1.まずロシアを疑え
ウクライナ戦争では、ウクライナとロシアのどちらが実行したのか分からない(分からなかった)事件がいくつか発生しています。中には、双方が、相手がやったとお互いに非難する例もあります。
わが国は西側の一員であり、西側諸国ではウクライナ寄りの報道が行われているので、どちらがやったのか明白ではない事件が発生した場合は、たいていロシアが疑われます。
西側諸国民の準則は、まずロシアを疑え、です。
2.ロシアの実行が疑われた事例
1)ザポリージャ原発への攻撃(2022年3月4日~)
侵攻が始まった翌月の3月4日、ロシアはウクライナのザポリージャ原発を制圧し、それ以降ロシアが占有しています。ロシアが占有している同原発を、時折何者かが攻撃しました。そして、原発を攻撃したとして、宇露の双方が相手を非難しています。
西側では、ロシアが原発を攻撃しているとされました。
しかし、占有している側が、原発を攻撃すれば、自ら被爆するわけですから、本格的に破壊するなら、そこから事前に避難しなければなりません。けれども、ロシアはそこに居座ったままで、撤退する素振りを見せません。そのまま占有を続ける意思なのは明らかです。
当たり前ですが、今後も同原発を占有するつもりのロシアが、原発を攻撃する訳がありません。ということは、原発に攻撃を加えているのは、ウクライナだと考えるのが自然です。
立憲民主党の衆議院議員の原口一博氏は、ツイートしました。
「ロシア寄りとかウクライナ寄りとか関係なく、普通に考えればわかる事。自分達が管理下におさめた原発に砲撃する必要はない」(1)
原発を攻撃したのはウクライナ側なのが明確になったので、今年の2月6日「ザポリージャ原発を攻撃したのはウクライナだった」という記事を公開しました。
もっとも、いまだに同原発を攻撃したのはロシアだと信じている人はいるのですが。いかにマスメディアが、真実を報道していないかが分かります。
2)ノルド・ストリームの破壊(2022・9・26)
昨年9月26日、ロシアからドイツ(欧州)へ天然ガスを送る二つのパイプライン、ノルド・ストリーム爆破されました。
ロシアは、ガスを送りたくなければ、バルブを閉めれば良い訳で、わざわざ爆破する必要はありません。しかし、当初はロシアが犯人だとする意見が多かった。誰が得をするか、メリットとデメリットを考えたら、ロシアの犯行に違いないなどという人もありました。
ところが、今年の2月8日アメリカのジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏が自らのブログで、爆弾は米海軍のダイバーが設置し、それから三か月後、ノルウェーの哨戒機がブイを投下し、爆弾を作動させたと記述し、ロシア犯行説が疑われ出しました。
さらに、6月13日付米ウォールストリート・ジャーナルによれば、オランダの情報機関が、「ウクライナのサポタージュ(破壊)チームがバルト海沿岸でヨットを借り、ダイバーチームがノルドストリーム1と2のパイプラインに爆発物を仕掛けようとした」とCIAに報告し、それで、CIAは昨年夏、ウクライナ政府に対して「攻撃しないよう警告していた」という。これは、6月14日付朝鮮日報(韓国紙)の記事からの引用です(2)。
現状では、ウクライナの犯行と断定できません。しかし、9月26日、爆発は起こりました。
朝鮮日報の同記事には、次のような記述もあります。
「昨年(2022年)10月にCIAのバーンズ長官は欧州のある国の情報機関責任者と会った席で『証拠によれば、ロシアの犯行ではない』と述べた。『ウクライナの犯行か』との質問にバーンズ長官は『そうでないことを希望する』と回答した。
米国やドイツなど西側の複数の当局者は『ウクライナ側のグループが攻撃を準備し実行に移したと疑っている』と発言してきた」
ロシアは、限りなく白に近いようです。
3)クリミア大橋爆破(2022・10・8)
昨年10月8日、クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア大橋(クリミア橋、ケルチ橋)が、トラックに積まれた爆弾の破裂によって、その一部が崩落しました。
翌9日プーチン露大統領は、「ウクライナの情報機関によるテロ行為」と発言しました。一方のゼレンスキー宇大統領は、ウクライナの関与を否定しましたし、また、ウクライナ側がロシアの内部対立による自作自演との見解を示したりしたために、ロシア犯行説が流通しました。
しかし、今年の7月8日、ウクライナの国防次官ハンナ・マリャル氏は、「ロシアの兵站を混乱させるため、クリミア橋に先制攻撃を仕掛けた」(3)として、公式に関与を認めました(10)。
ロシア犯行説は、否定されました。
4)ポーランドのミサイル着弾事件(2022・11・15)
昨年11月15日、ウクライナ国境近くのポーランドの村プシェヴォドフにミサイルが着弾し、二人が死亡しました。
NATO条約には、加盟国への攻撃は同盟全体への攻撃だとみなすとの条項があり、もしロシアのミサイルであれば、NATO参戦の可能性がありました。
同日ゼレンスキー大統領は、演説で述べました。
「NATOの領土をミサイル攻撃する。これは集団安全保障に対するロシアのミサイル攻撃だ。重大なエスカレーションだ。行動が必要だ。(中略)私たちがずっと警告してきたことが今日起きた。テロはウクライナ国境の内側にとどまるものではない」(4)
ゼレンスキー氏が、ウクライナの勝利のために、NATO の参戦を望んでいるのが、ありありと分かる発言です。
一方、「ロシア国防省は15日、SNSへの投稿で、『(ロシアは)ウクライナとポーランドの国境付近を攻撃していない』と関与を否定した」(同前)
その後、16日の朝、そのミサイルについて、バイデン大統領の「ロシアから発射された軌道ではなさそうだ」との発言(5)があり、問題は沈静化、NATO参戦に至らずに済みました。
どうやら、ウクライナの防空システムS-300の何らかの原因よって、ポーランドの村に被害が出たというのが実態らしい。
この事件も、最初はロシアがやったとの予想と非難が起こりました。けれども、犯人はロシアではありませんでした。
5)機密文書流失事件(2023・3月4月)
今年の3月頃から、米国防総省の機密文書が、インターネット上に流出しました。その機密文書には、ウクライナでの戦争に関する情報や、アメリカの同盟諸国に関する情報が含まれていたらしい。米紙ニューヨーク・タイムズが4月6日にこの問題を報じて、世界で話題になりました。
この事件も、当初はロシアが疑われました。
しかし、4月13日、米マサチューセッツ州の空軍州兵ジャック・テシェイラ容疑者が、機密文書を流出させた犯人として、逮捕されました。
この事件も、ロシアが犯人ではありませんでした。
6)クレムリンへのドローン攻撃(2023・5・3)
今年5月3日の深夜、2機のドローンが、モスクワのクレムリンに飛来、ロシアは迎撃しました。
この事件も、初めはロシアの自作自演説が、メディアやネットであふれていました。
しかし、5月25日付CNNの記事(6)他によれば、
当初アメリカはドローン攻撃がロシアの自作自演だったと見ていたけれども、ロシアとウクライナ当局の通信を傍受した結果、ゼレンスキー大統領や政権幹部がこの攻撃を把握していたかどうかの確証はないけれども、ウクライナ軍特殊部隊か情報機関の何れかによるものだった可能性が高いと、米政府関係者は考えているという。
この事件も犯人は、ほぼロシアではないようです。
7)カホフカダム決壊
今年6月6日、ウクライナのヘルソン州にあるカホフカ水力発電所のダムが決壊、それによって下流の農地や住宅地が水浸しになりました。川の西岸はウクライナ側の支配地域であり、東岸はロシア側の支配地域であり、双方に被害が出ました。そして、両者とも、破壊は相手側に責任があると非難しています。後で述べますが、自分たちが破壊しても、相手側の責任であるという論理もありえます。
アメリカの偵察衛星が、ダムで爆発があったことを検知したそうですし、ルーマニアの地震観測所も爆発を観測しているそうです(7)。どうやら、老朽化による決壊よりも、爆破された可能性が高いようです。
この事件も、早速ロシアの犯行だとされました。ウクライナの反攻を阻止するために、ロシアがやったのだと。
しかし、ロシアが実効支配しているザポリージャ原発もクリミアも、カホフカダムから水を得ていますし、ダムの爆破によって被害を受けたのは、ウクライナよりもロシアの支配地域の方が広いそうですし、ロシア軍の陣地や地雷原も流されたという。同ダムの決壊はロシア側にメリットがあったとは必ずしも言えません。
3.上書きなき精神
前節でいくつかの例を挙げましたが、ウクライナとロシアのどちらがやったのか不明な事件が発生した場合、西側では最初はロシアが疑われます。しかし、何れの事例も、その後ロシアの犯行ではないことが判明するか、ロシア以外の者による犯行説が有力になっています。
何度も同じような事態が発生している訳ですから、普通の判断力の持ち主なら、カホフカダムの事件もひょっとしたら同国が犯人ではないかもしれないとの考えが、頭を過っても良さそうなものですが、世の大勢は相変わらず、まずロシアを疑います。
西側の多数の人たちには、ロシア=悪との刷り込みがあり、一旦そう信じたら、上書きを受け付けないらしい。やれやれ。
ついでに述べるなら、何でもロシアを疑うという西側諸国民の態度は、なぜ冤罪事件が起こるのかという問題に関して、大いに参考になるように思います。
4.そもそも論による正当化
いくつもの反証がなされても、反露的思考の持ち主はビクともしません。たとえ間違ったとしても、彼らのそれを合理化する、便利な論理があるからです。その論理とは、そもそも論です。
先述のポーランドの村へのミサイル着弾事件に際して、NATOのストルテンベルク事務総長は発言しました。
「ポーランドでの爆発は『おそらく』ウクライナの防空ミサイルが原因だとした上で、『しかし究極的な責任はロシアにある。ウクライナに対して違法な戦争を続けているのはロシアなので』と非難した」(8)
また、カホフカダム決壊に関して、辛坊治郎氏はテレビ番組で、
「現状では『どちらがやったか白黒付いていない』と、結論づけることを避けた辛坊氏。しかし、『まさに国連のグレーテス事務総長が口にしたように、そもそもロシアが侵攻してなければこの事態にはなってない。これは事実だと思います。断言しておきます。すべての責任はロシアにあります』と断じた」(9)
ロシアだって、そもそもNATOが東方に拡大し、ウクライナを軍事強化して、ロシアに脅威を与えなければ、このようなことは起こらなかった、すべての責任はNATOにあると反論しそうですが(笑)、それはともかく、そもそも論は知的誠実とは対極にある思考なので、私はそのような主張には与しえません。
(1) https://gendai.media/articles/-/99123?page=2
(2) 米紙「CIA,ノルドストリームを爆破するなとウクライナに警告していた」
(3) 「クリミア橋爆発 ウクライナ『先制攻撃だった』関与を公式に認める」
「ウクライナ国防次官 クリミア橋爆発への関与を認める」
(4) 2022年11月16日付朝日新聞
(5)(8) 「ポーランドにミサイル着弾で2人死亡、ウクライナ防空が原因のようとポーランドとNATO」
(6) https://www.cnn.co.jp/usa/35204295.html
(7) 「ロシアの破壊工作グループがダム爆破、証拠通話を傍受=ウクライナ」
(9) https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/06/07/kiji/20230607s00041000473000c.html
(10) 8月19日に配信された記事です。
「クリミア橋爆破、長官自ら関与 ウクライナ保安局、昨年10月」