奪還とカタストロフィのジレンマ

ロシアの侵攻に対するウクライナの反攻は、一つの重大なジレンマを抱えています。

それは、ウクライナがクリミアや奪われた四州の領域を取り戻そうとすればするほど、西側の支援や応援が大きくなればなるほど、ロシアの反撃も強まり、戦争のエスカレーションが進んで、カタストロフィ(核兵器使用や第三次世界大戦)が起こる可能性が高まるということです。

ヤフー!ニュースのコメント欄から二つばかり引用します。

「ウクライナ侵攻はウクライナの主権やウクライナ国民の基本的人権を侵害するもので、決して正当化されるべきでは無く、非難されるべき行為である。侵略戦争を正当化させてはならない。その為には我が国含め西側諸国が侵略戦争を肯定しない意味でもウクライナへの支援を継続すべき。
また、国内や海外では早期停戦を望む声が多いが、私はウクライナはロシアに譲歩すべきでは無いと思う。何故なら侵略戦争で侵略した側が負けたという事実を作る事で、新たな侵略戦争を生み出さない事に繋がるからだ。
どちらにしても今のロシア軍ではウクライナ全土制圧は不可能だ。それは一進一退の戦況からも明らかだ。プーチン大統領は保身よりもロシアの国益を優先し、クリミアを含むウクライナ領から全面撤退すべき」

「ロシアの主張は、認められない。侵略して、占領して、ロシア領と、主張しても、無理がある。ウクライナは、ロシアが、完全撤退するまで、戦うべきと、思います。西側諸国も、結束して、あらゆる支援を、ウクライナに対し、続けるべきと思います」
(両方とも、太字いけまこ)

イギリスのスナク首相も12月19日に、「ロシア軍が占領した領土から撤退するまでは本当の交渉はできないし、すべきでもない」と述べました(注)。

侵攻開始から十か月以上経ちますが、相変わらずこのような言説が氾濫しています。ゼレンスキー宇大統領もバイデン米大統領もスナク英首相も、やる気十分です。

ロシアが簡単に「完全撤退」する訳がありません。このような主張をする人たちの発言を見ても、カタストロフィが起こることを懸念している風が、全く見られないのは不思議です。
私は、プーチン氏よりも、このような発言をする人たちの方が、正気なのだろうかと疑います。

カタストロフィを避けるためには、弱い側=ウクライナの譲歩も止むをえないと考える和平論者と、ウクライナの正義のためならカタストロフィも辞さずと考える主戦論者=正義派と。
二つの立場に分かれていて、西側では(わが国でも)上から下まで、後者の側が優勢です。

もし将来カタストロフィが起こったなら、それはロシアのみならず、あなた方のせいですよ、と主戦論者の人たちに言いたいと思います。

(注)
https://www.cnn.co.jp/world/35197647.html

【追記】
戦後八十年近く経って、いまだに憲法九条を改正できない国で、なぜ主戦論がこんなに盛り上がっているのか、改憲論者の私には理解できません。自らは戦場に行かなくて済むから、平気で主戦論を唱えていられるからでしょうか。
自分が主張している、日本に対する意見=日本は戦争をしてはならないと、ウクライナに対する意見=ウクライナは戦争をしても良い、の矛盾さえ、理解できない人が多いのかもしれません。

ウクライナの勝算

1.大東亜戦争の勝算

大東亜戦争当時、わが国民は鬼畜米英に勝たなければならないと信じていました。そして、必勝の信念があれば、勝てるはずでした。戦争に負けると言う者は、非国民でした。
勝たねばならないと叫ばれましたが、勝算もしくは勝ち目が冷静に論じられた訳ではありません。

この度のロシアによるウクライナ侵攻において、わが国では、上は政治家や言論人や学者から、下?はヤフコメ民まで、ウクライナはロシアに勝たなければならないと言い張ります。ウクライナはロシアに勝てないだろうと言う者は、親露派だとして非難されます。
しかし、ウクライナに勝ち目はあるのでしょうか。それについて、沈着に論じた文章を読んだ記憶がありません。

<勝たなければならない>は、<勝つだろう>や、ましてや<勝つのは必至もしくは確実>とは違います。
ウクライナが勝つにはどのくらいの軍事支援が必要で、そのような支援を今後NATO諸国は行いうるのか、というような議論はありません。とにかく、西側は支援すべきの一点張りです。

ロシアに勝たせてはならないと言いながら、日本では、ウクライナへの更なる軍事支援を可能にするような立法化を行おうとの主張は全く見られません。不思議です。

先史時代から戦争はいつも強い側が勝ってきました。そして、少なからぬ人たちが誤解しているのとは違って、二十世紀も二十一世紀もそのような時代でした。それなのに、どうして今回だけは正しい側が勝たなければならないのでしょうか。
エマニュエル・トッド氏は言っています。

「皮肉な言い方をすれば、今回生じた『最大のスキャンダル』とは、これまで『アメリカの専売特許』だった他国への侵攻をロシアが行ったことでしょう」(1)

その通りでしょう(笑)。それなのに、どうしてこの度のロシアによる侵攻だけが非難されるのでしょうか。

2.攻撃三倍の法則

ロシアにその大きな部分を、一時占領されていたハルキウ州を、5月にウクライナは取り戻しましたが、それは元々侵攻に参加したロシア将兵の数が少なかったのと、ウクライナ軍が南部へ攻勢をかけると見せかけて、それに対処しようとして南部へ移動したロシア軍の隙を突いたから成ったことですし、ヘルソン州のドニプロ川西岸からのロシア軍が撤退したのは、州都ヘルソン市を掌握するのは政治的かつ象徴的な意味しかなく、軍事的合理性に基づくなら、東岸に撤収し、そこで防御を固め方が賢明だからでしょう。

この度の紛争が始まってから知ったことですが、攻撃三倍の法則というのがあって、攻者は防者の三倍の兵力を要するという。
奪われた四州とクリミアを奪還するための作戦では、ウクライナ側=攻者、ロシア側=防者になります。そして、ロシアは部分動員令を発し、今後は兵力が増大するでしょう。もしその法則が正しいのなら、ウクライナ側はその作戦で、三倍の対露兵力が必要になるということです。
また、犠牲者についても、占領地を奪還するためには、これまでの三倍くらい出るだろうと予想できます。

3.ウクライナの勝算

ゼレンスキー大統領は5月21日、「ロシア軍を2月24日の侵攻開始前の状態まで撤退させられれば『勝利だ』との認識を示し」ました(2)。
しかし、ミリー米統合参謀本部議長は、11月16日に「ウクライナの軍事的勝利が近く起こる確率は高くない」(3)と述べました。「近く」とは、どのくらいの期間なのかは分かりませんが、それは現時点における、ウクライナの勝ちの見通しをほぼ正確に語った発言だと思われます。

ウクライナの「勝利」は、非常に厳しいと言わざるをえません。

(1)エマニュエル・トッド著、『第三次世界大戦はもう始まっている』、文春新書、36頁
(2)https://www.yomiuri.co.jp/world/20220521-OYT1T50237/
(3)https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-usa-pentagon-assessment-idJPKBN2S624Y

ウクライナは人間を、ロシアは原発を盾にする

今年の3月4日、ロシア軍がウクライナのザポリージャ原発を占拠して以来、同原発が攻撃されたという報道が、何度もありました。
ウクライナとロシアの双方が、相手側が原発を攻撃していると非難しました。
どちらの言い分が正しいのでしょうか。
しかし、それについて、詳らかにする報道はありませんでした。

なので、二つの記事(「誰が原発を攻撃したか ウクライナ侵攻」、「検証記事不在の不可解 ウクライナ侵攻」)で、原発攻撃の実態が分からないこと、また、それについての自分の予想を述べました。

ところが、12月9日、「ザポロージャ原発にロシア軍が多連装砲配備か 先月には撤退情報も」という朝日新聞DIGITALの記事が配信されました。その記事によれば、

「ロシア軍が占拠を続けるウクライナ中南部ザポリージャ原発をめぐり、ウクライナの国営原子力企業エネルゴアトムは8日、ロシア軍が新たに数台の多連装ロケット砲を持ち込んだとSNSに投稿した。同原発から、ドニプロ川を挟んで向かい合う対岸のドニプロペトロウスク州ニコポリなどウクライナ支配下の都市を砲撃する狙いとみられるとしている」

どうやら、「誰が原発を攻撃したか ウクライナ侵攻」で指摘した予想が正しかったようです。
この記事から、おおよそ分かるのは、
1.ロシアはザポリージャ原発を攻撃していない。同国は9月30日にザポロージャ州を含めた四州の併合を宣言し、同原発は既にロシアの施設なので、自国の原発を攻撃する理由がない。
2.原子炉に砲弾が命中したら大変なことになるので、ウクライナ軍はザ原発を安易に攻撃できない。それを良いことに、ロシアは原発を盾に、ドニプロ川対岸ののウクライナ側を攻撃している。
3.それに対して、ウクライナ側は、にも拘らず、同原発内の、ロシア軍の陣地を攻撃しようとしている、
ということです。
とするなら、ロシア軍の砲弾よりも、ウクライナ軍のそれの方が、原子炉に命中する確率は高いでしょう。

ウクライナは、アゾフスタリ製鉄所の「籠城」戦の時に、ロシア軍が攻撃しにくいように市民を盾にしましたし、アムネスティ・インターナショナルは8月、「ウクライナ軍が、国際法に違反する形で学校や病院を含む民間人居住地域に軍事拠点を構築して市民の命を危険にさらしていると批判」、「アムネスティの調査員は、ウクライナ軍が病院5か所、学校22か所を『事実上の軍事基地』に転用していたことを確認」(1)したそうです。
もっとも、その後、「ロシアからの侵攻を受けている事情をくんでいない」と批判されたため、同団体は「ウクライナに『深い遺憾の意』を表明」(2)したそうですが。

ウクライナは人間を、ロシアは原発を盾にして、一生懸命に戦っています。

(1)https://www.afpbb.com/articles/-/3417898
(2)https://www.asahi.com/articles/ASQ880PSXQ87UHBI023.html#:~:text=%E7%89%B9%E9%9B%86%EF%BC%9A%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E6%83%85%E5%8B%A2-,%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E8%BB%8D%E6%89%B9%E5%88%A4%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E5%9B%A3%E4%BD%93%E3%81%8C%E9%87%88%E6%98%8E,%E3%81%A6%E3%80%8C%E6%B7%B1%E3%81%84%E9%81%BA%E6%86%BE%E3%81%AE%E6%84%8F%E3%80%8D&text=%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E8%BB%8D%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84%E6%96%B9,%E7%8C%9B%E5%8F%8D%E7%99%BA%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%80%82 (この記事のURLは、どうしてこんなに長いのでしょうか?)

【追記】
「アメリカは、武器だけ提供し、ウクライナ人を“人間の盾”にしてロシアと戦っているわけです」(エマニュエル・トッド著、『第三次世界大戦はもう始まっている』、文春新書、204頁)

変数としての+(プラス)NATO ウクライナ侵攻

1.戦争における倫理的善悪と力の優劣

これまで二度ほど、高坂正堯氏の『国際政治』(中公新書)から引用しました。次の箇所です。

「じっさい国際社会のついて考えるとき、まずなによりも重要な事実は、そこにいくつもの常識があるということなのである。(中略)
国際社会にはいくつもの正義がある。だからそこで語られる正義は特定の正義でしかない。ある国が正しいと思うことは、他の国から見れば誤っているということは、けっしてまれではないのである」(太字 原文は傍点)(19頁)

その後に続けて、高坂氏は書いています。

「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である。したがって、国家間の関係はこの三つのレベルの関係がからみあった複雑な関係である。国家間の平和の問題を困難なものとしているのは、それがこの三つのレベルの複合物だということなのである。しかし、昔から平和について論ずるとき、人びとはその一つのレベルだけに目をそそいできた」(19-20頁)

「昔から平和について論ずるとき、人びとはその一つのレベルだけに目をそそいできた」。
今でもそれは変わりません。ウクライナ侵攻においてもそうです。「人びとはその一つのレベルだけに目をそそいで」います。
ロシアは侵略し、ウクライナは侵略された。故に、侵略したロシア=悪、侵略されたウクライナ=善、という価値のレベルだけしか、人々は見ていません。そのため、ウクライナは善である(ロシアは悪である)→だからウクライナは勝って欲しい→勝てるはずである→勝つにちがいない、という希望的観測的思考に陥っています。

作家であり、元外務省主任分析官の佐藤優氏は、幾つかのネット記事やユーチューブの動画で、高坂氏の、この三つの体系の分類を援用して、人々は価値の体系しか見ていない。力の体系という視点が欠けていると指摘しています。氏は書いています。

「ウクライナ戦争に関する日本の報道は、『政治的、道義的に正しいウクライナが勝利しなければならない』という価値観に基づいてなされている。
このことが総合的分析の障害になっている」(1)

それは、正しいでしょう。

先史時代から今日まで、戦争は無数に行われてきました。しかし、善の側、正しい側が勝ってきたわけではありません。力の強い側が勝ってきました。だから、ウクライナ侵攻に関しても、正しい側ではなく、強い側が勝つと考えるのが自然でしょう。
ところが、現在の日本では、力の優劣ないし強弱という点を無視して、ウクライナに勝って欲しいと、駄々をこねるような発言をする人が多い(2)。

2.力の優劣を「計算」することの困難

もっとも、問題は、今回のウクライナ侵攻に関しては、戦争当事国双方の力の優劣を判定するのが困難なことです。それは、言うまでもなく、直接参戦していないけれども、NATOが、特にアメリカが、ウクライナに対して、多大な軍事支援を行っているからです。

もし、ウクライナもロシアも他国の軍事支援を受けず、独力で戦っているのなら、双方の力の差は、ロシア>ウクライナ(ロシアの力はウクライナよりも優越している)なので、戦争の勝敗は既に決していたでしょう。

一方、NATO諸国、とりわけ核兵器保有国の米英仏が核戦争も辞さずとして参戦していたなら(核兵器が使用されたかもしれませんが)、双方の力はウクライナ+NATO>ロシアになっていて、前者は勝利しているでしょう。しかし、核戦争も第三次世界大戦も起こすわけにはいかないというのが、一応の前提ですから、実際は、NATOは直接参戦せず、間接的参戦としての対宇支援と対露制裁を行っています。なので、ウクライナ(+NATO)とロシアの力関係が、前者≦後者になっています(間接的参戦なので、括弧付きのNATOです)。

NATOを主導するアメリカが、ウクライナ問題にどこまで関与するのか、どこまで関与しうるのかについて、言い換えるなら、奪われた四州とクリミア奪還までウクライナに付き合うのか、それとも、ある程度のところで支援を諦めるのかが読めないので、つまり、(+NATO)が変数なので、この戦争の帰趨が分からなくなっています。

もっとも、アメリカはその曖昧政策によって、ロシアを動揺させ、同国の譲歩を誘おうとしているのでしょう。しかし、そのような曖昧政策が、かえって世界に、核兵器使用なり、第三次世界大戦なりへの不安を呼び起こす原因となっています。
そのような綱渡りのような曖昧政策は、世界の平和のために、はたして賢明なのでしょうか。

(1)https://www.tokyo-sports.co.jp/social/4296977/
(2)強い側が勝ったのは19世紀までで、20世紀以降は正しい側が勝っていると言う人もありますが、それは皮相な見方です。

頑張れ、ANN取材団 ウクライナ侵攻

11月25日、「ロシアのウクライナ侵攻の結末は? ー想定される3つのシナリオ 外交、変革、そして・・・」という記事が配信されました。「筆者」はANN取材団となっています。

ANNとは、ウィキペディアによれば、「オールニッポン・ニュースネットワークAll-Nippon News Network)は、テレビ朝日(EX)をキー局とする、日本民放テレビ局ニュースネットワークである。略称としてANN(エーエヌエヌ)が使用される[PR 1]」のことです。

記事の冒頭に、「ウクライナの軍事的勝利がすぐに起こる確率は高くない」との、11月16日のミリー米統合参謀本部議長の発言を引いた後、書いています。

「ウクライナの軍事的勝利も、ロシア軍の撤退も、すぐには起きないというのなら、今後どうなっていくのか。考え得る3つのシナリオとその実現性を検証した」

そして、ANN取材団が挙げた3つのシナリオとは、
1.外交による解決
2.ロシア国民による変革
3.クレムリンの内部崩壊、です。

1つ目のシナリオは、「外交による解決」ですが、ウクライナとロシアのどちらが、どの程度譲歩するだろうか、すべきかについては、全く触れられていません。また、「ロシアの『停戦交渉』の課題は国内の説得」とあるのですが、ウクライナの停戦交渉の課題は何なのか、については一言もありません。後者の停戦交渉には、「国内の説得」は必要ないのでしょうか。
もしそうだとするなら、ロシアよりもウクライナの方が、民主主義国家ではなく、権威主義国家だということになりませんか?

この記事には、最も可能性の高いシナリオが抜け落ちています。そのシナリオとは、今後ロシアが侵攻地を、あるいは、ウクライナが反攻地を、各々が多少拡大することがあっても、おおよそ現状のままロシアとウクライナの支配地域が固定化されるというものです。いわば、両者の境界線が、朝鮮半島の38度線のようなものになるだろうという予想です。

同記事のシナリオ2、3として、ロシア国民による変革、クレムリンの内部崩壊が挙げられていますが、そして、後者では最悪ロシアで内戦が発生するかもしれないと記されています。しかし、国民による変革なり、政権の崩壊がありうるのは、なにもロシアだけではありません。ウクライナだって、その可能性はあります。
不思議なのは、ウクライナにおけるそれらの可能性には、全く言及がないことです。

「侵略に抗議して、5月に職を辞したロシアの元外交官のボリス・ボンダレフ氏は10月、アメリカの外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿し、ロシアが戦争に負けてくれば、政権内で責任の押し付け合いが始まり、プーチン体制の崩壊が始まると指摘している」

しかし、それに関しても、ウクライナだって同じでしょう。成果(戦果)が出せなければ、ゼレンスキー大統領の失脚だってありえます。けれども、この記事にはその可能性が全く取り上げられていません。

ウクライナとロシアに対する認識が、どうしてここまでアンバランスなのでしょうか。
ANN取材団は、反露で凝り固まっているか、思考力が低いないしは想像力が欠如しているからだと思わざるをえません。
彼らが提起した3つのシナリオが当たるかどうかではなく、その3つのシナリオしか、彼らが提起しえないことが問題です。

3つのシナリオのうち、どれか一つがまぐれ当たりでもしない限り、ANN取材団はこの不出来な記事を、何れ自ら抹消せざるをえないでしょう。

ウクライナ侵攻における勝ちと負け

1.どちらが勝つか

雑誌『月刊 Hanada』12月号に、ジャーナリストの長谷川幸洋氏は書いています。

「ウクライナの戦争は、ロシアの敗北が確実になってきた。(中略)ウクライナの士気の高さと西側の強力な支援を考えれば、核兵器を使ったとしても、ロシアの敗北は避けられないだろう」(72頁)

ウクライナ侵攻の勝ち・負けを論じる人があります。それは良いのですが、何をもって勝ち、負けと判定するのでしょうか。何をもって、「ロシアの敗北」とするのでしょうか。
ウクライナにしろ、ロシアにしろ、戦争目的を達成した場合は勝ちであり、それが達成できなければ、負けでしょう。

2.ウクライナとロシアの目的

ウクライナの目的は、侵攻後にロシアによって奪われたルハンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソン州の全領域とクリミアを取り戻すことでしょう。

一方、ロシアの目的は、侵攻が開始された当日、プーチン大統領が行ったテレビ演説でもうかがわれるように(1)、NATOの東方拡大=ウクライナのNATO加盟阻止とドンバス地方の解放、そして、これは私にはもう一つ理解できない理由ですが、ウクライナの非ナチ化です。
もっとも、ロシアのペスコフ大統領報道官は11月21日、「侵攻時に『非ナチ化』と称してゼレンスキー政権の排除を目指したことに関し、現時点で作戦の目標ではないと述べた」そうです(2)。

3.目的達成の可能性

通常、戦争が勃発した場合、その結果、一方が勝ち、他方が負けます。
第一次世界大戦でも、第二次世界大戦でも、連合国側が勝ち、同盟国側が負けました。
しかし、すべての戦争において、常に勝敗の決着がつくわけではありません。勝敗の決着がつく場合もあれば(ベトナム戦争)、決着がつかない場合もあります(朝鮮戦争)。

交戦国の戦争目的がズレている場合は、両者とも勝ち、または、両者とも負けの場合がありえます。もしウクライナの戦争目的がルハンスク州の奪還であり、ロシアの戦争目的がドネツク州の解放なら、そして、各々がそれを実現したなら、両者とも勝利ということになります。

しかし、ウクライナの目的がルハンスクの奪還であり、ロシアの目的がドネツクの解放であるとして、実際の戦争で、ウクライナはドネツクを掌握できたけれども、ルハンスクを奪われたままなら、一方、ロシアはルハンスクは掌握できたけれども、ドネツクは奪うことができなければ、戦争目的は達成できていないので、両国とも敗北ということになるでしょう。

前節で、ウクライナとロシアの戦争目的を述べました。
この度の戦争で、ウクライナにしろ、ロシアにしろ、戦争目的を達成することができるのでしょうか。

ウクライナは、ルハンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソンの全領域を取り返すのは難しいでしょう。要衝クリミアの奪還は、殆んど無理でしょう。

ロシアは、ウクライナのNATO加盟阻止は、短期的には実行できても、長期的には加入を阻むことはできそうにありませんし、スウェーデンやフィンランドはNATO加盟が決定しましたし、今後ドンバスの全領域を掌握するのは、難しそうです。

両者とも、戦争目的を達成することができそうにありません。
とすると、戦争の評価はどうなるのでしょうか。両者とも、負けということになります。

4.どちらがより負けるか

戦争に関しては、戦わずして勝つが上策であり、戦って勝つは中策であり、戦って負けるは下策です。ウクライナもロシアも、下策を選択することになったと、言わざるをえません。
ウクライナ侵攻は、どちらかが勝ち、どちらかが負けるという風な結果にならず、どちらがより大きく負けるかの、いわば負け幅の争いになりそうです。

より多くの領土を奪われることになるだろうという点で、戦術的にはウクライナの負け幅が大きく、国際的な評価を落とし、今後も西側諸国による制裁や道義的な非難を受けることになるという点で、戦略的にロシアの負け幅が大きいと考えられます。

と、ここまで書いてきましたが、戦況が膠着し、ほぼ現状のままウクライナとロシアの支配地域が固定化したなら、普通に判断すれば、一方が支配地域を拡大した点で、他方が支配地域を縮小することになった点で、どちらかというとロシアの勝ち、ウクライナの負けということになるでしょう。

(1)9月24日国連本部での記者会見で、ロシアのラブロフ外相は、「プーチン大統領が2月24日に発表したことをもっと頻繁に、気をつけながら読むといい。そこに全部書いてある。読めばわかる」と述べました
https://www.asahi.com/articles/ASQ9T41MQQ9TUHBI004.html?iref=comtop_International_01
(2)https://news.yahoo.co.jp/articles/33df3453a419dd907381cc543153774659b8ab0d