現実は法に優先する

1.ウクライナ侵攻は国際法違反である

2月24日、ロシア軍はウクライナに侵攻しました。
それに対して、アメリカをはじめNATO諸国も日本も、ロシアの行動は国際法に違反しているとして、非難しています。

それが国際法違反であるとされるのは、国際連合憲章第二条第四項に違反しているからだそうです。当該条文は以下の通りです。

「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」

わが国外務省が発した、2月24日付「ロシアによるウクライナへの軍事行動の開始について」も、次の通りです。

「1 2月24日、ロシアが、ウクライナへの軍事行動を開始しました。

2 この軍事行動は、明らかにウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反であり、国連憲章の重大な違反です。力による一方的な現状変更は断じて認められず、これは、欧州にとどまらず、アジアを含む国際社会の秩序の根幹を揺るがす極めて深刻な事態であり、我が国は最も強い言葉でこれを非難します。
ロシアに対し、即時に攻撃を停止し、部隊をロシア国内に撤収するよう強く求めます。

3 我が国は、引き続きウクライナ及びウクライナ国民に寄り添い、事態に改善に向けてG7を始めとする国際社会と連携して取り組んでいきます」

「武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反」と「国連憲章の重大な違反」は、同一の内容なのか、別の意味なのかは知りませんが、しかし、当然次のような疑問が湧きます。
では、第二次世界大戦後、国連憲章第二条第四項に反するような「暴挙」を行ったのは、この度のロシアが初めてなのだろうか、ということです。

2.アメリカも時に国際法に違反する

2003年3月20日、アメリカはイラクへの攻撃を開始し、その後米軍は同国へ侵攻しました。言うまでもなく、当時イラクは主権国家であり、そのような国へ侵攻し、フセイン政権を倒しました。
ロシアによるウクライナ侵攻が国際法違反なら、アメリカによるイラク侵攻だって、国際法違反でしょう。
それは、国連安保理決議に基づかない軍事行動でした。

「イギリスを除くほとんどのヨーロッパ諸国、中東諸国、ロシア、中国など多くの国が戦争反対の立場をとり、反戦デモが広がるなか、そうした国際世論を押し切る形で行われた」(コトバンク「イラク戦争」)

イギリスは、アメリカの武力行使を支持しましたが、

「トニー・ブレア政権では、閣僚が相次いで辞任を表明し、政府の方針に反対した」(ウィキペディア「イラク戦争」)

その他にも事例があります。1962年10月、アメリカの偵察機の撮影により、キューバにソ連のミサイル基地が造られているのをが発覚しました。キューバ危機です。
それにどう対処するのかについて、アメリカでは、「国家安全保障会議執行委員会(エクスコム)」の会議で、六つの選択肢が提案されました(ウィキペディア「キューバ危機」)。
1.ソ連に対して外交的圧力と警告および頂上会談(外交交渉のみ)
2.カストロへの秘密裏のアプローチ
3.海上封鎖
4.空爆
5.軍事侵攻
6.何もしない

キューバは、「海上封鎖は『主権に対する侵害』だとして非難した」(コトバンク「キューバ危機」)そうですが、実際にアメリカが選択したのは、海上封鎖でした。
その後、米ソの交渉により、ソ連はミサイルを撤去することになりましたが、選択肢として、空爆や軍事侵攻があったことは事実ですし、場合によっては、アメリカは国際法に反する行動を起こす可能性があったことが分かります。

その他、グレナダ侵攻(1983年)など、アメリカは他国の主権を侵害したと思しき軍事行動を取っていますし、イスラエルによるパレスチナに対する行動でも、米国は国連決議において何度となく拒否権を行使しています。

第二次大戦後、国際法に違反する行動をおこなったのは、何も今回のロシアだけではありません。アメリカその他の国だって、そのような行動を取っています。
アメリカも国際法違反を犯しているのに、なぜロシアのウクライナ侵攻だけがこんなにも非難されるのでしょうか。2003年から2022年の間に、国際社会のルールは変わったのでしょうか。

3.大国の行動原理

ロシアによるウクライナ侵攻、アメリカによるイラク侵攻やキューバ危機で分かるのは、ロシアであろうが、アメリカであろうが、中共や英仏であろうが、大国は自国の安全が脅かされたと感じる時は、国際法にしろ、他国(小国)の主権にしろ、侵すことを躊躇しないということです。

<自国の安全保障は国際法に優先する>

これが、大国の行動原理です。
もし現行の国際法があれば、第二次世界大戦は、とりわけナチス・ドイツによる侵略は防ぎえたでしょうか。防げたとは思えません。しかも、現在の大国の多くは、第二次大戦の戦勝国です。むしろ彼らは、安全保障における軍事力の有効性を信奉していることでしょう。だから、今日でも、大国の行動原理は、<自国の安全保障は国際法に優先する>です。

この大国の行動原理は、善いか悪いかではなく、事実かそうでないかの問題です。そして、国際社会を眺めるなら、実際に大国はそのように振舞っています。
国際連合などの活動もあって、良く見えなくなっていますが、第二次世界大戦以前同様、以後も国際社会は力の論理で動いています。そして、大国が自国の危機に瀕した時(瀕したと感じた時)、それが顕在化します。

5月10日公開の「主権国家は平等ではない」で、主権国家を、上位の主権国家と下位の主権国家の二種類に分けましたが、前者が大国、後者が小国に相当するでしょう。
今日おおよそ、大国とは核兵器保有国のことであり、小国とは非保有国のことです。たとえば、イスラエルはパレスチナに対して、大国として振舞っています。

第二次大戦以前は、まだ核兵器は開発されていませんでしたが、わが国は上位の主権国家でした。だから、韓国の主権よりも、自国の安全保障を優先しました。

一方、小国だって、有事の際は大国と同じように振る舞いたいと思っているでしょうが、いかんせん、力がないので、実行できません。

4.現実は法に優先する

日本国憲法第九条を引用します。

「第九条【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

大東亜戦争に敗北し、アメリカからこの占領憲法を押し付けられた当時は、文字通り「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」つもりだったでしょう。また、米国側からすれば「これを保持させない」つもりだったでしょう。しかし、1950年6月25日、北朝鮮が韓国へ南侵し、状況が一変しました。アメリカは日本に対して、軍の創設を要求しました。

陸上自衛隊 1950年(昭和25年)の朝鮮戦争勃発時、GHQの指令に基づくポツダム政令により警察予備隊総理府の機関として組織されたのが始まりである」(ウィキペディア「自衛隊」)

自衛隊は「陸海空軍その他の戦力」であるのは明らかです。しかし、戦後の政府はそれが戦力ではないかのように、言い繕ってきました。憲法九条は、解釈改憲によって運用されてきました。
法を守って、国が亡ぶよりも、法を破って、国の生存を図る方が賢明、というよりも当然だからです。戦後のわが国は大国ではありませんが、そんな日本だって、<自国の安全保障は憲法に優先する>を実行しています。

将来のわが国有事の際に、某安保理常任理事国が、日本にとって不利な方向で、拒否権を発動するかもしれません。また、わが国が自国の安全保障のために、国際法違反だとされるような行動を取らざるをえない場面に直面する可能性だって、絶対にないとは言い切れません。
私たちは、そのようなこともありうることを、頭の片隅に入れておく必要があると思います。

5.大国の行動は国際法で抑止できるか

ロシアは権威主義体制の国であることから、そのような体制の国だから、ウクライナ侵攻のような野蛮な行動をおこなったのだと誤解する人があるかもしれません。が、米英仏やイスラエルのような自由で民主的な体制の国であろうと、大国は危機の際は、国際法よりも、自国の安全保障を優先します。
一体どこの国が、自国が滅んでも、あるいは、自国を危機に追い遣ってでも、国際法を遵守するでしょうか。

とするなら、今後も何れかの大国が、国際法よりも、自国の安全保障を優先するような行動に出る可能性は十分あるということです。私たちは、ウクライナ侵攻以降も、某大国が、国際法よりも自国の安全保障を優先するような行動を取るのを見ることになるだろうと思います。

国際法で、大国の行動を抑えることができるでしょうか。できると信じているらしい学者は、あるシンポジウムで述べています。

「プーチン大統領の演説では、かつて米国がイラクに対して武力行使を行った際に、国際秩序を揺るがしたと主張しています。その指摘は正しい。だからといって、今回ロシアがウクライナを侵略する行為が許されるわけではありません。米国が破ったからといって、ロシアも破っていいということにはならないのです。今回のロシアによる武力行使は、国連憲章で定められた武力不行使原則を、欧米諸国が度々破ってきたことに対する挑戦でもあります。それがブーメランのように、突きつけられているという点もあるのではないでしょうか」

「国連憲章で定められた武力不行使原則を」「米国が破ったからといって、ロシアも破っていいということにはならない」のは確かですが、その原則によって、米国やロシアなどの大国の武力行使を止められないのも確かです。それが、今「突きつけられている」のだと思います。

大国の行動は、彼らの侵攻を思い止まらせるだけの軍事力を保持することでしか(自国単独か、同盟国と共同かで)、抑止できません。

【参考記事です】
https://news.yahoo.co.jp/byline/aoyamahiroyuki/20220516-00296310

同士討ち ウクライナ侵攻

1.同士討ち

勿論、アメリカを含めたNATO諸国には、そんな意図はないでしょうし、そんなことを真顔で言えば、陰謀論だとされて当然です。

しかし、ウクライナ戦争を見ていると、結果的に、NATO諸国が、汎ロシア諸国のメンバー(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)同士を戦わせて、とりわけロシアの弱体化を図り、その脅威を除去しようとしているように思えてなりません。

2.中策か下策

孫氏の兵法に、「百戦百勝は善の善なる者に非ず」というのがあります。その意味は、「戦わないで勝つことこそが、最もよい作戦である、という教え。(中略)『孫氏』の基本的な考え方は、戦いにおいては、自分の国や軍隊をできるだけ傷つけずにすませるのが最善で、実際に戦って相手を打ち破るのは、必ず損害を伴うから次善の策である、というもの」(コトバンク)です。

あらゆる「戦争」において、戦わずして勝つが上策であり、戦って勝つは中策であり、戦って負けるは下策です。
もはやウクライナとロシアには、中策か下策のどちらかの選択しかありません。両国とも、出口の見通しもなく、ズルズル戦いを続けているように見えます。
漁夫の利という故事がありますが、さて漁夫はアメリカなのでしょうか、それとも、中共なのでしょうか。

3.誤算

元々ロシアは、独立国としてのウクライナの存在には反対ではありませんでしたし、ウクライナに対して領土的な野心があった訳でもありませんし、兄弟国なのですから、その人民の抹殺を意図した訳でもありません。
ただ、対ロシア同盟であるNATOに、ウクライナが参加するのが許せなかった。NATOに加盟すれば、同国内に米軍の基地や核を含めた兵器が配備されるかもしれず、そうなったらロシアにとって大変な脅威だからでしょう。

ウクライナは戦争によって、多くの国民の生命を失い、多くの国民を難民にし、東部や南部といった領土を奪われました。勿論、今後それらの地域を奪還するかもしれませんが、それにしても、何と多くの犠牲を払うことになったことでしょうか。

ウクライナは、一体何のための戦っているのでしょうか。自国の独立のため、あるいは、ロシアの侵略を阻止するためだと言うのかもしれません。しかし、戦争前に、ロシアに領土的な野心があった訳ではない等は、今述べた通りです。ウクライナがNATOへの加盟を求めなければ、ロシアだって侵攻する必要はありませんでしたし、領土の保全も可能でした。多くの犠牲を払ってまで、NATOへの加盟を急ぐ必要があったのでしょうか。

これは誰も言いません。しかし、敢えて言いますが、ウクライナは自国ばかりか世界を戦争に巻き込もうとしている!

短期間でウクライナ侵攻の成果が出せなかったことについて、ロシアは誤算をおかしたと多くの人たちは言いますが、ウクライナもまた大きな計算間違いをおかしたのではないでしょうか。

主権国家は平等ではない

ー米露他大国の行動原理を理解するためにー

1.疑問

ロシアによるウクライナ侵攻では、奇妙な主張がなされています。
一般的には、それは正しいとされていますし、それを主張する当人たちも、その正しさを疑っていません。その奇妙な主張とは、

A 主権国家たるウクライナに侵攻したロシアの行動は、国際法に違反しており、侵略である(注1)。

ウクライナ侵攻を単独で眺めれば、全然奇異ではないのですが、2003年アメリカが行ったイラク侵攻と対比したら、やはり珍妙だと言わざるをえません。
イラクは主権国家でしたし、アメリカはそのようなイラクを攻撃し、フセイン政権を倒しました。もしウクライナ侵攻が侵略なら、イラク侵攻だって侵略でしょう(注2)。

ウクライナ侵攻は国際法違反であり、侵略であると言ってロシアを非難している人たちが、2003年当時もアメリカを非難し、同国に対しては経済制裁を、イラクに対しては軍事支援を行うことに賛成していたのなら、不思議ではありません。
しかし、イラク侵攻の時は、今日のロシアに対するようなアメリカ非難は沸き起こりませんでしたし、日本政府にしてからが、ウクライナ侵攻ではロシア非難で、イラク侵攻ではアメリカ支持です。
両者に対する主張が矛盾しています。

ウクライナ侵攻は侵略であり、イラク侵攻は侵略ではないと言う人たちは、

B 主権国家イラクに侵攻したアメリカの行動は、国際法に違反していないし、侵略ではない

との主張なのでしょうか、それとも、

b 主権国家イラクに侵攻したアメリカの行動は、国際法に違反しているけれども、侵略ではない

との主張なのでしょうか。しかし、Bは無理筋でしょう。ということは、Aとbから、彼らは、

C たとえ国際法に違反していても、他国の主権を侵しても良い国家または場合もある

と言っているのと同じです。

奇妙な主張の二つ目は、次のようなものです。

D 主権国家はどこの国と同盟を結ぼうが自由である。故に、ウクライナがNATOに加盟するのは自由である

主権国家には、行動の自由があり、どこの国と軍事同盟または軍事協定を結ぶのも、同盟国の軍隊を駐留させ、核を含む兵器を配備するのも自由であるのだとしたら、1962年にキューバがソ連の核ミサイルを配備するのを、アメリカは反対すべきではなかったということになります。
では、ウクライナがNATOに加盟するのは自由であると言う人たちは、当時キューバがソ連のミサイルを配備するのも自由だったとの立場なのでしょうか。

また、主権国家には行動の自由があるなら、台湾に対して、独立は支持しないとのアメリカの言明だって、主権国家台湾(同国は主権、領土、国民という国家の三要素を有する独立国であり、領域に他国の主権が及んでいない点で、明らかに主権国家です)の行動の自由を妨げていることになります。云うまでもなく、アメリカが台湾の独立を支持しないと言うのは、中共を刺激して、最悪の場合、戦争になるかもしれないからでしょう。
ウクライナがNATOに加盟するのは自由であると言っている人たちは、アメリカの台湾に対する干渉を、これまで批判してきたでしょうか、彼らは台湾が即時に独立宣言するのも賛成なのでしょうか。

Dの主張者は、ウクライナのNATO加盟同様、キューバへのソ連のミサイル配備や台湾の即時独立を是とするのでしょうか、それとも、非とするのでしょうか。是とするのなら、論理的一貫性がありますが、非とするのだとしたら、一貫性がないと言わざるをえません。
そして、Dの主張者は、恐らく殆んどが後者の立場でしょう。とするなら、彼らは実際には、

E 主権国家はどこの国と同盟を結ぼうが(即時独立を宣言しようが)自由である訳ではないし、その行動の自由が制限されても良い場合もある。しかし、ウクライナがNATOに加盟するのは自由である

と言っていることになります。

ところで、欧米が、台湾に対するように、ウクライナのNATO加盟は支持しないと表明していたなら、この度の戦争は起こらなかったでしょう。

2.仮説

AとbCは矛盾していますし、DとEも矛盾しています。
両者が矛盾している場合、何れかの立場が間違っているのを認め、意見を変えるか、つまり、一方の立場を選択し、他方の立場を放棄するか、それとも、両者が矛盾しない、論理的整合性がある新たな仮説を考案するかの何れかです。
後者の線で考えてみましょう。

【仮説1】
同盟国または友好国が行った、主権国家に対する侵攻は、侵略ではないけれども、敵対国または非友好国が行った主権国家に対する侵攻は、侵略である。同じことをしても、味方と敵、友好国と非友好国に対しては、違った評価が下される。同盟国等に対してなら非難しないことでも、敵対国等に対しては非難する場合がある。なので、友好国が多いほど、国際社会では有利である。

日本にとってアメリカは同盟国であるし、有事の際には来援を求めなければならないので、イラク侵攻は侵略ではない。一方、日本にとってロシアは同盟国ではないし、今日も海空からの脅威を受けているので、同国によるウクライナ侵攻は侵略である。

これは酷い主張ですし、明らかにご都合主義的です。しかし、国際社会の現実を眺めると、あながち否定はできません。次に浮かんだ仮説です。

【仮説2】
主権国家は平等ではない。
ある種の主権国家には、他国の主権を侵す権利があるが、ある種の主権国家には、その権利はない。ある種の主権国家は、自国の安全保障のためなら、他国の主権を侵す権利があると考えているし、必要とあらばそのように行動する。

すべての主権国家が平等なら、どの国も他国を侵す権利はないとするのが当然ですが、すべての主権国家が必ずしも平等ではないのだとしたら、ある種の国家は他国を侵す権利はあるという結論だって導き出せます。

これも酷い仮説ですが、国際社会の現実はどうなのでしょうか。
一言断っておかなければならないのは、ここでは、それが善いか悪いかではなく、事実か事実でないかを問題にしています。

では、改めて問います。すべての主権国家は平等でしょうか。
確かに国際連合憲章の第二条には、「1.この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている」との文言はあります。しかし、一方で、国連安保理の常任理事国には、拒否権があります。

この度のウクライナ侵攻で、常任理事国が、とりわけロシアが拒否権を持っていることの不当が問題になりましたが、拒否権そのものを廃止するには至りませんでした。
拒否権を廃止すれば、国連は上手く運営できるのでしょうか。拒否権を持つ大国が、国連を離脱したら、その運営に支障をきたさないでしょうか。きたすでしょう。とするなら、国際社会が選択すべきは、常任理事国が拒否権を持つ実効性のある国連か、彼らが拒否権を持たない実効性のない国連かのどちらかになります。そして、国連加盟国は、前者を取らざるをえません。

国連安保理の常任理事国は拒否権を有する。これは、現実の国際社会では、主権国家は平等ではないことの証拠ではないでしょうか。また、核拡散防止条約では、一部の国にのみ核兵器保有が認められていますが、それも主権国家は平等ではないことの証拠でしょう。

3.上位の主権国家と下位の主権国家

プーチン大統領は2008年に、「核を持たない国は、主権国家の名に値しない」と言ったそうです。また、ロシア研究家・軍事アナリストの小泉悠氏は、2019年12月10日公開の「日本を主権国家だと認めていない!? ロシアの強気な言動の根拠」という記事で、プーチン氏の発言を引用しています。

「軍事・政治同盟の枠内においては、それ(主権)は公式に制限されています。何をしてよくて何がいけないか、そこに書いてあるんですよ。実際はもっと厳しい。許可なくしては何もしてはいけないのです。許可を出すのは誰か?上位の存在です。主権を持つ国はそう多くありません。ロシアはそれ(主権)を持つことを非常に重んじます。おもちゃのように扱うわけではありません。それ(主権)は利益を守り、自らを発展させるために必要なものです」

小泉氏の同記事には、下記のような記述もあります。

「ロシア国際法思想の専門家であるメルクソーが指摘するように、ロシアの国際法理解における主権とは、すべての国家に適用される抽象的な概念ではなく、大国のそれを特に指すものであり、大国の周辺に存在する中小国の主権に対しては懐疑的な態度が見られる。

オーストラリア外務省出身のロシア専門家として知られるローもまた、ロシアの言う主権とはごく少数の大国だけを対象とした極めて狭義なものであって、中小国は基本的に主権国家とはみなされていないとしている」

プーチン氏、あるいはロシアはすべての国連加盟国を主権国家だと見做していないようです。主権国家にはそれなりに条件が必要との主張らしい。プ氏は、「自らの運命を自由に決」することができるのが、主権国家であると語ったらしい。そして、そのような見地から、「『ドイツは主権国家ではない』と述べ」る一方、インドや中共は「主権を持つ国として挙げた」そうです。ということは、アメリカの「許可なくしては何もしてはいけない」ことから、当然日本もプーチン氏の言う主権国家ではないということになります。

プーチン氏の言ではありませんが、おおよそ核兵器を保有するか否かによって、主権国家は二種類に分けることができそうです。それを保有するのが「上位の存在」としての主権国家であり、それを保有しないのが、いわば下位の存在の主権国家です。そして、プーチン氏の言う主権国家とは前者のことであり、国連憲章第二条で云われる国家とは、前者と後者を含めた諸国のことになるでしょう。

主権国家は平等ではない。そして、主権国家には、上位の主権国家と下位の主権国家の二種類があり、国際社会において上位の主権国家には行動の自由があるけれども、下位の主権国家にはそれはない。

現実には、下位の主権国家とされる諸国は、大枠として上位の主権国家の意思には逆らえませんし、下位の国家の行動は、上位の国家に制限されています。台湾の独立は支持しないというアメリカの姿勢は、そして、それに反対しえない日台の態度は、その表現です。

これは、プーチン氏、あるいはロシアだけが信奉している原則でしょうか。違うと思います。それは、アメリカを含めた上位の主権国家が共有する不文律ではないでしょうか。国際社会においては、上位の主権国家にのみ行動の自由がある。だから、アメリカはイラクが主権国家(下位の)であるのを承知の上で、侵攻したのでしょう。

ジョージ・オーウェル流に言うなら、上位の主権国家の本音は、こうなります。

すべての主権国家は平等である。
しかし、ある主権国家は、ほかのものよりも
もっと平等である。

それが分かっているから、米露英仏支以外にも、いくつかの国は上位の主権国家を目指して核保有国になったし、いくつかの国はそれを目指しているのでしょう。一方、主権平等の原則を本気で信じているのは、下位の主権国家だけではないでしょうか。

上位の主権国家の準則は、次のようなものでしょう。
上位の国家は、自国の、場合によっては同盟国の安全保障のためなら、他国の(殆どは下位国家のそれですが)主権を侵すことも許される。
そして、アメリカも、ロシアも、中共も、イスラエルもそのように振舞っていますし、英仏印パだって、有事の際はそのように振舞うでしょう。
そのように考えれば、アメリカによるイラク侵攻も、ロシアによるウクライナ侵攻も、矛盾なく説明できます。

因みに、第二次大戦以前には、世界には核兵器はありませんでしたが、当時日本は上位の主権国家でした。だから、他国の、たとえば韓国の主権よりも、自国の安全保障を優先しました。

では、上位の主権国家にとって、主権平等の原則とは何なのでしょうか。
国連自体と同様、自国の都合の良い時には利用し、都合が悪い時には反故にする、便利な道具であると言えそうです。そして今、アメリカとNATOは、ロシア非難のために主権平等の原則を振り回しています。そして、下位の存在であるわが国他は、それに追随している。

<すべての主権国家は平等である>
これは、幻想でしょう。それが幻想であるのを知っているのは、上位国家のエリートたちだけであり、その国の大衆、下位国家のエリートも大衆も、その幻想の中に棲んでいるのではないでしょうか。

4.二つの仮説の適用

仮説1と仮説2を、ウクライナ侵攻に適用したら、以下のようになります。

たとえ国際法に違反しているにしても、上位の主権国家は自国の安全保障のためなら、他国の主権を侵す権利がある。
下位の主権国家イラクに侵攻したアメリカの行動は、国際法に違反しているけれども、侵略ではない。下位の主権国家ウクライナへ侵攻したロシアの行動も、国際法に違反しているけれども侵略ではない、はずだった。

同盟国及び友好国が多いアメリカのイラク侵攻は、国際社会は必ずしも侵略だとは判断しなかった。一方、同盟国や友好国が少ないロシアのウクライナ侵攻は、国際社会で力を誇るアメリカとその同盟国が支持しないから、侵略だと判断される。

上位の主権国家はどこの国と同盟を結ぼうが自由である。しかし、下位の主権国家はどこの国と同盟を結ぼうが(即時に独立を宣言しようが)自由である訳ではないし、その行動が制限されて良い場合がある。

たとえ下位国家であるにしても、アメリカが支持するから、ウクライナがNATOに加盟するのは自由である。一方、同じ下位国家であるけれども、アメリカが支持しないから、台湾の独立は自由ではない。
こんな感じでしょうか。

ウクライナとロシア、下位国家と上位国家の二国間だけで済めば、ロシアの思い通りになったでしょうが、ウクライナの側にはNATOが付いてしまった。その中には、米英仏といった上位の主権国家がいる。それが、もう一方の側の上位国家ロシアの誤算だろうと思います。

半ば本気、半ば冗談のような論説になりました。

(注1)
国際法に違反しているとは、国際連合憲章第二条4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」に違反しているとされています。

(注2)
「侵攻」(invasion)は、「敵地に侵入して攻めること。攻めて相手の領地にはいりこむこと」の意味で、「自衛の対義語である国際法用語としての侵略(aggression)とは異なり、必ずしも相手の主権や政治的独立を一方的に侵す目的とは限らない、価値中立的な概念である」。
一方、「侵略」は、「『略』は『かすめるとる』『攻めとる』『奪う』の意味で」、「武力攻撃によって他国領土を剥奪すること」、「土地や財物を奪い取ること」を意味するとされます。
(コトバンク「侵攻」、ウィキペディア「侵攻」「侵略」、コトバンク「侵略」より)


ウィル・スミス平手打ち事件とウクライナ侵攻

1.平手打ち事件の場合

周知の通り、3月27日に開催されたアカデミー賞授賞式で、プレゼンターのクリス・ロック氏がウィル・スミス氏の妻を侮辱する発言を行い、怒ったスミス氏がロック氏に平手打ちを食らわすという事件が発生しました。

この事件に関しては、賛否両論がありましたが、両者の評価に関しては、五つの立場がありうるでしょう。
第一、ウィル・スミス氏が全面的に悪い。
第二、クリス・ロック氏が全面的に悪い。
第三、両者の非は、50対50である。
第四、大部分の責任はスミス氏にあるけれども、ロック氏にも一部責任がある。
第五、大部分の責任はロック氏にあるけれども、スミス氏にも一部責任がある。

スミス氏は、事後同賞主催者や来席者に謝罪の言葉を述べましたし、翌日ロック氏にも謝罪しました。また、スミス氏は4月1日に映画芸術科学アカデミーから退会し、同8日同会は今後十年間、アカデミーのイベントへの出席を認めないと発表し、スミス氏はそれを受け入れると表明しました。

スミス氏の謝罪と処分から見て、第二、第五の立場を主張する人は全くと言っていいほどいないことが分かりますし、両者を同等に処分せよという意見がないことを見ても、第三の主張者も殆んどいないと思われます。わが国の芸能人の中には、自分が同じ立場にあったら、スミス氏と同様な行動を取ったという意見もネットで見た記憶がありますが、そう言う人たちだって、そのような行動が正しいとは考えていないでしょう。正しくはないけれど、感情的に許せないというものでしょう。

結局、事件に対する人々の評価は、第一と第四の二つに割れているのだと思います。

2.ウクライナ侵攻の場合

ロシアによるウクライナ侵攻も、平手打ち事件と似た構図だと思います。同侵攻に対する評価も、五つの立場がありえます。
第一、ロシアが全面的に悪い。
第二、ウクライナと米欧が全面的に悪い。
第三、両者の非は五分五分である。
第四、大部分はロシアが悪いけれども、宇米欧にも一部責任がある。
第五、大部分は宇米欧が悪いけれども、一部ロシアにも責任がある。

しかし、平手打ち事件と同様、第二、第五を主張している人は、見たことがありません。

第三の立場らしきことを言ったのは、4月12日東大の入学式の祝辞で、「例えば『ロシア』という国を悪者にすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら、それを止めるにはどうすればいいのか。なぜこのようなことが起こってしまっているのか。一方的な側からの意見に左右されてものの本質を見誤っていないだろうか?」と述べた映画監督の河瀬直美氏くらいでしょうか。しかし、彼女だって両者が五分五分だと考えているのかどうか・・・・。
ロシア寄りの発言をしているとか、宇米欧にも責任があると言って、批判されている人たちがいますが、彼らはたいてい第四の立場ではないでしょうか。

ウクライナ侵攻に関する評価も、実際には、第一の立場と第四の立場とに分かれているだけだと思います。冷戦時代に、左(派)から見たら真ん中も右(派)に見える、という言い方がありましたが、それと同じで、第一の立場から見たら、第四の立場も、第三の立場、両者の非は五分五分=「どっちもどっち」論に見えるのだと思います。

スミス氏はロック氏に謝罪をしたのに対し、ロシアはウクライナに謝罪をしていないと反論する人もあるかもしれませんが、戦争の途上にあり、しかも今のところ攻勢の側にある国家が謝罪するとは思えませんし、事件に一部責任がある(と私が考える)ロック氏にしろ、宇米露の政治指導者にしろ、反省を表明していないのですから、ロシアだけに謝罪を求めるのは無理でしょう。

3.統一協会による同調圧力

この度のウクライナ侵攻で気が付くのは、従来の政治問題とは違って、意見の対立する二派が、左派対右派、ハト派対タカ派という風に分かれていないことです。各々の思想的立場の人たちが各々に分裂しています。

言えるのは、第一に立脚する人たちが多数派であり、第四に立脚する人たちが少数派だということです。しかし、前者は多数派なのですから、鷹揚に構えていれば良いと思うのですが、後者の人たちの発言が癇に障るらしい。多数派の人たちは、自分と違った意見の持ち主の存在自体が許せないようです。彼らは、ウクライナ侵攻に関する日本国民の意見を統一したいのでしょうか。
戦前のわが国のスローガンは、「鬼畜米英、一億一心火の玉だ」でしたが、現在は「鬼畜ロシア、一億一心火の玉だ」です。日本人は、八十年前から少しは進歩したのでしょうか。

ただ、少数派であり、不人気な意見である分、一般的に、第一の立場の人たちよりも、第四の立場の人たちの方が、自分の頭で考えているし、勇気もあるとは言えるでしょう。

4.正確な教訓と認識

自民党の政調会長高市早苗氏は、4月19日テレビ番組に出演しました。

「高市氏は、『ロシアによるウクライナ侵攻が始まった当初は、ロシアに対して経済制裁を行うのか、同盟を結んでいないウクライナに対して武器供与するのか、装備品供与するのか、各国で温度差があった』と指摘。しかし、ウクライナ軍が必死に戦っている状況が世界に報道され始めてから、周りの国々の態度に変化があり、特にアメリカについては、『同盟関係がないにもかかわらず、経済制裁を主導し、先進的な武器の供与を始めた。やはり自分の国を自分で守るという意思を明確にした国に対しては、同盟関係がなくても周りが助けてくれる。これは日本人にとってとっても教訓だと思う』と述べた」()

これまでも、「〇〇軍が必死で戦っている状況が」あったにも拘らず、「世界に報道され」ないがために、「周りが助けてくれ」ないという事例も、あったでしょう。その点、ウクライナは幸福ですが、一方、見捨てられた諸国とのダブル・スタンダードは気になります。

それはともかく、教訓はいく通りもありえます。
たとえば、日本は中共に対して抑止力を備えなくても、侵略された後に「自分の国を自分で守るという意思を明確にし」さえすれば「同盟関係がなくても周りが助けてくれる」という教訓だって導き出せます。

そのような誤った教訓を導き出さないためにも、抑止力を備えずに安易にウクライナのNATO加盟を認め、ロシアによる侵攻を招いてしまった宇米欧の政治指導者たちの過失は、問われてしかるべきでしょう。
正確な教訓を得るためには、正確な認識は不可欠です。不正確な認識からは、正確な教訓は得られません。

5.私のスタンス

これまでも書いてきましたが、ウクライナ侵攻に関する私の主張の根幹は、次の二つです。

第一、ロシアの言い分にも一理ある。
ウクライナがNATOに加盟すれば、同国にアメリカの軍隊なり、とりわけ核兵器が配備されるかもしれず、それはロシアにとって脅威である。

第二、この度の侵攻が発生したのは、宇米欧の政治指導者たちにも一部責任がある。

戦争は宇米欧対露になっていて、大局的にはロシアは敗北するだろうと思います。けれども、上記の第一と第二が真実なのは否定できません。
この二つの地点に錨を下ろしているので、私の小舟が波間を漂う(主張がブレる)ことは、今後も余りないだろうと思います。