目次
はじめに
先月24日に、ロシアによるウクライナ侵攻が始まりましたが、ウクライナと台湾を比較して考えてみたいと思います。
と言っても、世間で多く語られている、ロシアがウクライナへ侵攻したから、今度は中共が台湾へ侵攻するかもしれない、という問題を主に論じたい訳ではありません。
1.力による一方的な現状の変更の試み
ウクライナ侵攻に対して、岸田首相は2月25日の記者会見で、「力による一方的な現状変更の試みで、明白な国際法違反だ。国際秩序の根幹を揺るがす行為として、断じて許容できず、厳しく非難する。わが国の安全保障の観点からも決して看過できない」と述べたそうです(1)。
一方、中共に関しては、外務省の「外交青書2020 1 情勢認識」に、「東シナ海、南シナ海などの海空域で、既存の海洋法秩序と相いれない独自の主張に基づく行動や力を背景とした一方的な現状変更の試みを続けている」との記述があります(2)。
力による一方的な現状の変更の試みを行っているということで、露中は批判されています。
2.力によらない、一方的な現状の変更は許されるか
では、力によらなければ、一方的な現状の変更をすることは、認められて良いのでしょうか。
この度の、ロシアによるウクライナへ侵攻は、NATOへの加盟という、力によらない一方的な現状変更を、ウクライナが試みた結果生じたと言えるでしょう。
ロシア帝国、ソ連、ロシア連邦を通じて、ウクライナはずっとロシアの勢力圏にありました。そのようなウクライナがロシア圏からの離脱を図り、実質的な反露同盟であるNATOへの加盟を求めました。
もし、加盟をするのなら、ロシアや近隣諸国に対して、それなりの根回しをすべきだったでしょう。しかし、それをしなかった。
ウクライナは、一方的な現状の変更を求めたと言わざるをえません。
国際社会の大勢は、ウクライナのNATO加盟に反対していないから、あるいはそれに反対をしているのはロシアと一部の国だけだから、一方的ではないという人もあるかもしれません。では、台湾はどうでしょうか。
3.台湾の場合
台湾は、国家の三要素、領土、国民、主権を有する、実質的に独立国であり、同国の領域には他国の主権が及んでいないという点で主権国家です。
国連や国際保健機構(WHO)には加盟が認められていませんが、それは、主権国家としての十分条件を満たしていないからではなく、中共が台湾の邪魔をしていて、あるいは、国際社会が中共の圧力に屈しているからです。
アメリカは、「加盟はウクライナの主権の問題だ」と言ったそうですが(3)、もしウクライナがロシアとは違って民主国であり、主権国家であるという理由で、NATOへの加盟が認められるのなら、台湾だって民主国であり、主権国家なのだから、「力によらない、一方的な現状変更の試み」としての、即時の独立だって、認められるべきでしょう。
ウクライナのNATO加盟に反対しているのは、ロシアと一部の国だけだから、と言うのであれば、台湾の独立に反対しているのも中共と一部の国だけなのですから、台湾が独立を宣言したとしても、一方的ではないということになります。
しかし、ウクライナも台湾も相手とする国(露中)が核大国であり、拒否権を持つ国連の常任理事国であるという意味では、彼らの感情を逆撫ですることは、現実の国際政治の力関係から考えると、やはり一方的だと言わざるをえません。
だから、ウクライナのNATO加盟も、台湾の独立も、力によらないにしても、一方的な現状変更の試みです。
4.なぜ台湾の一方的な現状変更は許されないのか
それなら、国際社会は、あるいは、日米は、台湾の独立を認めているでしょうか。
認めていません。なぜでしょうか。
カート・キャンベル米国家安全保障会議(NSC)インド・太平洋調整官は2021年7月6日アメリカのシンクタンクのイベントで、「台湾の独立は支持しない」と述べたそうです(4)。
どうして主権国家台湾の独立を支持しないのでしょうか。
「台湾海峡の平和と安全の重要性」のためらしい。
要するに、安易に独立をすれば、中台の、ひいては米中の戦争になるかもしれないからです。
5.だから、戦争になった
それなら、ウクライナによる、力によらない、一方的な現状変更の試みだって、戦争になるかもしれなかったはずです。そして、現実に、戦争になりました。
とするなら、ウクライナとロシアの「平和と安全の重要性」ために、ウクライナのNATOへの加盟だって、欧米は支持すべきではなかったのではないでしょうか。
因みに、ウクライナはロシア帝国の時代から現在までロシアの勢力圏にあったのに対し、台湾は、化外の地(「皇帝の支配する領地ではない」、「中華文明に属さない土地」の意)(5)と見なしていた大清帝国の統治時代以降、日本統治時代、中華民国統治時代、そして今日へと、支那本土の勢力圏に属したことはありません。中共と台湾の関係に比べれば、ロシアがウクライナを自国の勢力圏だと判断するのは、よほど根拠があります。
それなのに、ウクライナに対しては、力によらない一方的な現状変更の試みを認める一方、台湾にはそれを認めないというのは、ダブルスタンダードです。そして実際に、前者では、ロシアによる侵攻を招きました。
6.台湾におけるウクライナ侵攻の教訓
今後、中共による台湾への侵攻の可能性はあるでしょうか。あるでしょう。
ただし、ウクライナ侵攻のお蔭で、それはハードルが高くなりました。
この度のロシアによるウクライナ侵攻から、中共による台湾への侵攻を阻止するための教訓を挙げるとするなら、
第一、戦争が発生する恐れがある場合は、主権国家であろうと、力によらない一方的な現状の変更は、国際社会は安易に認めてはならないこと、
第二、認める場合は、戦争が起こらないだけの軍事的な抑止力を備えてからにすべきこと、
ではないでしょうか。
米欧宇の政治リーダーたちが、第一と第二を考慮しなかったから、ウクライナ侵攻が発生したのだと思います。
(1)https://www.sankei.com/article/20220225-ALORCIUPJVOBRGPXIQUS5IEN7I/
(2)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2020/html/chapter1_00_01.html
(3)https://news.yahoo.co.jp/articles/d7db4a22079a78bc00b9209841c15fe614a61810
(4)https://www.asahi.com/articles/ASP7722C2P76UHBI02C.html
(5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
【追記】
ウクライナのゼレンスキー大統領は、3月17日?に、「自身のSNSで『交渉の中で一番重要なものは明らかです。戦争終結、安全の保証、主権と領土の境を元の戻すこと』と述べた」そうです(https://news.yahoo.co.jp/articles/f0f33801f218956955318677d7808f35513dc1f2)。
彼が、ウクライナのNATO加盟を求めなければ、戦争は起こりませんでしたし、主権や領土の保全もできていたでしょう。
【追記2】
「冷戦期の1962年、ソ連がキューバに核を配備しようとした際、米国は猛反発しました。米国からすると、ソ連が米国の裏庭にあるキューバに核ミサイル基地をつくるのは戦争に匹敵する行為だという認識だったのです。(中略)
ロシアがウクライナのNATO加盟に強硬に反対することは、当時の米国とどこが違うのでしょう。当時も今もキューバは独立国家です」
(福井義高、『WiLL』、2022年5月号、290頁)
「独立国家」は、主権国家と同義です。
主権国家であるウクライナがNATOに加盟するのは自由で、主権国家である台湾が独立を表明するのも、キューバがソ連のミサイルを配備するのも認めないというのは、やはりダブル・スタンダードではないでしょうか。(2022・4・7)