1.戦後も対露感情は悪いままか
昨年2月24日のロシアの侵攻以来、ウクライナでは多くの兵士や市民が亡くなりました。また、家族や家や財産や職場を失った人たちも多いでしょう。兵士たちの妻は夫を失い、その子供たちは父を失い、兵士たちの親は子供を失いました。
また、亡くならないまでも、四肢の何れかを無くした兵士たち、精神疾患を発症した兵士たちも少なくないでしょう。しかも、いまだに戦争が終結する気配がありません。
それらのことを考えると、戦前と比較して、ウクライナ国民のロシアに対する感情は、相当悪化していると推定できます。
では、ウクライナ国民のロシアに対する悪感情は、戦後もそのまま続くでしょうか。必ずしもそうならないかもしれないとの理由が、二つあります。
2.戦後日本国民の対米感情
大東亜戦争中の日本のスローガンの一つに、鬼畜米英というのがありました。戦前の日本にとって、アメリカは鬼畜でした。
多くの兵士たちは米軍との戦闘で死亡しましたし、銃後では、女子供や老人たちが、米軍の爆撃によって亡くなりました。とりわけ、1945年3月10日の東京大空襲、そして、8月6日の広島、同9日の長崎への原爆投下では、一度に多くの国民が絶命しました。
そして、日本はアメリカを中心とする連合国に降伏しました。アメリカとの戦いや爆撃によって多くの国民が没した訳ですから、戦後日本人が米国を憎み、嫌米になっていたとしてもおかしくはありません。
では、戦後の日本はアメリカが嫌いになったでしょうか。周知の通り、日本人はアメリカを恨むどころか、親米になりました。日本国民が鬼畜だと考える対象は、アメリカから旧日本国政府・軍部に転化しました。
ウクライナ戦争が一応ロシアの有利もしくは勝利で終わったとしましょう。
ウクライナでは多くの人命が失われ、領土は奪われ、国土は荒廃しました。侵攻前、ゼレンスキー政権の採った選択は正しかったのか、そのような問いかけが、国内で起こるのではないでしょうか。
昨年5月英エコノミスト誌の取材で、安倍晋三元首相は「ゼレンスキーがNATOに加盟しない、東部2州に自治権を与えると言っていればロシアの侵攻はなかった」と語ったそうです(1)。また、侵攻直後にゼレンスキー政権が亡命していれば、多くのウクライナの兵士や市民は死なずに済み、同国の領土の保全もできていたでしょう。今はまだ戦争中なので、皆興奮していますが、戦後そういうことを国民の多くが認識するようになったとしたら?
国民の敵意は、ロシアから自国政府へと転化しないとも限りません。
3.ルトワック氏の論
『月刊 Hanada』2019年12月号に、米戦略国際問題研究所上級顧問エドワード・ルトワック氏の「韓国よ、歴史の真実を学べ」という論稿が掲載されました。同誌同号がどこにあるのか見当たらないので、その論文に触れた自身の投稿文から引用します(2)。
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「若いオランダ人たちは、自分の父親たちが臆病者であったからこそ、戦後に反ドイツ的な感情を持ち続けたのである」(37頁)
戦時中、「オランダは、まるでドイツの使用人のように振る舞っていた。だからこそ戦後、ドイツ人を長期にわたって憎しみ続けることになった」(38頁)
「戦後、たとえば一九五三年頃になると、ヨーロッパの多くの国ではドイツをすでに許していたが、スウェーデンはオランダと同じように、超がつくほどの反ドイツ感情を保持していた。
戦時中、彼らはオランダ人と同じように臆病者で、ナチスに協力していた」(40頁)
「戦時中にドイツに協力的だった国こそ、本当に反ドイツ的な態度をとるようになる」(40頁)
「一九四五年までの朝鮮半島で、実は抵抗運動(レジスタンス)と呼べるようなものはほとんど発生していない。朝鮮人たちは概して服従的だったのだ。
むしろ多くの人々は、服従以上の態度で自発的に日本に協力し、日本軍に積極的に志願したのである」(37頁)
故に、「韓国人はいまだに、自分たちの父親や祖父たちが臆病者で卑屈だったという心理的トラウマに悩まされている」(38頁)
一方、戦後「ユーゴの人々はドイツからの旅行者を大歓迎していた。
その理由は、ドイツ人がユーゴ人を殺し、ユーゴ側もドイツ人を大勢殺したからだ。彼らは決して臆病者ではなく、立ち上がり、戦ったのである。誰も自分たちの父を恥じることもなく、誇りを持てた。だからこそ戦後、ドイツ人に対して友好的になれたのである」(37頁)
ルトワック氏の主張を敷衍するなら、戦時中アメリカ人は日本人を殺し、日本側もアメリカ人を大勢殺したから、戦後日本人はアメリカに対して友好的になれたということでしょう。
米軍と良く戦った愛国的日本人が戦後親米になり(戦勝国史観には批判的でしたが)、反戦や社会主義思想のゆえに投獄され、そこで温温と過ごした「臆病者」が戦後反米反日的な左翼になったのでしょう。なるほど、平仄が合います。
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このルトワック氏の論が正しいとするなら、そして、私はおおよそ正しいと考えますが、もしそうならウクライナの場合は、下記のようになります。
ロシア兵がウクライナ兵を殺し、ウクライナ側もロシア兵を大勢殺したから、また、「決して臆病者ではなく、立ち上がり、戦ったのである。誰も自分たちの父を恥じることもなく、誇りを持て」るから、ウクライナ人は戦後ロシア人に対して友好的になれるかもしれません。
4.戦後ウクライナの対露感情
日本の交戦国ではありませんが、同じ戦前日本の植民地だった韓国と台湾にしたって、戦後の対日感情は同じではありませんし、交戦国の相手国に対する戦後の感情は、様々な条件によって異なった現れ方をするでしょう。
なので、戦後のウクライナ国民のロシアに対する感情は、やはり悪いかもしれませんし、逆に悪くないかもしれません。それは、分かりません。ただ、現在世間で一般的に考えられているように、ウクライナの対ロシア感情は、必ず悪くなるとは、断言できないのではないかと思います。
(1) 安倍氏のこの発言はどこかで読んだ記憶がありますが、どこで読んだか覚えていないので、とりあえず、下記の記事から引用しました。https://news.yahoo.co.jp/articles/7a216a8acec94e20a4eded9511731d941811124c
このヤフー記事は、何れ消されるでしょう。元記事は、元外交官で評論家孫崎享氏のAERA 2023年8月14-21日合併号の記事のようです。
(2) E・ルトワック氏の「韓国が反日の理由」