戦争をしない唯一の方法

ブログを始めた2018年3月23日当日に公開した投稿、「戦争と夫婦喧嘩」に書きました。

「なぜ夫婦喧嘩は起こるのでしょうか。
夫が妻の、妻が夫の言い分を全て受け入れることができるのなら、夫婦間に喧嘩などありえません。両者の主張が対立していて、お互いに譲歩できないから起こるのでしょう。国家間の喧嘩たる戦争も同じです。一方の国が、他方の国の要求を吞めないから起こるのです。(中略)他国と戦争をしない唯一の方法は、その国の要求を全て受け入れることです」

<他国と戦争をしない唯一の方法は、その国の要求を全て受け入れること>
これは、自分の小さな発見だと思っていました。
が、最近小室直樹著、『新戦争論』(光文社、1981年刊)をパラパラ捲っていて、次の箇所を見つけました。

「いかなる事態になろうとも戦争を回避するということは、他国のどんな不合理な要求でも、最終的には受諾するということである」(79頁)

しかも、赤のボールペンで傍線を引いてある!
なーんだ、小室氏の方がずっと前に言ってて、私も読んでたんだ。

なぜ日本のリベラルは社会主義国の人権侵害を批判しないのか

1.EUと米英加による対中制裁

中共が同国内のウイグル族の人権を侵害している(宗教の自由に対する厳しい制限、強制労働の断行、収容所での大量拘禁、強制不妊手術、ウイグル人の遺産に対する破壊他)として、3月22日にEU及び米英加が一斉に対中制裁を発動しました。

アメリカは1月20日、共和党のトランプ氏に代わって、民主党のバイデン氏が大統領に就任しました。共和党は保守であるのに対して、民主党はリベラルです。トランプ政権は1月19日に、中共のウイグル族らに対する迫害に対して、ジェノサイドの認定を行いましたが、この度の対中制裁の発動は、リベラル派の大統領によってなされました。

一方わが国では、EUや米英加による制裁に同調すべきだとの意見が、保守派から発せられましたが(たとえば、「対中人権制裁 日本の不在は恥ずかしい」)、リベラルからはそのような声は上がりません。

アメリカではリベラルの大統領が制裁を呼び掛けているのに、なぜわが国のリベラルからは中共の人権侵害に対する抗議が表明されないのでしょうか。

ジャーナリストの江川紹子氏は、ツイッターで次のように書いています。

「人権問題で中国を批判する人の中には、自国等の人権問題には冷淡で、中国を非難する問題だけに熱心という人がいる。関心があるのは中国批判であって、人権ではないんだろうなあ・・・」(注)

これは、わが国のリベラル派らしい発言です。

2.日本リベラルの「出自」

アメリカは、日本や欧州とは違って、冷戦時代も有力な社会主義政党、共産主義政党はありませんでした。当時から共和党は保守で、民主党はリベラルでした。すなわち、アメリカのリベラルは、冷戦中もリベラルでした。

一方、日本は冷戦時代、社会・共産主義政党(日本社会党、日本共産党)が国会で少なからぬ勢力を有していましたし、1955年以来社会党は野党第一党でした。当時は政界のみならず、一般社会でも社会・共産主義者は多かった。

ところが、冷戦終了後、多くの社会・共産主義者たちは、徐々にリベラルへ転向して行きました。日本社会党の消滅が、それを良く表しています。そして、冷戦中からリベラルだった人たち(旧リベラル)と、冷戦後リベラルへ転向した元社会・共産主義者たち(新リベラル)が合流して、リベラル政権が誕生しました。それが、民主党政権(2009-2012)です。

現在、左派の主流派にして多数派は、社会・共産主義者ではなくリベラルです(「左翼としてのリベラル」)。けれども、アメリカとは違って、日本は過去に社会・共産主義者だった履歴を持つリベラルが多い。

今日のリベラルに、あなたは社会・共産主義を信じているかと問えば、殆んどの人たちは否定するでしょう。しかし、彼らの頭の片隅には、どうも社会・共産主義的残滓がへばり付いているように思えてなりません。

なぜそう言えるのでしょうか。
彼らは、社会主義国を批判しないからです。もし彼らが、真っ当なリベラルなら、自由や民主主義や人権や法の支配を実施していない点で、中共や北朝鮮を批判しているはずです。しかし、日本のリベラルは、社会主義国を批判しません。なぜでしょうか。冷戦時代に社会・共産主義者だった、あるいはそのシンパだったという彼らの思想的「出自」がそのような言動を取らせるのだと思います。

3.社会主義者は社会主義国を批判しない

新左翼同士とか、講座派と労農派との、その後の日本共産党と日本社会党・社会主義協会との論争とか、各国の共産党と路線を巡っての相互批判とかはあったでしょうが、日本の社会・共産主義者は社会主義国の内政に関しては、殆んど批判していないと思います。
たとえば、冷戦時代に、ソ連や中共において、人権が蹂躙されていると非難したわが国の社会・共産主義者は、どれほどいたでしょうか。

では、なぜ彼らは社会主義国を批判しなかったのでしょうか。社会・共産主義者には、次のような共通認識があったからではないでしょうか。

第一。資本主義よりも社会・共産主義は勝れた体制である。

第二。社会主義国は誕生して間もないし、いまだ発展途上にある。しかし、遠からず発達した共産主義社会が実現するに違いない。だから、今は彼らを外部から安易に批判してはならない。

第三。むしろ批判すべきは、何れ没落する運命にある資本主義社会である。だから、同体制批判に集中せよ。

もし資本主義よりも社会主義体制の方が優れていれば、第一から第三の原則も間違っていなかったでしょう。しかし、現実は違っていました。というよりも、正反対でした。
戦後、西側自由主義国は政治的にも、経済的にも発展したのに対して、社会主義国は政治的にも経済的にも停滞して、自由、民主主義、人権、法の支配の点で、あるいは国民の豊かさの点で、資本主義国にはるかに及びませんでした。

ところが、社会・共産主義者たちには、資本主義よりも社会主義社会の方が勝れているはずだとの思い込みがありました。その結果、社会主義国よりもずっと増しなのに、資本主義国は散々批判する一方、資本主義国よりもはるかに酷いのに社会主義国は批判しないという滑稽かつグロテスクな言動を行うことになってしまったのです。
人民は、東から西へ、北から南へ逃げているのに、西や南の体制よりも、東や北の体制の方が優れているに違いない!と考えたのです。

4.日本のリベラルはソーシャリベラルである

日本のリベラルが社会主義国を批判しないのは、社会・共産主義の尻尾を引きずっているからです。あるいは、元社会・共産主義者が主導権を握っている、リベラル派の言論空間の中にあって、かつて社・共主義者であったことのない人たちも、そのような空気に圧されて、社会主義国を批判するのが禁忌となっているからでしょう。

日本のリベラルは、ソーシャリストではありません。かと言って、純粋なリベラルでもない。社会・共産主義が抜け切れていないがゆえに、社会主義国を批判しない、言わばソーシャリベラル(socialiberal=socialist+liberal)なのだと思います。

5.ソーシャリベラルも社会主義国を批判しない

ソーシャリズムを引きずっているリベラルは、社会主義国を批判しません。
社会主義国が、国内で人権侵害を行っても、日本人を拉致しても、核兵器を開発しても、日本に向けてミサイルを発射しても、東シナ海で領海や領空を侵犯しても、非難しません。沈黙=黙認です。

6月2日付朝日新聞に、「ミャンマーを支援 声を上げる作家ら」という記事が掲載されました。

「ミャンマーのクーデターで国軍が権力を掌握して4カ月となった1日、作家やミュージシャン、映画監督ら67人が共同声明を発表した。日本政府に、ミャンマー軍関係者などへの制裁を求めている。この日、東京都内で記者会見を開き、ミャンマーで1カ月近く拘束され、先月帰国したフリージャーナリストの北角祐樹さんや作家の落合恵子さん、音楽評論家の湯川れい子さんらが参加した。
声明では、日本政府に制裁を求めた上で、『民主主義への道を再び回復できるような支援策をただちに講じてください』などと訴えた。声明にはミュージシャンの坂本龍一さんや、作家の瀬戸内寂聴さん、作家・クリエーターのいとうせいこうさんらが名を連ねた」

この声明に参加した文化人たちは、ウイグルでの人権侵害に対しても、同様な共同声明を発表したでしょうか。していないでしょう。なぜしないのでしょうか。
ミャンマーは軍事政権の国であるのに対して、中共は社会主義国だからでしょう。あるいは、この度の制裁を求める声明は、中共の人権侵害から世間の目を逸らせるための、あるいはそれを相対化するための援護射撃なのかもしれません。
この共同声明に参加した人たちは、ソーシャリベラルな人たちなのだと思います。

先の、江川紹子氏の発言は、次のように言い換えることができます。

「人権問題で社会主義国を批判しない人たちの中には、自国等(=資本主義国・軍事政権の国)の人権問題には熱心で、社会主義国を非難する問題だけに冷淡だという人がいる。関心があるのは、資本主義国批判=社会主義国擁護であって、人権ではないんだろうなあ・・・」

自由も、民主主義も、法の支配も実現していないし、人権も保障していない社会主義国を批判しないソーシャリベラルな人たちは、自らの思考の異様さに、どうしていつまでたっても気がつかないんでしょうか?

(注)https://twitter.com/amneris84/status/1375091119013441537

朝日新聞の値上げの弁を読んで

1.値上げの弁

6月10日付朝日新聞第一面に、値上げの通告「読者のみなさまへ 購読料改定のお願い」が掲載されました。
記録しておいた方が良いと思うので、全文を引用します。内容は下記の通りです。

「朝日新聞社は7月1日から、本紙の朝夕刊月ぎめ購読料を、現在の4037円(消費税込み)から4400円(同)に改定いたします。ご負担をお願いするのは誠に心苦しい限りですが、一層みなさまのお役に立てるよう、紙面づくりに全力を尽くします。引き続きのご愛読をお願い申し上げます。

消費税を除く本体価格の改定は1993年12月以来、27年7カ月ぶりです。

当社は、記者が一つひとつ事実を確認しながら、くらしや仕事に役立ち、日々を豊かにする情報をお伝えしようと努めています。隠れた事実を掘り起こす調査報道に力を入れるとともに、週末別刷り「be」や「GLOBE」を発行するなど紙面の拡充にも取り組んでまいりました。質の高い新聞づくりのためにシステムの投資も続けています。

購読料を据え置きつつ、良質な紙面を変わらずお届けできるよう、新聞製作の合理化、人件費や経費の節減を進めてきました。しかし、インターネットの普及で新聞事業を取り巻く環境が厳しさを増し、販売・広告収入が減る一方、製作コストは高くなっています。深刻な人手不足などで戸別配達を維持することも難しくなってきました。

新聞業界全体が同じような状況で、全国の多くの新聞社が購読料をすでに見直しています。当社も長年の経営努力が限界に達し、ご負担をお願いせざるを得ないと判断しました。

ネット上にフェイクニュースが飛び交う今、新聞の役割は増していると考えています。事実を正確に報じるという報道機関の使命を肝に銘じ、新聞を広げるのを楽しみにお待ちいただけるよう、内容とサービスを一層充実させてまいります。ご理解をお願いいたします。

なお、朝刊の1部売りは160円(現行150円)、夕刊の1部売りは60円(現行50円)といたします。                     朝日新聞社

因みに、同紙は1993年12月には約820万部だったのが、昨年8月には500万部を割ったそうです。

2.論評

いくつか、論評します。

・「ネット上にフェイクニュースが飛び交う今、新聞の役割は増していると考えています」

新聞上にフェイクニュースが飛び交う今、ネットの役割は増していると考えています、と言い換えても、そのまま通用するのが悲しい。 

・「記者が一つひとつ事実を確認しながら・・・・事実を正確に報じるという報道機関の使命を肝に銘じ・・・・」

ネットで、「吉田清治 朝日新聞」「吉田調書 朝日新聞」をキーワード検索すれば分かりますが、「記者が一つひとつ事実を確認しな」かったから、誤報が生まれたんですね。そして、そんな報道を行ってきたから、なおさら「インターネットの普及で新聞事業を取り巻く環境が厳しさを増し」たのではないでしょうか。

「お願い」では語られていませんが、新聞には報道機関としての役割とは別に、言論機関としての役割があります。朝日新聞の場合は、たとえば戦後の平和主義、冷戦時代の社会主義信仰、同時代からの歴史認識問題、そして昨今のリベラル思想の風靡まで、いつも言論機関としてのイデオロギーが、報道機関としての事実を妨害してきたのだと思います。言っても無駄なのは分かっていますが、報道を歪めるイデオロギーを払拭すべきです。

「事実を正確に報じるという報道機関の使命」を、本気で「肝に銘じ」ないなら、同紙の転落は留まることがないでしょう。 

いい加減なグーグルのアルゴリズム

1.12月4日のコアアップデート

昨年12月4日から、投稿文の検索順位が下がり出したので、どうしてかなあと思っていました。暫くして、その原因は、グーグルがコアアルゴリズムをアップデートしたからだというのが分かりました。
数少ない!わが有力記事の検索順位のことごとくを下げられ、いまやキーワード検索でヒットする投稿は、風前の灯状態です。

たとえば、当サイト「BEST」の冒頭に挙げている「それでも核兵器は廃絶できない」は、毎日見ていた訳ではありませんが、一昨年7月から昨年12月3日まで、「核兵器廃絶 不可能」でのキーワード検索でずっと1位でした。ところが、今月7日現在、10ページ目辺りにいます。その振幅の大きさは不可解です。この急速な下落から考えると、今後同記事が検索の圏外に飛ばされるのは、時間の問題でしょう。

2.現在1位の記事

現在「核兵器廃絶 不可能」のキーワード検索でのトップの記事は、「核兵器をなくすことはできるの?わたしたちにできること」です。
ところどころピックアップして論評しましょう。

・「今私がいる長崎市は、被爆地として平和を願う気持ちが強いのですが、残念ながら平和を祈るだけではなかなか世界は変わりません。
祈りの先にするべきことは、核兵器廃絶を強く願う人や『核のない世界』をめざして活動する人たちに、どうやって進んで行けばいいのかという道筋をはっきり示すこと」

同記事は、その「道筋をはっきり示」している訳ではありません。因みに、画期的な新しい兵器の開発に従事している人も、「『核のない世界』をめざして活動する人たち」なのですが。

・「大切なことは核の数ではなく、核保有国の考え方が変わること。『核兵器はいらない』『核兵器がなくても大丈夫』と各国のトップが思うことです」

「各国のトップ」がそう思うのには、それなりの条件が必要です。その条件が整わないから、「核保有国の考え方が変わ」らないのです(「それでも一」の第四節で説明しています)。

・「核兵器廃絶に有効なのは『人道的アプローチ』です。『核兵器を持つことは恥』『核兵器では人の安全は守れない』というイメージを人々の中に作っていくこと」

別に「核兵器を持つことは恥」ではありませんし、前大戦の戦勝国から今日の北朝鮮まで、「核兵器で人(国民)の安全は守れる」と確信していることでしょう。

・「生物兵器や対人地雷、化学兵器など、以前使用していた兵器について禁止条約ができていることを考えれば、核兵器が使用禁止になるのも時間の問題ではないかと思います」

国家の存立にとって不可欠ではない種類の兵器の廃絶は可能です。しかし、不可欠な種類の兵器は、それが時代遅れにならない限り、廃絶は不可能です。
また、禁止条約ができたからといって、条約に参加しない国はありますし、生物兵器や対人地雷、化学兵器も地上から姿を消したわけではありません。また、状況次第で、必要となれば各国はそれらを造るでしょう。


それにしても、これが検索1位? 内容がないよう~。
「核兵器廃絶 不可能」というキーワードでは、「不可能である」と「不可能ではない」の両方の内容の記事がヒットしてもおかしくはありません。しかし、そのキーワードなら、本来は前者がメインであるべきでしょうが、どうも後者の記事に偏重しているようです。
因みに、「わたしたちにできること」は、「核兵器廃絶 可能」でも、1位です(笑)。

3.グーグルのアルゴリズムに適切な評価は可能か

12月4日から半年に過ぎません。その短い間に、記事の評価がそんなに変わるというのは異常ではないでしょうか。もし現在の評価が適切なら、昨年12月3日までのそれが不適切だったということになります。それに、次のコアアップデートがあって、現在上位の記事が、下落するかもしれません。すると、今の評価だって怪しいということになるでしょう。
グーグルのアルゴリズムは常に向上しているのでしょうか。いつもアップデートの前の評価よりも、後の評価の方が進化しているのでしょうか?
いくら精緻に見えようとも、アルゴリズムによる評価は、隔靴掻痒でしょう。そもそもAIに、記事の適切な評価を下すことなど不可能です。

グーグルがWebサイトをを評価する基準に、「E-A-T」というのがあるそうです。Eはexpertise(専門性)、Aはauthoritativeness(権威性)、Tはtrustworthiness(信頼性)であるらしい。
その内の一つ、「権威性」とは、

「Webサイトのコンテンツを『誰が発信しているか』という観点です。たとえば、医療の情報であれば医者、法律の情報であれば弁護士が発信しているWebサイトが、権威性があるとしてGoogleに高く評価されます。
権威性はコンテンツの内容で高めることはできません。権威性を高めるためには、そのコンテンツの発信者名や会社名を開示したり、既に権威性のあるWebサイトから被リンクとして紹介されることも必要です」(注)

という。
「権威性はコンテンツの内容で高めることはできません」! そんなバナナ。
それにしても、なぜ「権威性」なのでしょうか。グーグルが記事の優劣を自分で判断できないからでしょう。自らが記事を正当に評価できないがゆえに、他の基準に頼るしかない!
本来なら、ネット上の自由競争によって、優れた記事が生き残り、劣った記事は淘汰されるのが理想です。けれども、劣った記事がしぶとく生き残るから、何らかの人為的な手段を用いて排除したい、それがゆえのE-A-Tの導入だと考えられます。しかし、E-A-Tを導入したところで、記事の優劣は判定できません。

4.それは不可能である

ガリレオ・ガリレイは、彼の時代の権威である天動説に挑戦しました。当時もし権威性を振り回すグーグルのアルゴリズムがあったなら、天文学の分野で検索上位を占めるのは、天動説だったでしょう。また、その時代にSNSがあれば、差し詰めガリレオはトランプ前米大統領のように、アカウントの停止を喰らっていることでしょう(笑)。

グーグルのアルゴリズムに、記事の正確なもしくは適切な評価は不可能です。

(注)https://www.itra.co.jp/webmedia/core-update.html

【追記】
今回は、公憤半分、私憤半分の記事になりました。