1.ゼレンスキー大統領発言
ウクライナのゼレンスキー大統領は、8月18日に、「『露軍が完全撤退しない限り、停戦交渉には応じない』と表明」(1)しました。
同24日の同国の独立記念日には、「ロシアの侵攻に対し『最後まで』戦い、『いかなる譲歩も妥協も』しないと表明」、「『われわれにとってウクライナとは全ウクライナを意味する。25州について譲歩も妥協もない』と強調」(2)しました。
また、23日「クリミア・プラットフォーム」の記者会見で、「『クリミアを取り戻す。われわれの領土であり、他国との協議なしにわれわれが正しいと決めた方法で取り戻す』と言明した」(3)そうです。
史上、攻勢にある側が、自らの軍事的行動を途中で反省し、退却したというような例はないでしょう。
自主的に「露軍が完全撤退」するようなことはありえませんから、ウクライナが「停戦交渉に」応じるには、同国がロシア軍を力によって「完全撤退」させるしかないということになります。
では、ウクライナはロシアを力によって、完全撤退させることができるのでしょうか。
2.完全撤退させるには
ロシア軍をウクライナから完全撤退させるには、二つの方法しかありません。
第一、アメリカ以外のNATO諸国には、ロシアと対等に渡り合う能力はありませんから、実際にアメリカが参戦するか、
第二、ウクライナ軍の力がロシア軍のそれを上回るだけの軍事支援をアメリカを中心とするNATO諸国が行うか、です。
しかし、第一については、アメリカのバイデン政権は昨年12月に、ロシアが侵攻した場合、米軍をウクライナに派遣することは検討していないと述べました(4)。とするなら、ロシア軍を完全撤退させるには、第二の方法、つまり、ウクライナ>ロシア(ウクライナはロシアよりも強い)になるだけの軍事支援を、NATO諸国が行うしかありません。しかし、彼らは、それだけの支援を行うことができるのでしょうか。
3.継戦すべきか
ロシアによるウクライナ侵攻が開始されて以来、わが国でも、主戦派と和平派の二つの主張におおよそ分かれていて、前者の方が主流派にして多数派です。前者は、ウクライナの徹底抗戦を支援すべきとの立場で、正義派とも称されています。
一方、後者は、ウクライナとロシアの交渉により、停戦もしくは戦争を休止すべきと考えます。後者は、守勢にある側のウクライナは、攻勢の側のロシアに譲歩する形で停戦するしかないとの主張なので、主戦派からはロシア寄りと見做されて、批判されています。
けれども、ウクライナ側とか、ロシア側とは別に、政治的リアリズムの立場がありえます。
もしウクライナ(+NATO)>ロシアなら、ウクライナは継戦して良いでしょう。その場合、軍事的に優位にあるウクライナは、ロシアによって占領された土地(クリミア、ドンバス、ヘルソン)を奪還できるでしょう。
しかし、ウクライナとロシアの力の差が逆なら、つまり、ロシア>ウクライナ(+NATO)なら、戦えば戦うほど、ウクライナは人命も領土もさらに失うことになるでしょう。
4.継戦論に対する疑問
主戦論者=正義派=継戦論者は、どのような認識に基づいて、そのような主張を行っているのでしょうか。
将来アメリカが参戦するなり、NATOが、ロシアの軍事力を上回るだけの兵器なりを、ウクライナに提供するという、何らかの情報なり、確信があって、そのような主張をしているのでしょうか。もしそれなら理解できます。
しかし、どうも、そういう風には見えません。アメリカの参戦も、大量の軍事支援も見込めないのに、ウクライナの徹底抗戦を支持しているとしか思えません。
たぶん、主戦論者は、どうすれば両者の力の差が、ウクライナ(+NATO)>ロシアになるかなど、ろくに考えないまま、継戦論を叫んでいます。戦前わが国の主戦論者同様、必勝の信念があれば勝てると信じているのでしょうか。
それとも、ナポレオンやヒトラー同様、独裁者が戦争指導する場合は、必ず負けるとのジンクスでもあるのでしょうか。あるいは、ウクライナに神風が吹くのを期待しているのでしょうか。
継戦論者に問いたいのは、次の三点です。
第一、昭和二十年八月の時点で、日本はまだ継戦すべきだったのでしょうか。
第二、その時点で、わが国は降伏して良かったというのなら、日本の場合は降伏が良くて、ウクライナの場合は継戦が良いとする理由は何なのでしょうか。
第三、ウクライナはどこまで戦って、駄目なら降伏なり停戦なりすべきなのでしょうか。
5.ウクライナに勝算はあるか
ゼレンスキー大統領は、「クリミアを取り戻す」と言いますが、クリミアのセバストポリには、黒海艦隊の基地があり、ロシアが手放すとは思えません。もしそこが危うくなれば、その時ロシアは核兵器を使うでしょう。
今後、力の差が、ウクライナ(+NATO)>ロシアになる可能性はあるのでしょうか。非常に難しいでしょう。ロシア≧ウクライナ(+NATO)のままでは、ウクライナがロシアから、クリミアだけでなく、全ての占領地を取り戻すのは、殆んど不可能でしょう。
第一節からも窺えますが、ゼレンスキー大統領は、勝つか負けるか=全てか無かという二者択一の思考に陥っているように見えます。政治指導者として、はたしてそのような思考は適切なのでしょうか。
何らかの合理的な理由により、まだ勝算があるから、そのような発言を行っているのなら分かりますが。もしそうでないのだとしたら・・・・西側に支援を求めるために、やる気を示している(大言壮語している)だけなのでしょうか。
(1)https://news.yahoo.co.jp/articles/cdfc4762811c0a6f7f6e599994d2bd7323b2a0ff
(2)https://news.yahoo.co.jp/articles/0e6d9c7fc3666c6cd440fee2e7d2323c00c1e785
(3)https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-crimea-idJPKBN2PT15G
(4)https://www.bbc.com/japanese/59589392
【追記】
雑誌『WiLL』8月号の、渡辺惣樹氏と福井義高氏の対談記事で、渡辺氏は述べています(233頁)
「安倍晋三元首相が英国の経済紙『エコノミスト』(5月26日付)のインタビューで『ゼレンスキー大統領がNATOに加盟しないと約束するか、東部の二つの飛び地に高度な自治権を認めさせれば、戦争を回避することができたかもしれない』と答えています」