日英同盟終焉とその教訓

1.総説

黒野耐氏は『戦うことを忘れた国家』(角川書店、<角川oneテーマ21>、2008年刊)に書いています。

「(一九)十七年七月に第一次世界大戦が勃発すると、日本は英仏露などの連合国側に立って参戦しましたが、彼らが求めた陸海軍主力の欧州派兵には応じることなく、大戦に忙殺されている間隙を突いて、極東における権益の拡大に奔走しました。一方、アメリカは総力戦の死命を制する兵站庫として連合国を支え、一七年一〇月になると陸軍を派遣して(最終的には二百万人の兵力を投入)、連合国の勝利に大きく貢献しました。
イギリスには、日本との同盟よりもアメリカとの提携がはるかに大きな利益となりました。そのアメリカから日本との二者択一を迫られたイギリスは、日本を切り捨てなければならなくなり、日英同盟は終焉したのです」(164頁)

なぜ日英同盟は終わったのか。黒野氏が指摘している通りでしょう。
ただ、この記述を読んで、同盟が終焉した理由を実感できない人も、少なくないのではないでしょうか。日米のある種の数字を比較することによって、それが納得できるようになると思われます。

2.投入兵力と戦死者数

上記には、アメリカの投入兵力は記述されていますが、日本のそれは書かれていません。

ウィキペディアの記述から、改めて、日米の投入兵力を見ましょう。
ウィキの「第一次世界大戦」によれば、参戦国アメリカの兵力は474万3826人に対して、日本は80万人です。日本はアメリカの六分の一ほどです。しかし、わが国の80万人の中身は、「極東における権益の拡大に奔走し」た、たとえば支那の青島や膠州湾を攻略し、あるいは南洋諸島をドイツから奪った戦いでの兵の数も含まれているでしょう。
重要なのは、極東の権益の拡大以外にどれだけ兵力を割いたかです。

一方、私は投入兵力ではなく、戦死者数に着目しました(「同盟国の義務、あるいは両大戦の教訓について」)。
それを見ると、日米の貢献の差が歴然とします。第一次世界大戦におけるアメリカの戦死者数は11万6708人であるのに対し、日本はわずかに415人です(注)!

投入兵力と戦死者数の、欧州地域と、それを含めた世界全体での内訳は不明ですが、投入兵力はともかく、戦死者数を比べれば、日米の貢献度は一目瞭然です。しかも、当時日英は同盟関係にあったのに対し、米英は同盟関係にありませんでした。その後、イギリスが日本よりもアメリカをとったのは、当然でしょう。

因みに、当時イギリス帝国に属していたとは言え、日本同様、主要な戦場となった欧州に位置しない諸国の戦死者数は、オーストラリア6万1966人、カナダ6万4976人、ニュージーランド1万8052人です。英国と同盟関係にあったわが国のそれと比べても、格段に多い。しかも、それらの国の人口は、日本よりもずっと少なかったのです。

第一次世界大戦で、日本が戦力の出し惜しみをしたのは明白です。
そのために、戦後イギリスとの同盟を断ち切られ、当時の世界のメイン・ストリームから外れました。

こういうと、中には、犠牲者をたくさん出せばよかったのかと反発する人もあるでしょう。しかし、その結果が、第二次世界大戦における戦没者三百万人!となって表れたのだと思います。

3.Too little, too late

同盟国の命運をかけた戦いにおいて、兵力および犠牲の出し惜しみしたから、同盟関係を断ち切られ、その後の戦争において、それをはるかに上回る犠牲者を出す羽目になった。それが、日英同盟終焉とその教訓だと思います。

ところが、そういう歴史の教訓がありながら、第二次大戦後の日本は相変わらず、それらの出し惜しみを続けています。
湾岸戦争(1991・1・17~2・28)において日本は、資金協力が小出しだった=遅かったこと、しかも資金協力ばかりで、人的貢献がわずかだったため、Too little, too lateと蔑まされました。また、湾岸戦争後クウェートが米紙に広告を出し、解放に貢献した国々に感謝の意を表明しましたが、その中に日本は含まれていませんでした。
要するに、第一次大戦でも日本の貢献は、Too little, too lateだったのです。

4.メイン・ストリーム

現在世界のメイン・ストリームはどこの国々なのでしょうか。
ファイブ・アイズ(米英加豪新)とEU・NATOでしょう。そして、メイン・ストリームの諸国は、今中共の人権侵害を批判していますし、その覇権国化を阻止しようとしています。
言うまでもなく、メイン・ストリームの中心はアメリカであり、そして、日米は同盟関係にあります。とするなら、わが国もメイン・ストリーム諸国と協調すべきでしょう。

第一次世界大戦と第二次世界大戦の結果、わが国が得た教訓は、
第一、世界のメイン・ストリームから外れてはならない。
第二、メイン・ストリーム諸国との協調においては、Too littleであっても、Too lateであっても、ましてや、 Too little, too late であってはならない、
だと思います。

(注)
日本の戦死者数については、300人とする説もあります。
・「戦争による国別犠牲者数-人間自然科学研究所
・衛藤瀋吉他著、『国際関係論 第二版』、東京大学出版会、1989年、7頁