ー勢力が均衡しているよりも、不均衡の方が平和な場合もありうるー
1.中共の台湾侵攻?
中共による台湾侵攻の可能性が、取り沙汰されています。
「台湾クライシス 有事の可能性はどこまで高まっているのか?」というネット記事は、「2021年は中国軍が台湾に侵攻する可能性が現実味を持って論じられた年だった」と、書き始められています。
ただ、「中国軍は1979年の中越戦争以降、本格的な実戦を経験していない。空母や陸戦隊の運用経験も乏しい。中国の新兵器に関しては、多くの専門家が性能を疑っている」とのことで、「現時点では米軍の介入を排除して、台湾に大規模な上陸作戦を実行する能力を中国軍が持っているとは言いがたい」という結論です。
中共による台湾侵攻の可能性については、昨年三月に、デービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が、上院の軍事委員会公聴会で、「6年以内に危機が明らかになる」と語ったそうですし(1)、十一月にはミリー統合参謀本部議長は、「1~2年以内は侵攻はないとの見方を示した」ものの、一方、「将来的に習指導部が武力統一を選択する可能性を示唆した」(2)そうです。
また、ブリンケン国務長官は、十二月に、「中国が台湾に侵攻すれば、『多くの人々にとって恐ろしい結果になる』」、また、「『中国の指導者が慎重に考え、危機を引き起こさないことを期待している』と語った」(3)そうです。
(1)https://www.jiji.com/jc/v4?id=20211231taiwancrisis0001
(2)https://www.sankei.com/article/20211104-5EQBHKZQUNNU5P266ZX6QVWZCU/
(3)https://www.asahi.com/articles/ASPD446Q1PD4UHBI00K.html
2.勢力均衡とは
勢力均衡(バランス・オブ・パワー)とは、「国際政治において1国また1国家群が優越的な地位を占めることを阻止し、各国が相互に均衡した力を有することによって相対的な国際平和を維持しようとする思想、原理」、あるいは、「国家間の勢力が釣り合った状態。また、それによって、国際間の平和を維持し、自国の安全を確保しようとする国際政治上の原理または政策」(コトバンク「勢力均衡」)とされます。
もっとも、高坂正堯氏(1934-1996)は、『国際政治』(中公新書、1966年刊)に書いています。
「勢力均衡というものは明確に定義することはできない。なぜなら、力というもの自体が捉えにくい漠然としたものだからである」(25頁)
それはさておき、勢力均衡が正しいのなら、中共による台湾への侵攻の可能性が語られる今、中共及びその同盟国と、台湾を含めたアメリカとその同盟国の勢力が釣り合っている方が、平和に資するということになります。
しかし、それは正しいでしょうか。そのような状態は、東アジアの平和を維持するのに、適切なのでしょうか。
3.米中の均衡は平和に資するか
高坂氏は、同著に書いています。
「実際の均衡が安定するのは、より有利な立場にあるものがその立場を濫用して有利さを優越に変えようとせず、不利な立場にあるものがあえて挑戦しないという場合にほほかぎられるのである」(28頁)
もし中共が、「より有利な立場にある」アメリカに挑戦しなければ、台湾を巡って、米中間に戦争は起こらないでしょう。しかし、中共がアメリカに挑戦したとしたら?台湾に関して、核心的利益だと考える中共が、アメリカに対して、今後も「あえて挑戦しない」と言い切れるかでしょうか。
先の記事(1)の中で、香田洋二元海将は、語っています。
「米国と事を構えたら、被害が大き過ぎる。しかし、習氏が明確に目標を示した以上、台湾統一を目指す動きがないと考えるのは間違いだ。(中略)米国が動かない状況であれば、中国は台湾を取れる。(中略)しかし、米国が本気で阻止に動けば、できない。(中略)『米国が出てこない、出てきても対応できる』と思ったときに中国軍による台湾侵攻はあり得る」
台湾を含めた米国とその同盟国(米プラス)の力が、中共とその同盟国の力(中プラス)よりも、はるかに優越していれば、中共は台湾に手が出せないでしょう。しかし、両者の力が均衡していたら?
当然のことながら、両者の力が均衡している方が、「米国が(中略)出てきても対応できる」と、中共が考える可能性が高くなります。ということは、均衡している方が、戦争の可能性も高まるということです。
4.不均衡平和論
それらのことを考え合わせると、米プラスの力<中プラスの力の場合が最も危険で、米プラスの力=中プラスの力の場合も余り安全とはいえません。米プラスの力>中プラスの力の場合が、一番台湾海峡の平和に資するということになります。
台湾海峡に限らず、国際社会は、勢力均衡の状態よりも、むしろ道徳諸国の力が、非道徳諸国の力を凌駕している時、平和で、安全なのではないでしょうか。
道徳諸国とは、自由、民主主義、人権、法の支配という価値を実現している国家のことです。一方、非道徳国家とは、それらの価値を実現していない国家のことです。要するに、道徳国家とは、自由諸国のことです。
そして、自由諸国の力が、非自由諸国の力よりも明確に優位にある時、一般的に言って、国際社会は安全なのではないでしょうか。
安倍晋三元総理は、雑誌『Hanada』2022年2月号の櫻井よしこさんとの対談で、「『戦域』と『戦略域』、二つに分けて考えることが重要です」と語っています(58頁)。前者は、「台湾や尖閣諸島があるこの戦域」、後者は「全世界的」な範囲という意味です。安倍氏は、「この戦域では中国が相当優勢になっていますが、地球すべてをカバーする戦略域において、つまり核弾頭の数において米国が圧倒していれば、たとえ戦域で優位に立ってもやめておこうということになる」(59頁)、と発言しています。
自由諸国は、対中共に関して、戦略域では圧倒、戦域でもせめて均衡を目指すべきでしょう。
自由諸国は結束すべきですし、日本はアメリカやその他の自由諸国と協調すべきです。
ファイブアイズ+クアッド+NATO諸国+台湾>中共となった方が、中共は台湾に手が出せないし、台湾近辺の平和を維持できるでしょう。
最近ロシアによるウクライナへの侵攻が憂慮されていますが、問題は、もしそのような事態が現実化した場合、アメリカは二正面に対処できませんし、自由諸国の東アジアにおける関心が希薄に、そして軍事的プレゼンスも手薄になって、中共が冒険的行動にでるかもしれません。そのような時が危ういでしょう。
ウクライナは元々ロシアの勢力圏であるし、NATOの東方拡大は、ロシアに脅威を与えます。また、自由諸国の力にも限りがあります。なので、力が及ばない地域の問題に関与するのは、ほどほどにすべきだと思います。
【折々の迷論】
冷戦時代に、次のような珍妙な勢力均衡的発言を行う人がいました。
「中国とアメリカの『友好関係』が回復したことは、中国もソ連封じ込め陣営の一員になったとも解釈されるから、ソ連にとっては非常に苦々しいことである。もしそうなら、このような事態に際しては、日本は逆にアメリカとの間の距離を少しひらくように心掛け、中立化の傾向を強化して、米ソ間の緊張度を下げるよう努力すべきでなかろうか。このようなことをすれば、もちろん表面的には、日米の仲は悪くなるだろう。しかしその結果、米ソ関係が改善されるのなら『日米離間』は日本の防衛に貢献し、真の意味の『日米友好』を推進する筈である。必要な場合には、アメリカを激怒させてでも、日本が米ソの関係を改善するのに主要な役割を演じるというのでなければ、日本は真の意味のアメリカのパートナーでありえない」(森嶋通夫著、『自分流に考える』、文藝春秋、1981刊、131ー132頁)
「このような事態に際しては、日本は逆にアメリカとの間の距離を少しひらくように心掛け」たら、「表面的」ではなく、本質的に「日米の仲が悪くなる」でしょう。
勿論、その時は、日ソ関係は改善されるかもしれませんが、米ソ関係は改善されません。
また、日本が「アメリカを激怒させ」たなら、後者は前者の言うことを信用しなくなるでしょうから、「日本が米ソの関係を改善するのに主要な役割を演じる」ことはできませんし、そうなれば、「日本は真の意味のアメリカのパートナーでありえ」ません。