロシアは、バフムト攻撃はウクライナ軍を消耗させるためと位置付けて」いるようにも見えるのです。

習近平氏訪露が意味するもの

ーロシアの負け、はないー

先月20日、習近平支国家主席はロシアを訪問し、プーチン露大統領と会談を行いました。
その「双方のねらいと世界への影響」の分析はNHKに任せて、私の個人的な見解を述べます。

昨年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻で、西側諸国はロシアに対しては経済制裁を、ウクライナに対しては軍事・経済支援を、現在も継続して行っています。

もし西側の経済制裁が効力を発揮し、ロシアが経済的に苦境に陥り、継戦が困難になっていたなら、また、西側の軍事支援が功を奏し、ウクライナ軍がロシア軍を押し返し、占領地をますます取り戻しているようなら、習近平氏は先月ロシアを訪問したでしょうか。

する訳がありません。中共が、負けると分かったロシアを、訪問するはずがありません。
開戦後、一年が経過して、大勢の見極めがついたから、つまり、ロシアが勝つとは言えないまでも、その負けはないと踏んだから、習氏は訪露したのではないでしょうか。

西側の支援目的

昨年2月24日の、ロシアによるウクライナへの侵攻以来、アメリカを筆頭とするNATO諸国やその他の西側諸国は、ロシアに対しては経済制裁、ウクライナに対しては軍事、経済支援を行っています。

そもそも、西側の支援の目的は何なのでしょうか。
・ウクライナに勝利させるため。
・ロシアを潰すため、あるいは、その力を削ぐため。
・プーチン政権を倒すため。
・戦争を終らせるため(目的と手段が一致していませんが)。
・欧米の軍需産業、あるいは、アメリカのエネルギー産業を儲けさせるため。
・西側諸国の旧式兵器を処分し、新式兵器を導入するため・・・・。

西側の経済制裁や、軍事・経済支援に関して、明確な目的なり、戦争の出口戦略なりはあるのでしょうか。そして、それが、西側諸国の共通理解となっているのでしょうか。
西側には、明確な目的なり、出口戦略があるとは思えません。だから、陰謀論的言説が流通し、また、各国の支援の温度差となって表れているのだと思います。

西側には、支援の目的の共通認識があるとは思えません。あるとすれば、次の一言で云い表せそうです。

<ロシアに勝たせてはならない>

その情念が、西側の政治リーダーや国民を突き動かしている。

けれども、理想(ロシアに勝たせてはならない、ウクライナに勝って欲しい)と現実(物価やエネルギー価格が上昇しているし、ウクライナが勝つとの見込みに対しても半信半疑である)のギャップがあり、そのため、littleでlateな支援になっているのではないでしょうか。

表向きの発言とは違って、NATO諸国の首脳たちの苦悩は、かなり深いだろうと思います。

ウクライナの併合はロシアの目的か

1.ウクライナの併合がロシアの目的?

日本在住のウクライナ人の国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は、テレビ番組で述べました。

「ロシアは何としてでもウクライナを征服し、ウクライナの国土を併合した上でウクライナ民族を絶滅させたいと思っているのです」(1)

岡崎研究所の署名で、筆者は、ネット記事に書いています。

「プーチンがウクライナ国家の存立を否定し、それをロシアに併合するためにウクライナを侵略しているのがこの戦争の原因である」(2)

北海道大学教授宇山智彦氏も、やはり記しています。

「ロシアがウクライナ全体、さらには旧ソ連地域全体を領土ないし属国とし、欧米中心の世界秩序を壊そうとする野心を持っている限り(後略)」(3)

引用文から窺われるように、また、ヤフーコメント欄でも散見されるように、昨年から始まったロシアによるウクライナ侵攻の目的は、前者が後者を吸収合併することである、というようなことを言う人たちがいます。
しかし、それは、本当でしょうか。

2.私が読んだ限りでは

このブログで、何度も引用しましたが、ラブロフ露外相は、昨年9月24日国連本部での記者会見で、次のように発言しています。

「プーチン大統領が2月24日に発表したことをもっと頻繁に、気をつけながら読むといい。そこに全部書いてある。読めばわかる」(4)

もしウクライナの併合が、ロシアの目的なら、当然それについて、2・24演説に「全部書いてある」はずでしょう。
では、侵攻直前に行ったテレビ演説で、プーチン大統領はそのような発言を行っているでしょうか。私が読んだ限りでは、そのような文言は見当たりません。あるのは、次のような発言です。

「私たちの計画にウクライナ領土の占領は入っていない」(5)

これを素直に読めば、ドンバスの「解放」は別にして、ロシアはウクライナ全土の併合を求めていないと考えられます。

侵攻当日の2月24日の演説でも、そこで言及されている2月21日の演説でも、プーチン氏は「ウクライナの併合」について、語っていません。

その他、一部の人たちが注目する、2021年7月12日のプーチン氏による「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する論文も、次のような言葉で、締めくくられています。

「ひとつだけ言っておきたいのは、ロシアはこれまでも、これからも『反ウクライナ』ではない、ということだ。そして、ウクライナがどうあるべきかは、その国民が決めることである」(6)

上記から分かるのは、ロシアは、「ウクライナ国家の存立を否定」していないということです。
一体、ウクライナの併合が戦争目的であるということを、ロシアはどこで表明しているでしょうか。

実際に、侵攻当初において、ロシア軍が動員した兵力は17~20万人とのことで、とてもウクライナ全土を制圧できるような規模ではなかったことは、専門家たちも指摘しています。たぶん、ゼレンスキー政権の転覆ないし彼の亡命を意図しただけの、それを実行するのに必要とされるだけの軍勢だったのでしょう。

3.根拠を示さない

私が、2・24演説、2・21演説、そして、いわゆる歴史的一体性論文を読んでも、ロシアの目的がウクライナの併合であるとの記述は、見出せませんでした。あるいは、私の読解力不足で、それらの文書のどこかに、ウクライナの併合を追求するとの記述があるのでしょうか。それとも、ロシアはその他の別の文書で、ウクライナの併合をを表明しているのでしょうか。
プーチン大統領は合理主義者だという。それなら、なおさら、戦争目的を明言しているはずです。

第一節で引用した筆者たちは、ウクライナの併合が戦争目的であるということを、どこでロシアが表明しているのかを示していません。彼らは、「ロシアはこう考えていること」と、「『ロシアはこう考えている』と自分が思うこと」の区別がついていないのかもしれません。

何れにせよ、ウクライナの併合がロシアの目的だと言うのなら、その証拠を示す必要があると思います。

(1) https://www.excite.co.jp/news/article/AllNightNippon_419820/
(2) https://wedge.ismedia.jp/articles/-/29659?page=2 
(3) https://www.jfir.or.jp/studygroup_article/8835/
(4) https://www.asahi.com/articles/ASQ9T41MQQ9TUHBI004.html
(5) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220304/k10013513641000.html
(6) http://www.a-saida.jp/putin/putin.htm

西側大本営発表

ロシアによるウクライナ侵攻で明らかになったのは、西側の、少なからぬ報道が、実にいい加減であり、真実性に欠けるということです。

西側の主流派の人たちによれば、ウクライナ戦争は、ウクライナ(と西側)=民主主義対ロシア=権威主義の戦いだそうです。

しかし、報道の信憑性の観点から言うなら、権威主義体制同士の内ゲバのようにしか見えません。

西側が、自由で民主主義体制であるのなら、ロシアに対して、あるいは、戦争に中立な諸国に対して、報道で、もっと模範的な姿を示すべきではないでしょうか。

ウクライナ侵攻における善悪論と勝敗論

ロシアによるウクライナ侵攻について。

第一。ロシアはウクライナを侵略した。

第二。第一から、ロシアは悪であり、ウクライナは善である。

第三。故に、この戦争でロシアに勝たせてはならないし、ウクライナが勝たなければならない。

これが、わが国を含めた西側諸国の、多数派の意見です。

しかし、これまで何度も述べてきましたが、戦争における善悪と勝敗は無関係です。

第一。戦争は強い側が勝ち、弱い側が負ける。

第二。戦争は正しい側・善の側が勝つわけではない。

第三。戦争では、正しい側が勝つ場合もあるし、負ける場合もある。一方、不正義な側が勝つ場合もあれば、負ける場合もある。

これが、戦争の必然性であり、原則です。
もっとも、どちらの側が正義の側であり、どちらが不正義の側であるのか、不明確な場合が多いですが。

とにかく、戦争における善悪論と勝敗論は分けて考えなければなりません。両者は別個に考察されなければなりません。

ところが、昨年2月24日に戦争が始まってから、一年以上が経っているのに、いまだに両者を区別できない人たちが多い。上はいわゆる識者から、下はヤフコメ民まで。
なぜヤフコメ民たちは、それらの区別ができないのでしょうか。識者たちが、両者をちゃんと分けて考えていないからです。

識者にしろ、ヤフコメ民にしろ、その多くが、
侵略したロシアは悪である→ロシアに勝たせてはならない→ウクライナに勝って欲しい→ウクライナは勝てるはずだ→ウクライナは勝つに違いない、
という善悪論と勝敗論を混淆させた、一元論的思考に陥っています。
やれやれ。

【勝敗論】

第一。アメリカを含むNATO諸国が直接参戦(軍事支援や経済制裁は、間接参戦)すれば、ウクライナの勝ち。但し、その場合は、第三次世界大戦もしくは核戦争に発展する可能性あり。

第二。アメリカを含むNATO諸国が直接参戦しなければ、ほぼロシアの勝ち。

第三。アメリカを含むNATO諸国は、直接参戦しそうにない。故に、ほぼロシアの勝ち。
もっとも、勝ちと言っても、圧勝ではなく、辛勝である。

補足。開戦後一年が経過して、負けないと判断したから、中共はロシアに接近した(3月20日の習近平氏訪露)。もし負けるとの予想なら、中共はロシアと距離をおいただろう。

【善悪論】

第一。9・11テロで、テロリストは動機を明確にしていないのに、少なからぬ人々は、彼らを忖度した(「世界でなぜ嫌われるのかアメリカは反省しなければならない」のたぐいの言説)。
一方、この度の侵攻では、ロシアは動機を明示しているのに、多くの人々はそれを読まずに非難する。

第二。侵攻を否定するにせよ、肯定するにせよ、その善悪を論じるなら、最低でも、昨年2月24日侵攻の直前にプーチン大統領が行ったテレビ演説を読まなければならない。

第三。それによれば、ロシアの侵攻目的は、
1)「ロシアの重要な安全保障問題」
2)「ドンバスの悲劇的な事態」
に対処するためである。