経済制裁と軍事支援は何のため?

人々は、自分が乗っている列車の終着駅がどこなのか、分かっているのでしょうか。

1.その政治目的

またしても、クラウゼヴィッツを引用します。
「戦争は他の手段をもってする政治の継続にすぎない」
それを応用するなら、経済制裁および軍事支援は、他の手段をもってする戦争の継続にすぎない、となります。ということは、経済制裁および軍事支援は、他の手段をもってする政治の継続でもある、ということです。

「戦争は一つの政治的行為である」。
もしそうなら、経済制裁にしろ、軍事支援にしろ、「一つの政治的行為」なのですから、何らかの政治目的を目指しているはずです。
経済制裁や軍事支援が行われるのなら、ある政治目的を達成するための手段として、それらが行使されるはずです。

2月24日、ロシア軍はウクライナへ侵攻しました。それ以降、ウクライナはロシアに抵抗しています。
欧米(EUおよびNATO)そしてわが国は、ウクライナを支援するために、ロシアに対して経済制裁を、そしてウクライナに対して軍事支援を行っています。
それでは米欧日は、何のために、経済制裁なり、軍事支援なりを行っているのでしょうか。その政治目的は何なのでしょうか。

ロシアに対し、ウクライナへの侵攻を止めさせるためなのでしょうか。
ロシアでクー・デターなり、民衆の反乱なりを起こさせて、プーチン政権を転覆するためなのでしょうか。
プーチン政権よりもより増しな、できれば民主的な政権を作るためなのでしょうか。

ある政治目的を実現するための手段として、経済制裁や軍事支援を行っているはずですが、米欧日にそれについての共通理解はあるのでしょうか。

2.目的と手段

ドイツは、1月26日軍用ヘルメット5000個を供与すると発表して、ウクライナの失望を買いました。
ところが、2月24日侵攻が開始された途端に、ショルツ首相は、2月27日連邦議会で演説し、「『ドイツ連邦軍を、確実に祖国を守ることができる近代的な軍隊に作り替える』ために、『防衛予算が国内総生産(GDP)に占める比率を2%超に引き上げ、これを維持する』と明言した」そうです(注)。

侵攻後米欧日は、ロシアに対する経済制裁とウクライナに対する軍事支援の強化を段階的に進めました。米欧日は、政治目的は明確だけれども、相手の出方に応じて手段を変えているのでしょうか。
しかし、ドイツのブレ方が象徴的ですが、どうも当事国に目的と手段が明確に意識されているとは思えません。何らかの明確な政治目的を実現しようとしているというよりも、とにかくロシアに対して懲罰を与えなければならないとの情念に駆られて、経済制裁や軍事支援を行っているように見えます。

3.たいてい計算通りに行かない

湾岸戦争(1991年)はいくらか増しでしたが、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争他、第二次大戦後の軍事行動は、アメリカの思い通りにはなっていません。唯一の超大国が軍事力に物を言わせて取った直接的な行動でさえ、思い描いた通りにはなっていません。
軍事力を用いてでさえそうですから、それを用いない間接的な経済制裁や軍事支援で、米欧日が期待する結果が得られるのでしょうか。

経済制裁や軍事支援で、
ウクライナに対するロシアの行動を止めさせることができるのでしょうか。
クー・デターなり、民衆の反乱なりを起こして、プーチン政権を転覆させることができるのでしょうか。
転覆させた後、プーチン政権よりも増しな政権が生まれるのでしょうか。
その政権は、受け継いだロシアの膨大な核兵器をコントロールできるのでしょうか。

ウィキペディアの「経済制裁」には、次のような記述があります。

「1930年代には経済制裁の結果、イタリアや日本を追い詰め日独伊三国同盟を締結させた例もある。経済制裁が期待した効果を生み出すとは限らない」

4.その行き着く先

侵攻を、予想も予防もできなかったリーダーたちが主導する経済制裁や軍事支援という矢によって、平和という的を射ることができるのでしょうか。
勿論、瓢箪から駒、思いがけず良い結果が得られるということはありえます。しかし、経済制裁を含めた戦争は、往々にして、誰も予想しなかった結果が生まれるというのも歴史の教訓です。

経済制裁や軍事支援によってロシアを屈服させ、来るべき対中封じ込めに同国を参加させようとの長期的な目論見に従っての行動なら良いのですが、ベトナム戦争以下で失敗をした米国に、そんな長期的な戦略は期待できません。

米欧日は、経済制裁や軍事支援の強化へ邁進していますが、それらの首脳は、その結果を「計算」しえているでしょうか。とてもそうとは思えません。

<自国側と相手国側をチキンレースに追い込むのは愚かな政治指導者である>

経済制裁や軍事支援イケイケ、ウクライナ頑張れ!が世の大勢ですが、それを推進する人たちや、それに喝采を送っている人たちは、その行き着く先が分かっているのでしょうか。

それは、戦争の拡大や飛び火、第三次世界大戦に発展することはないのでしょうか。ウクライナ戦争は、ウクライナ・NATO連合対ロシアの様相を呈していますが、もし戦争が拡大した場合、宇露の二カ国だけではなくその他の国(民)も被害をこうむることになります。
それを危惧する人たちが、両国の早期の妥協と停戦を求める和平論者になり、それを危惧しないイケイケ派が主戦論者になっているようです。

【追記】
便意兵ー西野法律事務所」という記事から引用します。

「『便衣』とは平服という意味であり、『便衣兵』と呼ばれるものには2種類あります。
1 一般市民が武器を取って抵抗するもの
2 軍隊が一般市民に偽装して作戦を行うもの」

普通、便衣兵とは2の意味で用いられますが、ウクライナのブチャで起こった虐殺は、1を原因として起きたもの、ゲリラとか非合法戦闘員の問題だと思われます。
(キーウに潜入した報道カメラマンが見たもの)

【参考記事です】
1.https://news.yahoo.co.jp/articles/94fac36da997e27c638e6407b9afcc148fafa22f?page=2
2.https://news.yahoo.co.jp/articles/7be3f44be5f08d47c1278ee360d08da807ee3d7d

アメリカの言い草には呆れます。
やはり停戦よりも継戦で、ロシアの弱体化を狙っているのでしょうか。
もっとも、米国にはそのような長期的な戦略を立案・実施する能力はないとは思いますが。
(2022・6・11)

日本は参戦している ウクライナ侵攻

1.鳥越氏の中立的発言

3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領が国会でオンライン演説を行うことになったことに対して、同月17日ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は、ツイッターで反対の意見を表明しました。

「私はゼレンスキーに国会演説のチャンスを与えるのには反対する!どんなに美しい言葉を使っても所詮紛争の一方当事者だ。台湾有事では台湾総統に国会でスピーチをさせるのか?」

鳥越氏はジャーナリストなので、不偏不党とか中立とかが念頭にあっての発言かもしれません。
もし日本がウクライナとロシアの間で中立を保っているのなら、氏の主張は正しいでしょう。しかし、日本は両国の間で中立ではありません。
ロシアがウクライナに侵攻した翌日、2月25日の時点で、日本は「ロシアによるウクライナへの軍事行動の問題を受けた制裁措置(外務大臣談話)」を発していますし、その後対ロシア制裁を行っています。
鳥越氏が演説に反対した時には、日本は既に中立ではなかったのです。

2.経済制裁は戦争の延長である

戦争は軍事力を用いますが、経済制裁はそれを用いません。なので、後者は平和的な行為だと誤解している人も、少なくないかもしれません。しかし、経済制裁は平和的な行動なのでしょうか。ウィキペディアの記述を引きます。

「経済制裁は非軍事的強制手段のひとつであり、武力使用(交戦)による強制外交と同様に外交上の敵対行為と見なされる」

クラウゼヴィッツの「戦争は他の手段をもってする政治の継続である」を応用するなら、経済制裁は他の手段をもってする戦争の継続である、と言うことができます。
すなわち、経済制裁は非軍事的手段なのかもしれませんが、それは戦争の一部なのです。

わが国の北朝鮮に対する経済制裁のように、他国と一緒になってそれを行うことは、行う方は、平和的だと考えるかもしれませんが、受ける側からすれば、非平和的な、戦争の一部だと判断するだろうということです。

3.自覚なき参戦

ウクライナ・ロシア戦争に、日本は既に参戦しています。
もし参戦していない=中立なら、国会でゼレンスキー大統領の演説を認めるのと同様、プーチン大統領の演説も認めるべきですし、前者の演説を許可しないなら、後者のそれも許可すべきではありません。
しかし、日本は参戦しているがゆえに、味方の首脳が国会で演説するのは是とし、敵国の首脳には演説させないのは自然です。先の鳥越氏の発言はズレています。

問題なのは、ゼレンスキー大統領の国会演説に出席した岸田内閣の閣僚や国会議員、そして国民に、日本は参戦しているとの自覚があるのかどうかです。

4.主戦論と和平論

日本国憲法の第九条を改正すべきという人たちよりも、改正すべきではないという人たちの方が今でも多数派です()。そして、憲法の第二章は、「戦争の放棄」です。
不正や不当な戦争は勿論、正当な戦争、たとえば、自衛戦争でさえも放棄すべきと考える人たちはまだまだ少なくないはずでした。

ところが、ロシアによるウクライナ侵攻が発生すると、人々の主張が一変しました。
自衛戦争をも否定していた人たちが影を潜め、正しい戦争は許されるという風に、世間の戦争観が変ったような印象を受けます。当人たちには、その自覚がないかもしれませんが、彼らはいつの間にか、自衛戦争肯定派に転向したのでしょうか。それとも、ウクライナの自衛戦争は肯定するけれども、日本のそれは肯定しないのでしょうか。

ロシアには大義がない。同国に対する制裁を強化せよ。そのような経済制裁イケイケ派の人たちは、実質的に戦争を継続せよと言っているのに等しい。
経済制裁に賛意を示している人たちは、言わば主戦論者です。

今日、報道や言論を見る限り、多数派は主戦論者です。一方、和平論者は少数派です。そして、後者の評判は頗る悪い。彼らは、ロシアの言い分を代弁していると批判されます。
私は今まで、自分をタカ派だと思っていましたが、いつの間にかハト派になってしまいました。

今や、世界には主戦論者が溢れています。彼らは世界を、どこへ導こうとしているのでしょうか。

危険な賭け 対ロシア制裁

クラウゼヴィッツは、戦争は賭けであると言ったそうです。
唯一の超大国が全力投入した(軍事力を使用した)アフガン、イラク戦争は、米国の思い通りにはなりませんでした。

経済制裁は軍事力を用いないので、それは平和的な行動でしょうか。
クラウゼヴィッツ流に言うなら、経済制裁は他の手段をもってする戦争の継続です。
米欧日は対ロシア制裁を強めていますが、全力投入した戦争でさえ、思った通りの結果が生まれなかったのに、経済制裁で、考える通りの結果が得られるでしょうか。

経済制裁をすれば、ロシアは譲歩、もしくは引き下がるでしょうか?
それをある程度の期間実施すれば、クー・デターなり、民衆の反抗なりが起こって、プーチン政権は倒れるでしょうか?
プーチン政権後のロシアは、今よりも増しな国になるでしょうか?
その政権は、同国の大量の核兵器を制御できるでしょうか?

丁か、半か。
ロシアによる侵攻を防ぎえなかった米欧宇の指導者たちが、今また世界の人々の命を賭けて博打をしているように見えます。
彼らが思い描くように丁と出れば良いですが、半と出たなら?
言うまでもなく、半の極北は第三次世界大戦です。

往々にして、指導者の意図したのとは別の結果が生まれるというのが、戦争の、あるいは歴史の教訓です。

【追記】
インドにとって、支那は脅威ですから、遠交近攻の原則により、ロシアとは友好関係にあります。同国の武器の半分以上はロシア製であるらしい。経済制裁イケイケドンドンは、ロシアと中共をより接近させ、クアッドの一角であるインドを困惑させていることでしょう。

なぜ二つの立場に分かれるのか ウクライナ侵攻

ロシアによるウクライナ侵攻に関しては、様々な意見があります。

細々とした意見の相違を別にすれば、大枠として二つの意見に集約できそうです。

第一の立場。ロシアの言い分には全く理がない=ロシアには大義がない。

第二の立場。ロシアの言い分にも一理ある。

言うまでもなく、前者の主張の方が、圧倒的に多い。

第一と第二の立場の論者には、ウクライナ侵攻が全く別の見え方をしています。

そして、第一の論者には、第二の論者が言っていることが、全く理解できないようです。

(追加)
それにしても、第一の立場の人たちは、ロシアの動機は何だと考えているのでしょうか。

領土的野心?プーチン氏が病気だから?それとも、彼が正気を失っているから?

第一の立場では、ロシアの動機を合理的に説明できないと思うのですが。(2022・4・4)

【追記】
ウクライナ侵攻に対する私の言論は、世間の論調からかなりズレているようです。
でも、殆んど読まれていない過疎ブログなので、気にしないことにします。

ロシアだけに責任があるか ウクライナ侵攻

1.振り込め詐欺の責任は誰にあるか

ウィキペディアの「特殊詐欺」には、次のような記述があります。

「振り込め詐欺(ふりこめさぎ)とは、電話やはがきなどの文書などで相手をだまし、金銭の振り込みを要求する犯罪行為。(中略)
2004年11月まではオレオレ詐欺と呼ばれていたが、手口の多様性で名称と実態が合わなくなったため、特殊詐欺の4つの型(なりすまし詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺)を総称して、2004年12月9日に警視庁により統一名称として『振り込め詐欺』と呼ぶことが決定された。(中略)
1999年8月頃から2002年12月頃までの間に電話で『オレオレ』と身内を装って11人に銀行口座に振り込ませた事件があり、2003年2月に犯人を検挙した鳥取県警米子署がこの手口を『オレオレ詐欺』と称したのが初出とされている」

振り込め詐欺でも、オレオレ詐欺でも良いですが、加害者、被害者の責任に関しては、二つの立場がありえます。
第一、すべての責任は加害者の側にある、被害者には一切責任はない。
第二、大部分の責任は加害者にあるけれども、騙された被害者の側にも、一部責任はある。
第一と第二は、どちらが正しいでしょうか。

なぜこんなことを問うのかと言えば、この度のロシアによるウクライナへの侵攻を考える上で、どのような立場を採るのかは、この二つの考え方と無縁ではないと思われるからです。

2月24日ウクライナ侵攻が発生しましたが、それに対して、バイデン米大統領は声明を出しました。

「プーチン大統領は、破壊的な人命の損失と人的苦痛をもたらす計画的な戦争を選択した。この攻撃がもたらす死と破壊はロシアだけに責任がある」(太字 いけまこ)

引用文を見れば明らかですが、バイデン氏はウクライナ侵攻に関して、第一の、「すべての責任は加害者の側にある、被害者には一切責任はない」の立場です。振り込め詐欺のような一般犯罪ならともかく、国際政治上の戦争のような事例において、一方だけに責任があるというような認識は適切なのでしょうか。

2.国際社会にはいくつものの正義がある

国際政治学者の高坂正堯氏(1934-1996)は、『国際政治』(中公新書)に書いています。

「国際社会にはいくつもの正義がある。だからそこで語られる正義は特定の正義でしかない。ある国が正しいと思うことは、他の国から見れば誤っているということは、けっしてまれではないにである」(19頁)

高坂氏はいわゆるリアリストであり、私はリアリストではないので、氏のこの主張には全面的には同意しかねますが、戦争当事国の指導者たちだって狂人ではないのですから、それなりに言い分があると考えるべきではないでしょうか。

ロシアの言い分については、プーチン大統領が侵攻当日のテレビ演説で述べています。

「親愛なるロシア国民の皆さん、親愛なる友人の皆さん

きょうは、ドンバス(=ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州)で起きている悲劇的な事態、そしてロシアの重要な安全保障問題に、改めて立ち返る必要があると思う。(中略)

NATOは、私たちのあらゆる抗議や懸念にもかかわらず、絶えず拡大している。軍事機構は動いている。
繰り返すが、それはロシアの国境のすぐ近くまで迫っている。(中略)

私たちの国境に隣接する地域での軍事開発を許すならば、それは何年も先まで、もしかしたら永遠に続くことになるかもしれないし、ロシアにとって増大し続ける、絶対に受け入れられない脅威を作り出すことになるだろう。(中略)

すでに今、NATOが東に拡大するにつれ、我が国にとって状況は年を追うごとにどんどん悪化し、危険になってきている。(中略)

起きていることをただ傍観し続けることは、私たちにはもはやできない。(中略)

NATOが軍備をさらに拡大し、ウクライナの領土を軍事的に開発し始めることは、私たちにとって受け入れがたいことだ。(中略)

問題なのは、私たちと隣接する土地に、言っておくが、それは私たちの歴史的領土だ。そこに、私たちに敵対的な『反ロシア』が作られようとしていることだ。(中略)

アメリカとその同盟国にとって、これはいわゆるロシア封じ込め政策であり、明らかな地政学的配当だ。
一方、我が国にとっては、それは結局のところ、生死を分ける問題であり、民族としての歴史的な未来に関わる問題である。(中略)

それこそ、何度も言ってきた、レッドラインなのだ。
彼らはそれを超えた。

そんな中、ドンバス情勢がある」

3.ウクライナはロシアの生命線?

冷戦後のNATOの東方拡大によって、隣の兄弟国ウクライナまでNATOに加盟し、その地に米国の軍隊と核を含めた兵器が配備されるかもしれない。そうなったら、ロシアの安全保障にとって大変な脅威である、という理屈でしょう。

プーチン氏が、演説の冒頭で語っていることを、大東亜戦争との比較で言うなら、日本の主目的は自存自衛であり、副次的な目的は東亜解放でしたが、ロシアの主目的も「ロシアの重要な安全保障問題」であり、副次的な目的は、演説の最後に引用した、「そんな中、ドンバス情勢がある」でも分かるように、ドンバスの「解放」だと判断できます。

ロシアにとって、ウクライナがNATOに加盟するとは、どのような感じなのでしょうか。
元寇では、元軍は朝鮮半島からわが国に攻めてきました(弘安の役では、江南軍は支那本土から出発しましたが)。
近代においても、日本の心臓を狙う匕首だと言われた朝鮮半島へ、清国やロシア帝国が侵入することは、日本にとっては脅威でした。わが国が日清日露戦争を戦わざるをえなかったのは、そのような脅威をなくすためでしょう。朝鮮半島は、いわば日本の生命線でした。
もし当時の韓国が、清国軍にもロシア軍にも侵入を許さないような強固な国だったなら、日本はそれらの戦争をしなくて済んだでしょう。

実は今日だって、朝鮮半島は日本の生命線です。
ただ、現在の朝鮮半島は、良くも悪くも、北朝鮮、韓国というそれなりに軍事的に強力な国があり、支那やロシアの半島への進出を防いでくれていますし、わが国は日米安保条約を結んでいて、韓国にも日本にも米軍が駐留していますし、日本列島の近くの海には米原潜がひそんでいて、万が一の場合、核ミサイルを支露へ打ち込む能力があると私たちは信じているために、半島からの脅威に鈍感になっているのでしょう。

この点は欧州諸国も同じです。実質的に対露同盟であるNATOの主軸はアメリカですが、それが東方へ拡大し、ロシアとNATOの勢力圏を分かつ線が、東方へ移動して行き、フランスやドイツといった欧州の中心的な諸国は、ロシアの脅威に対する危機感が薄れているのだと思います。逆に言うなら、ロシアが受ける脅威に対して、日本も欧州も鈍感になっているということです。

一方、ロシアには強力な同盟国はありませんし、自分の国は自分で守らなければなりません。この点、戦前のわが国も同じです。日英同盟の締結前と解消以後、頼りになる同盟国がなくて、孤独でした。

ロシアにとってウクライナは、日本にとっての近代の朝鮮半島のようなものではないでしょうか。そして、日露支にとって、韓国は民族的にも文化的にも歴史的にもまるっきり別の国ですし、いわゆる兄弟国ではありませんが、ロシアにとってウクライナはそれらの点で近しい兄弟国ですし、ウクライナはロシア帝国、ソ連、ロシア連邦を通じて、ずっとその勢力圏にありました。
すなわち、ロシアの言い分にも一理あるのではないでしょうか。

しかし、欧米も日本も、ロシアの言い分は理解しませんし、それに耳を貸しません。そして侵攻後、ただ一方的に非難するだけです。
現在の世界の論調から言って、たとえロシアが戦争に勝ったとしても、戦後はウクライナ・NATO連合=絶対善、ロシア=絶対悪として語られることになりそうです。

4.日本は絶対悪だったのか

<絶対善対絶対悪の戦い>だと認識されているのが、第二次世界大戦です。前者に相当するのが、連合国であり、後者に相当するのが同盟国です。そして、同盟国であったわが国は、絶対悪との認識が、国際社会では今でも定着しています。

ウクライナのゼレンスキー大統領が、3月16日アメリカ連邦議会での、オンライン形式の演説で、真珠湾攻撃に言及したのは、氏がユダヤ人であり、第二次大戦に関して、連合国=絶対善、同盟国=絶対悪との認識の保持者だからでしょう。

わが国の東京裁判史観肯定派の主張も、前大戦のすべての責任は日本にあるとの立場です。
一方、その否定派は、大戦の原因あるいは犯人を、日本の中だけで探すのは無意味で、戦争は相手があることだから、相手との関係で、それを追究すべきだという風に言っていました。

ところが、この度のロシアによるウクライナ侵攻に関しては、どうでしょうか。戦争は相手があるというように、論じられているでしょうか。どうも、左派のみならず、右派もロシアを一方的に非難するのが大勢になっているように思われます。

戦前の日本と、この度のロシアの軍事行動と、どちらがより正当性があるでしょうか。
戦前日本の言い分にはそれなりに正当性はあったけれども、ロシアの言い分には一理もないのでしょうか。日本にはそういう人も少なくないでしょう。
しかし、第二次大戦の戦勝国であるロシアに言わせれば、戦前の日本には一理もないけれども、この度のロシアの行動には正当性があるという人たちが多くいそうです。
大東亜戦争の日本と、ウクライナ侵攻のロシアと比較して、その主張はどちらがより道理があるのでしょうか。それとも、戦勝国やわが国の左派が言ってきたように、日露とも絶対悪なのでしょうか。

ウクライナ侵攻に対する米欧日での、一方的なロシアへの非難を見て、戦前日本が連合国にしてやられたのは、国際社会におけるこのような<連合国=絶対善、日本=絶対悪>というレッテル貼りだったのかと、憤慨する人がいても良さそうなものです。
ロシアに対する一方的な非難を見ると、戦前から欧米は独善的だったのだと思えます。
そして、戦後八十年近く経っても、相変わらず戦前日本は全否定すべき絶対悪です。

5.ロシアは絶対悪なのか

戦争は外交の失敗だと言われますが、外交で解決できないことは、力で解決せざるをえません。勝った方がより多くを獲得し、負けた方がより多く譲歩するしかありません。お互いに言い分があるのを認めた上で、なされるのが文明的な戦争だと思います。わが国の戦後平和主義者たちは、文明的な戦争などないと言うでしょうが。
それはともかく、戦争になったということは、双方の外交が失敗したということではありませんか?ロシアのみならず、米欧宇の指導者たちの外交も、失敗したということでしょう。

第二次世界大戦から?アメリカは戦争に、絶対的な正義不正義の観念を持ち込みました。米国にとって、戦争は絶対的な善と絶対的な悪の戦いです。戦前の絶対悪は日本で、現在の絶対悪はロシアです。敵を悪魔だと見做さないと戦えない(経済制裁も含めて)ということもあるかもしれませんが、お互いに言い分のある戦争を、絶対善対絶対悪との戦いだとするのは、やはり野蛮な戦争観です。アメリカは十字軍的戦争観から抜けきれないようです。

戦争には、双方に言い分があるのを否定すべきではありません。
そして、米欧宇の指導者たちは、戦争が始まる原因となった自らの過失を反省すべきです。
ウクライナはNATO加盟を拙速に運ぼうとしました。欧米はロシアの出方も考えずに安易にそれを支持しました。ロシアの侵攻を防ぐだけの軍事的な準備をしていませんでした。非加盟国はNATO防衛の対象外だとロシアに誤ったメッセージを与えました。
彼らは、自らの過失を糊塗するために、なおさら絶対善対絶対悪の戦争観を煽っているように見えます。

ロシアによるウクライナへの侵攻について、三点ばかり確認しておきたいと思います。
第一、戦争の善悪と勝敗は無関係であること(勝った側が、自分たちは正しかったのだと言い出しかねないので)、
第二、ロシアの言い分にも一理あること、
第三、米欧宇の指導者たちにも、一部責任があること。

勿論、ウクライナに侵攻したロシアは非難されてしかるべきですが、<絶対善対絶対悪>という戦争観には、うんざりです。そんな戦争観には、ニエットと言わざるをえません。

【追記】
時宜を得た事件が発生しました。
3月27日に開催されたアカデミー賞授賞式で、妻を侮辱されたとして、俳優のウィル・スミス氏がプレゼンターに平手打ちをくらわせました。
さて、手を上げたスミス氏にすべての責任があるのでしょうか、それとも、大部分の責任は彼にあるにしても、侮辱した発言を行ったプレゼンターにも一部責任があるのでしょうか。

【追記2】
大東亜戦争後の、この小林秀雄氏の発言は、ウクライナ侵攻に関しても、有効であるように思われます。
「この大戦争は一部の人達の無知と野心とから起ったか。それさえなければ、起らなかったか。どうも僕にはそんなお目出たい歴史観は持てないよ」