現実は法に優先する

1.ウクライナ侵攻は国際法違反である

2月24日、ロシア軍はウクライナに侵攻しました。
それに対して、アメリカをはじめNATO諸国も日本も、ロシアの行動は国際法に違反しているとして、非難しています。

それが国際法違反であるとされるのは、国際連合憲章第二条第四項に違反しているからだそうです。当該条文は以下の通りです。

「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」

わが国外務省が発した、2月24日付「ロシアによるウクライナへの軍事行動の開始について」も、次の通りです。

「1 2月24日、ロシアが、ウクライナへの軍事行動を開始しました。

2 この軍事行動は、明らかにウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反であり、国連憲章の重大な違反です。力による一方的な現状変更は断じて認められず、これは、欧州にとどまらず、アジアを含む国際社会の秩序の根幹を揺るがす極めて深刻な事態であり、我が国は最も強い言葉でこれを非難します。
ロシアに対し、即時に攻撃を停止し、部隊をロシア国内に撤収するよう強く求めます。

3 我が国は、引き続きウクライナ及びウクライナ国民に寄り添い、事態に改善に向けてG7を始めとする国際社会と連携して取り組んでいきます」

「武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反」と「国連憲章の重大な違反」は、同一の内容なのか、別の意味なのかは知りませんが、しかし、当然次のような疑問が湧きます。
では、第二次世界大戦後、国連憲章第二条第四項に反するような「暴挙」を行ったのは、この度のロシアが初めてなのだろうか、ということです。

2.アメリカも時に国際法に違反する

2003年3月20日、アメリカはイラクへの攻撃を開始し、その後米軍は同国へ侵攻しました。言うまでもなく、当時イラクは主権国家であり、そのような国へ侵攻し、フセイン政権を倒しました。
ロシアによるウクライナ侵攻が国際法違反なら、アメリカによるイラク侵攻だって、国際法違反でしょう。
それは、国連安保理決議に基づかない軍事行動でした。

「イギリスを除くほとんどのヨーロッパ諸国、中東諸国、ロシア、中国など多くの国が戦争反対の立場をとり、反戦デモが広がるなか、そうした国際世論を押し切る形で行われた」(コトバンク「イラク戦争」)

イギリスは、アメリカの武力行使を支持しましたが、

「トニー・ブレア政権では、閣僚が相次いで辞任を表明し、政府の方針に反対した」(ウィキペディア「イラク戦争」)

その他にも事例があります。1962年10月、アメリカの偵察機の撮影により、キューバにソ連のミサイル基地が造られているのをが発覚しました。キューバ危機です。
それにどう対処するのかについて、アメリカでは、「国家安全保障会議執行委員会(エクスコム)」の会議で、六つの選択肢が提案されました(ウィキペディア「キューバ危機」)。
1.ソ連に対して外交的圧力と警告および頂上会談(外交交渉のみ)
2.カストロへの秘密裏のアプローチ
3.海上封鎖
4.空爆
5.軍事侵攻
6.何もしない

キューバは、「海上封鎖は『主権に対する侵害』だとして非難した」(コトバンク「キューバ危機」)そうですが、実際にアメリカが選択したのは、海上封鎖でした。
その後、米ソの交渉により、ソ連はミサイルを撤去することになりましたが、選択肢として、空爆や軍事侵攻があったことは事実ですし、場合によっては、アメリカは国際法に反する行動を起こす可能性があったことが分かります。

その他、グレナダ侵攻(1983年)など、アメリカは他国の主権を侵害したと思しき軍事行動を取っていますし、イスラエルによるパレスチナに対する行動でも、米国は国連決議において何度となく拒否権を行使しています。

第二次大戦後、国際法に違反する行動をおこなったのは、何も今回のロシアだけではありません。アメリカその他の国だって、そのような行動を取っています。
アメリカも国際法違反を犯しているのに、なぜロシアのウクライナ侵攻だけがこんなにも非難されるのでしょうか。2003年から2022年の間に、国際社会のルールは変わったのでしょうか。

3.大国の行動原理

ロシアによるウクライナ侵攻、アメリカによるイラク侵攻やキューバ危機で分かるのは、ロシアであろうが、アメリカであろうが、中共や英仏であろうが、大国は自国の安全が脅かされたと感じる時は、国際法にしろ、他国(小国)の主権にしろ、侵すことを躊躇しないということです。

<自国の安全保障は国際法に優先する>

これが、大国の行動原理です。
もし現行の国際法があれば、第二次世界大戦は、とりわけナチス・ドイツによる侵略は防ぎえたでしょうか。防げたとは思えません。しかも、現在の大国の多くは、第二次大戦の戦勝国です。むしろ彼らは、安全保障における軍事力の有効性を信奉していることでしょう。だから、今日でも、大国の行動原理は、<自国の安全保障は国際法に優先する>です。

この大国の行動原理は、善いか悪いかではなく、事実かそうでないかの問題です。そして、国際社会を眺めるなら、実際に大国はそのように振舞っています。
国際連合などの活動もあって、良く見えなくなっていますが、第二次世界大戦以前同様、以後も国際社会は力の論理で動いています。そして、大国が自国の危機に瀕した時(瀕したと感じた時)、それが顕在化します。

5月10日公開の「主権国家は平等ではない」で、主権国家を、上位の主権国家と下位の主権国家の二種類に分けましたが、前者が大国、後者が小国に相当するでしょう。
今日おおよそ、大国とは核兵器保有国のことであり、小国とは非保有国のことです。たとえば、イスラエルはパレスチナに対して、大国として振舞っています。

第二次大戦以前は、まだ核兵器は開発されていませんでしたが、わが国は上位の主権国家でした。だから、韓国の主権よりも、自国の安全保障を優先しました。

一方、小国だって、有事の際は大国と同じように振る舞いたいと思っているでしょうが、いかんせん、力がないので、実行できません。

4.現実は法に優先する

日本国憲法第九条を引用します。

「第九条【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

大東亜戦争に敗北し、アメリカからこの占領憲法を押し付けられた当時は、文字通り「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」つもりだったでしょう。また、米国側からすれば「これを保持させない」つもりだったでしょう。しかし、1950年6月25日、北朝鮮が韓国へ南侵し、状況が一変しました。アメリカは日本に対して、軍の創設を要求しました。

陸上自衛隊 1950年(昭和25年)の朝鮮戦争勃発時、GHQの指令に基づくポツダム政令により警察予備隊総理府の機関として組織されたのが始まりである」(ウィキペディア「自衛隊」)

自衛隊は「陸海空軍その他の戦力」であるのは明らかです。しかし、戦後の政府はそれが戦力ではないかのように、言い繕ってきました。憲法九条は、解釈改憲によって運用されてきました。
法を守って、国が亡ぶよりも、法を破って、国の生存を図る方が賢明、というよりも当然だからです。戦後のわが国は大国ではありませんが、そんな日本だって、<自国の安全保障は憲法に優先する>を実行しています。

将来のわが国有事の際に、某安保理常任理事国が、日本にとって不利な方向で、拒否権を発動するかもしれません。また、わが国が自国の安全保障のために、国際法違反だとされるような行動を取らざるをえない場面に直面する可能性だって、絶対にないとは言い切れません。
私たちは、そのようなこともありうることを、頭の片隅に入れておく必要があると思います。

5.大国の行動は国際法で抑止できるか

ロシアは権威主義体制の国であることから、そのような体制の国だから、ウクライナ侵攻のような野蛮な行動をおこなったのだと誤解する人があるかもしれません。が、米英仏やイスラエルのような自由で民主的な体制の国であろうと、大国は危機の際は、国際法よりも、自国の安全保障を優先します。
一体どこの国が、自国が滅んでも、あるいは、自国を危機に追い遣ってでも、国際法を遵守するでしょうか。

とするなら、今後も何れかの大国が、国際法よりも、自国の安全保障を優先するような行動に出る可能性は十分あるということです。私たちは、ウクライナ侵攻以降も、某大国が、国際法よりも自国の安全保障を優先するような行動を取るのを見ることになるだろうと思います。

国際法で、大国の行動を抑えることができるでしょうか。できると信じているらしい学者は、あるシンポジウムで述べています。

「プーチン大統領の演説では、かつて米国がイラクに対して武力行使を行った際に、国際秩序を揺るがしたと主張しています。その指摘は正しい。だからといって、今回ロシアがウクライナを侵略する行為が許されるわけではありません。米国が破ったからといって、ロシアも破っていいということにはならないのです。今回のロシアによる武力行使は、国連憲章で定められた武力不行使原則を、欧米諸国が度々破ってきたことに対する挑戦でもあります。それがブーメランのように、突きつけられているという点もあるのではないでしょうか」

「国連憲章で定められた武力不行使原則を」「米国が破ったからといって、ロシアも破っていいということにはならない」のは確かですが、その原則によって、米国やロシアなどの大国の武力行使を止められないのも確かです。それが、今「突きつけられている」のだと思います。

大国の行動は、彼らの侵攻を思い止まらせるだけの軍事力を保持することでしか(自国単独か、同盟国と共同かで)、抑止できません。

【参考記事です】
https://news.yahoo.co.jp/byline/aoyamahiroyuki/20220516-00296310