1.双方が非難
「ザポリージャ原発は世界第3位、欧州で最大の出力を持つ原発」(1)とのことです。そのような原発に対して、8月に何度も砲撃が加えられました。それについて、ウクライナ、ロシアの双方が、相手が攻撃をしたとして、非難しました。
一体、どちらの言い分が正しいのでしょうか。
同原発は、「3月以降ロシア軍が占領し、その支配下でウクライナ人スタッフが稼働させられている」(2)という。
「ウクライナの国営原子力企業エネルゴアトムは(8月)27日、南東部のザポリージャ原子力発電所がロシア軍の砲撃を受け、放射性物質が拡散する恐れが生じていると発表した。エネルゴアトムは(中略)ロシア軍が終日、原発を『繰り返し砲撃した』とし、『断続的な砲撃により発電所のインフラが損傷し、水素漏れや放射性物質拡散の恐れがある。火災の危険性も高い』と警告した」そうです(3)。
一方、「ロシア国防省は、ウクライナ軍がドニエプル川対岸のマルハネツィから『3回にわたり発電所の敷地を砲撃した』と主張。砲弾が核燃料や放射性廃棄物の貯蔵施設の近くに着弾したとして、ウクライナ側は『核テロ』を仕掛けていると非難した」そうです(4)
「3月以降ロシア軍が占領し、その支配下」にある原発を、しかも、同軍が撤退していない中で、どうして彼らが「終日、原発を『繰り返し砲撃』」するでしょうか?
もしロシア軍が「終日、原発を『繰り返し砲撃』」していたら、とっくに大惨事になっているでしょうし、同軍も被爆しているでしょう。
2.軍事的合理性
軍事的合理性の観点から考えましょう。
A国とB国が戦争をしたとします。
A国にあるZ原発を、B国が占領しました。Z原発を手放さなければならないA国と、これから同原発を占有することになるB国と、どちらがその原発を攻撃するでしょうか。
B国軍は、今から原発を占有する訳ですから、当の原発を攻撃すれば、自国軍が被爆します。一方、A国軍は、原発をB国軍に奪われることになりますし、それを相手に渡したくないはずです。
古来、C国がD国の侵略を受けた場合、前者は後者に、食料その他の物資を奪われまいとして、退却時にそれらを焼き払いました。すなわち、退却する側は、進撃する側に奪われまいとして、かつては自分たちの所有であった資源を破壊しました。
実際に、9月6日から、ウクライナ軍はハルキウ州で、攻勢を開始しましたが、撤退するロシア軍は、火力発電所を初めとするインフラ設備を破壊したそうです(5)。
そのように考えるなら、ザポリージャ原発は、「3月以降はロシア軍が占領し、その支配下」にあるのですから、守ろうとしたのがロシア側であり、攻撃したのはウクライナ側だと考えるのが自然です。
それに、もしロシアが、本当にザポリージャ原発の破壊を目的とするのなら、侵略する前の段階で、既にそれを破壊しているでしょう。そして、放射能の危険が無くなってから、そこに進撃したはずです
ザポリージャ原発を占拠しているロシア軍の陣地を、ウクライナ軍が攻撃したのだと考えるのが合理的です。
もっとも、実際は以下のような事情かもしれません。
敷地内に陣地を構築しているロシア軍を攻撃すれば、原子炉に命中するかもしれないから、ウクライナ軍は攻撃を加えられないに違いない。それを良いことに、ロシア軍はそこからウクライナ軍を攻撃したのに対して、後者が応戦しただけ、なのかもしれません。が、原子炉に当たる可能性があるので、ロシア軍の陣地への攻撃は危険です。
ウクライナ側の言い分は、下記のようなものかもしれません。
同原発は3月からロシアに占領されている。ロシア軍はそこに駐留している。我々はロシア軍を、占領地から追い払うために、攻撃を加えなければならない。我々が攻撃をしているのは、ロシア軍であって、原発ではない。たとえわが軍の流れ弾が原発に当たったとしても、それはロシア軍がそこにいるのが悪いのであって、それは我々の責任ではない。たとえ我々が打った弾が原発に命中し、被害が出たとしても、責任はロシア側にある。
3.もう一つの核の抑止力
ザポリージャ原発を奪還しようとするウクライナ軍にしても、そこを占拠しているロシア軍にしても、原発を本気で攻撃する意思はないはずです。元々、両者とも同原発の破壊を目的としていませんし、将来的に自らがそれを運用しようと考えているからです。それに、破壊すれば、大惨事が発生しますし、ロシアが原発を破壊して被害が発生すれば、国際社会の同国に対する非難はさらに沸騰しますし、一方、ウクライナがそれを破壊すれば、西側諸国の同国に対する同情心は、一挙に冷却するでしょう。
なので、両軍とも、正面切って原発を攻撃することはできません。核兵器とは別種の、核の抑止力が働いていると言えます。もっとも、核兵器と同様、不測の事態が起こらないとは断言できませんが。
4.西側大本営発表
周知のとおり、2月24日、ロシアはウクライナに侵攻しました。同国軍は3月4日に、ザポリージャ原発を押さえました。そして、その時にも、やはり同原発が攻撃されたというニュースが流れました。それについて、ウクライナのクレバ外相は、同日、次のようなツィートをしました(6)。
「ロシアは、ヨーロッパ最大の原子力発電所であるザポリージャ原発にあらゆる方向から発砲しています。すでに火災が発生しています。爆発すると(被害は)チェルノブイリの10倍になります!ロシアはすぐに砲撃を止め、消防車を許可し、安全保障地帯を確立する必要があります!」
ザポリージャ原発を占有したロシアが、同原発に、「あらゆる方向から発砲して」いたなら、繰り返しますが、とっくに原発事故が起こっているでしょう。しかし、実際に原発事故は起こっていませんし、前節で述べたように、軍事的合理性から言って、自らの被爆は避けて当然ですから、占拠したロシア側が、原発を攻撃したと考えるのは不合理です。
さて、9月1日から国際原子力機関(IAEA)は、ザポリージャ原発を視察しました。
先にも述べましたが、8月同原発に対する攻撃が頻発し、ウクライナ、ロシアの双方が相手の攻撃だとして、非難しました。国連のグレーテス事務総長は、「原発近くの全ての軍事活動を直ちに停止し、施設や周辺を標的としないよう求める」と、宇露の双方に!自制を求める声明を出したそうです(7)。
IAEAは現地に赴きましたが、どちらの軍が、どちらの軍または原発それ自体に対して攻撃を行っているのか分からなかったのでしょうか。ロシア軍が攻撃されているのなら、攻撃したのはウクライナ軍のはずです。それとも、たとえロシア軍が攻撃をされているにしても、それは同軍の自作自演かもしれないということなのでしょうか。要するに、ウクライナ側が攻撃したとの確証はないから、双方に自制を求めたのでしょうか。西側の政府高官や報道機関は、これまで確証はないのに、散々ロシア非難をしてきたのに。
あるいは、IAEAは、ウクライナのせいにしてはいけないとの圧力を、どこからか受けているのでしょうか。
10月に、「国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は6日、ロシアが『国有化』する方針を決めたウクライナ南東部ザポロジエ原発について『ウクライナの施設だ』と明言した」そうです(8)。IAEAは宇露に対して、中立ではないのが分かります。道理で、同原発はどちらが攻撃をしたのか「明言」しないはずです。
3月でも8月でも、報道はロシア側が攻撃したというのが殆んどでした(9)。それから分かるのは、
第一、ウクライナ侵攻に関する報道は、ロシア側よりも、西側によるプロパガンダの方がはるかに優勢であること、
第二、ロシアは報道統制されていて、メディアは政府に都合が良いことしか報じないとされていますが、どうもウクライナ侵攻に関する報道を見ると、西側大本営発表も、相当に一方的であることです。西側は、ロシアの報道統制のことを、余り批判できないのではないかと思います。
2・24以来、西側のプロパガンダ、あるいは、希望的観測記事が氾濫して、私も含めて、多くの人たちはそのような報道や言論に惑わされて、正確な判断ができにくくなっているのではないでしょうか。
(1)朝日新聞2022年8月6日付夕刊
(2)同上
(3)https://www.afpbb.com/articles/-/3420987
(4)同上
(5)https://news.yahoo.co.jp/articles/5fbade407fc93bab39f33c4b824ff007f9f3b705
(6)
(7)https://news.yahoo.co.jp/articles/fe28484ec4b3044406c936afe525243262045f5a
(8)https://news.yahoo.co.jp/articles/e5ae6acdf0c7a0d56a26ed7ec15b0df85b1080f4
(9)因みに、5月20日付朝日新聞の「オピニオン&フォーラム」欄「耕論」のテーマは、「ターゲットになった原発」でした。
「ロシアはウクライナの原子力発電所を標的にした。破局的な事故が起きうる施設に、国家が方向を向けた前例なき暴挙の後も、各地で動き続けている原発をめぐる視点とは」
そこで、識者の一人、笹川平和財団研究員の小林祐喜氏は、語っています。
「戦時の非戦闘員の保護を定めた国際人道法『ジュネーブ条約』は、原発への攻撃を禁止しています。ところが、ロシアは一顧だにせず攻撃を加えました」
別の識者、長岡技術科学大学教授山形浩史氏曰く、
「ロシアがザポリージャとチェルノブイリの原子力発電所を攻撃したのは、インフラ設備などの占拠が目的で、意図的に破壊した可能性は低いのではないかと考えます」
山形氏の主張の方が、適切でしょう。もっとも、ロシア軍がザポリージャを占拠したのは3月4日ですから、同軍が「攻撃」したのはそれ以前ということになります。では、それより後に攻撃したのは誰なのでしょうか?
【参考記事です】
(1)https://news.yahoo.co.jp/articles/87e838bc252ad3bd03cd87f759999a1ee0ac43fa
(2)https://www.sponichi.co.jp/society/news/2022/09/03/kiji/20220903s00042000479000c.html