ウクライナ侵攻と学者の見識

1.河瀬直美監督の祝辞

少し前の話題になりますが、今年4月12日の、東大の入学式の祝辞で、「映画作家」河瀨直美氏は次のように述べました(1)。

「例えば『ロシア』という国を悪者にすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら、それを止めるにはどうすればいいのか。なぜこのようなことが起こってしまっているのか。一方的な側からの意見に左右されてものの本質を見誤っていないだろうか?(中略)
そうして自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚しておく必要があるのです。そうすることで、自らの中に自制心を持ってそれを拒否することを選択したいと想います」

周知の通り、この発言は、物議を醸しました。

2.国際政治学者たちのツィート

現在の日本のおかれている近隣諸国との力関係を見れば、「自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性」よりも、自分たちの国がどこかの国から侵攻される可能性の方が高いのは明らかですから、「自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚しておく必要があるのです。そうすることで、自らの中に自制心を持ってそれを拒否することを選択したいと想います」という河瀨氏の国際政治認識がズレているのは言うまでもありません。
河瀨氏は、某左翼政党の党員もしくは確信的な支持者なのでしょうか。

それはともかく、河瀨氏の、「例えば『ロシア』という国を悪者とすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら」の文言を見て、一部の国際政治学者たちが逆上して、ツィートしました(2)。

「ロシア軍が殺戮している多くは妊婦や子供など罪のない一般市民。他方でウクライナ軍は、自国の領土を蹂躙して、市民を殺戮するロシアの侵略軍を撃退している。この違いを見分けられない人は、人間としての重要な感性の何かが欠けているか、ウクライナ戦争に無知か、そのどちらかでは」(細谷雄一氏)

「侵略戦争を悪と言えない大学なんて必要ないでしょう」(池内恵氏)

「『どっちもどっち』論を、超越的な正義として押し付けようとする人々が、この社会で力を持っている。
50歳もこえた。なんとか定年まで頑張ってやっつけられないようにするわ」(篠田英朗氏)

・「『どっちもどっち』論を、超越的な正義として押し付けようとする人々が、この社会で力を持っている」
「『どっちもどっち』論を、超越的な正義として押し付けようとする」河瀨氏のような「人々が、この社会で力を持っている」という意味なのでしょうか。それとも、そのような人々が、自分の所属する大学にもいて、閉口しているという意味なのでしょうか。あるいは、一般論として、「『どっちもどっち』論を、超越的な正義として押し付けようとする人々が、この社会で力を持っている」ということなのでしょうか。最後の意味なら、そのような事実はあるのでしょうか。あるのだとしたら、それを証明ないし説明して欲しいと思います。
私が痛感しているのは、むしろウクライナ問題が発生して以来、「どっちもどっち」論?を非難するような意見が氾濫していることですが。

・「侵略戦争を悪と言えない大学なんて必要ないでしょう」
「侵略戦争」を、「悪」と「言」うのが大学の使命なのでしょうか。ある戦争を某国による侵略だと判断するのを疑うことさえ許さない、そのような大学の方が問題で、そのような「大学なんて必要ないでしょう」。

河瀨氏の、「それを止めるにはどうすればいいのか」に対する彼らの答えはありません。国際政治学者なら、対露制裁と対宇支援の強化以外の何らかの案が、頭に浮かばないのでしょうか。
しかし、これだけ対露主戦論が盛り上がっているのに、わが国では、制裁や支援の強化を進めるための立法化の議論さえ、全く沸き起こらないのは、なぜなのでしょうか。

3.高坂正堯氏なら

別の記事でも引用しましたが、前節の国際政治学者たちよりも、学識の高い国際政治学者高坂正堯氏(1934-1996)は、『国際政治』(中公新書)に書いています。

「じっさい国際社会について考えるとき、まずなによりも重要な事実は、そこにいくつもの常識があるということなのである。(中略)
言いかえれば、国際社会にはいくつもの正義がある。だからそこで語られる正義は特定の正義でしかない。ある国が正しいと思うことは、他の国から見れば誤っているということは、けっしてまれではないのである」(19頁)(太字 原文は傍点)

高坂氏の国際政治認識は、細谷氏や池内氏や篠田氏よりも、河瀨氏の、第一節引用文前段のそれに近い。
氏の『国際政治』は、国際政治学者の必読文献ではないのでしょうか。
細谷氏以下は、同著を読んでいないのがバレてしまいました。

ところで、高坂氏が存命であれば、ウクライナもロシアも、「どっちもどっち」だと述べたでしょうか。勿論、そんなことは言わなかったでしょう。しかし、たぶん、氏は次のような云い方をしたのではないでしょうか。
「ロシアによるウクライナ侵攻は侵略です。でもね・・・・」

「ロシアによるウクライナ侵攻は侵略です」なら、ヤフコメ民だって言えます。しかし、国際政治学者、言論人、ジャーナリストなら、「でもね」以下のところで見識を示すべきではないでしょうか。
学者たちが、ヤフコメ民と同じようなことを言っても、仕方がありません。

(1)https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message2022_03.html
(2)https://www.huffingtonpost.jp/entry/shukuji_jp_625625c7e4b0be72bfefec0d