1.疑問
2023年6月6日、ウクライナのヘルソン州にある、ドニプロ川に設置されたカホフカ水力発電所のダムが決壊しました。それによって、下流の農地や住宅地が水浸しになり、大きな被害が出ました。
川の西岸はウクライナの支配地域であり、東岸はロシア側の支配地域であり、双方に被害が出た模様です。
そして、両者とも、相手側がダムを破壊したと非難しています。
カホフカダムを破壊したのは、誰なのでしょうか。ウクライナ側なのでしょうか、ロシア側なのでしょうか。それとも、ダム自体の経年劣化によって、決壊したのでしょうか。
2.仮説
ウクライナ侵攻において、これまでもウクライナとロシアのどちらがやったのか不明な事件が何度か発生しましたが、カホフカダムの決壊については、どうなのでしょうか。
私は、一つの仮説を思い付きました。その仮説とは、<戦争でインフラを攻撃するのは、それを実効支配していない側である>というものです。
因みに、インフラとは、インフラストラクチヤー(infrastracture)の略であり、その意味は、コトバンクによれば、「産業や生活の基盤を形成する施設の総称。インフラと略称され、社会資本と同義語として用いられることが多い。道路、港湾、鉄道、空港、工業用水といった産業基盤となる施設や住宅、環境衛生、上・下水道、公園、学校などの生活基盤となる施設が含まれる。さらに最近では、病院、福祉施設などの厚生福祉施設や情報通信網なども含まれる」(1)。
その他、発電所などのエネルギー施設も含まれます。
A国とB国が戦争をしているとしましょう。その場合、当たり前ですが、A国のインフラを攻撃するのは、B国であり、B国のインフラを攻撃するのはA国です。A国もB国も、自国のインフラを攻撃したりはしません。勿論、目標の誤認ということで、自陣営側のインフラを、間違って攻撃してしまったという例はあるでしょう。
しかし通常、戦争において、インフラを攻撃するのは、そこを実効支配していない側だと考えられます。
3.検証
この仮説を証明する実例を、いくつか挙げましょう。
・第二次世界大戦中の欧州で、ドイツはVロケットでロンドン他を攻撃しましたし、米英はドイツのドレスデン市に対して、無差別爆撃を行いました。
前者では、ロンドンを実効支配していたのは、イギリスであり、後者のドレスデンでは、ドイツです。
そして、ロンドンを攻撃したのは、ドイツであり、ドレスデンを攻撃したのは、米英です。
・大東亜戦争中、アメリカは東京大空襲を行い、広島や長崎には原爆を投下しました。当時、東京や広島や長崎を実効支配していたのは日本です。アメリカではありません。なので、それらの各地を攻撃したのは、アメリカです。
一方、降伏後、日本を実効支配したのは米軍ですから、彼らはわが国のインフラを攻撃していません。
・ウクライナ侵攻後、ロシアはウクライナのインフラに対して、攻撃を続けています。それは、それらのインフラを実効支配しているのはウクライナだからであり、ロシアが実効支配していないからです(10)。
・昨年の3月4日以降、ウクライナのザポリージャ原発は、ロシアが実効支配しています。同原発の施設に対して攻撃が加えられたとして、双方が相手に対する非難を繰り返してきました。しかし、これはウクライナ側が攻撃を行っているのが明らかになりました(2)。
同原発の構内に、ロシア軍は陣地を築き、そこからドニプロ川西岸の、ウクライナ軍の支配地域に向けて、砲撃を行っていました。それに対して、原発の敷地内にあるロシア軍の陣地に向けてウクライナ軍が放った砲弾が、ザポリージャ原発の施設に命中したようです。
・昨年9月26日、ロシアからドイツ(欧州)へ天然ガスを送るパイプライン、ノルドストリームが爆破されました。ノルドストリームはロシアとドイツを結んでいます。言い換えるなら、ロシアとドイツが実効支配している訳ですから、仮説に従うなら、同パイプラインを破壊したのは、ロシアとドイツ以外のどこかの国または組織だということになります。
そしてその後、アメリカのジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏は今年の2月8日、自らのブログで、米海軍のダイバーが爆薬を設置し、3か月後ノルウェーの哨戒機がブイを投下して作動させ、ノルドストリームを爆破したとの記事を公開し、それが波紋を呼びました。
また、今月、米中央情報局(CIA)は、オランダ軍の諜報機関からの情報に基づいて、ウクライナが同パイプラインの破壊を計画していることに対して、破壊しないよう警告を発していたとの報道がありました(それなのに、それは起こった)(3)。
・昨年10月8日、ロシアとクリミアを結ぶクリミア大橋が何者かによって爆破されました。その後、ウクライナ側が自らがやったことを認めました(4)。
クリミア大橋を実効支配していたのは、ロシアです。実効支配していないウクライナ側がそれを爆破しました。
・今年の5月20日、ロシアはウクライナの要塞都市バフムートの市街地を制圧しました。それ以前は、ウクライナ側が実効支配していました。市街地に潜んで、ロシア軍を迎え討とうと構えているウクライナ軍を、虱潰しに殲滅するため、ロシア軍は市街地のインフラあるいは建物を破壊して行きました。
その他、その実例は、無数にあるでしょう。
4.例外
<戦争でインフラを攻撃するのは、それを実効支配していない側である>との仮説にも、例外があります。それは、実効支配している側が行う焦土作戦と、偽旗作戦の場合です。
これらの場合には、実効支配している側が、自国もしくは自陣営のインフラを破壊します。
ウィキペディアによれば、
「焦土作戦(しょうどさくせん)とは、戦争等において、防御側が、攻撃側に奪われる地域の利用価値のある建物・施設や食料を焼き払い、その地の生活に不可欠なインフラストラクチャーの利用価値をなくして攻撃側に利便性を残さない、つまり自国領土に侵攻する敵軍に食料・燃料の補給・休養等の現地調達を不可能とする戦術及び戦略の一種である。
なお、攻撃側が退却に際し、追撃を遅らせるために鉄道施設や補給施設を破壊する場合も焦土作戦に含まれる」(5)
もう一つは、偽旗作戦においてです。偽旗作戦とは、「攻撃手を偽る軍事作戦の一種」(6)です。
たとえば、ウクライナ側が、ロシアがやったと見せかける目的で、あるいは、ロシア側が、ウクライナがやったと見せかける目的で、自国内または自国が支配する地域のインフラを攻撃する場合です。それによって、相手の非道を味方や第三国に印象付ける一方、味方の戦意を喚起するために行われます。
5.結論
では、カホフカダム破壊(決壊)について、どう判断すべきでしょうか。
第一。ロシアの目的の一つはルハンスク他三州を併合することなので、そして、ロシアはそこから撤退する意思はないし、軍事的にウクライナ軍に押されているわけでもないので、ロシアが焦土作戦を行う必要はありません。
第二。ロシアによる偽旗作戦なのでしょうか。<ウクライナ=善、ロシア=悪>が西側では自明のこととされていて、その他の事件でもロシアが実行したような報道がなされています。西側の報道では、あれこれの事件発生の初期は殆んどロシアが疑われています。なので、同国による偽旗作戦なら、全然成功していません。偽旗作戦とした有効なのは、ウクライナがやった場合です
第三。ウクライナによれば、同国の反転攻勢を阻止するために、ロシアがやったのだと言う(7)。
けれども、被害をこうむったのは、ウクライナの支配地域よりも、ロシアの支配地域の方が多大であると報じられていますし、また、ロシア側が実効支配しているザポリージャ原発は、同ダムから冷却水を引いているそうですし、同ダムはロシアが実効支配しているクリミアの取水元でもあります。
ウクライナ寄りのスタンスを取る、アメリカの戦争研究所(ISW)も、6月7日の報告で、「ロシア軍がウクライナ軍の攻撃を防御するために使おうとしていた第一線の野戦要塞の多くが、洪水によって破壊された」(8)と述べています。
その他、ノルドストリームはバルブの開閉をすれば良かったのと同様、ダムは水門の開閉をすれば良いので(カホフカダムの構造についての知識がありませんが)、ロシア側が爆破する必要はないのではないでしょうか。むしろ爆破するなら、下流地域にウクライナ軍が足を踏み入れた時にするのが好機です。それに、ダムの上流の水位が高い方が、ウクライナ軍の渡河作戦を阻止するには有利なのではないでしょうか。
因みに、カホフカダム決壊した時に、その上流にある、ウクライナが実効支配しているダムでは、放流していたとか・・・・。
これらのことを考え合わせると、反転攻勢を有利にするために、ウクライナ側がやったように見えます。
その決壊の原因が経年劣化ではないとするなら、そして、「2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻序盤から、ダム及び貯水池一帯はロシア軍の勢力下に置かれた」(9)とのことですし、<戦争でインフラを攻撃するのは、そこを実効支配していない側である>との仮説から、カホフカダムを破壊したのは、ウクライナ側である可能性が高いと考えるのが自然ではないでしょうか。
(1) インフラストラクチャー
(2) 「ザポリージャ原発を攻撃したのはウクライナだった」
(3) 「オランダの諜報機関、ウクライナがパイプライン攻撃とCIAに警告 蘭公共放送」
(4) https://mainichi.jp/articles/20230528/k00/00m/030/034000c
(5) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A6%E5%9C%9F%E4%BD%9C%E6%88%A6
(6) https://www.weblio.jp/content/%E5%81%BD%E6%97%97%E4%BD%9C%E6%88%A6
(7) https://www.jiji.com/jc/article?k=2023061100310&g=int
(8) https://www.businessinsider.jp/post-271117
(9) カホフカダム破壊事件
(10) https://www.cnn.co.jp/world/35205470.html
【追記】
高橋洋一氏は、私とは異なった意見を主張しています。
https://www.youtube.com/watch?v=HY5y2Kt_3CM