1.暗殺者の動機
洋の東西を問わず、歴史上政治家を中心に多くの人たちが暗殺されてきました。暗殺の理由は、何に求めれば良いのでしょうか。
あらゆるテロの原因は、テロリストの動機にあります。ある種の通り魔殺人のように、犯罪者が気が触れているような場合は別ですが、テロにしろ、暗殺にしろ、犯人は正気のはずです。
すなわち、あらゆる暗殺の原因は、首謀者(首謀者と実行者は、別人かもしれませんが)の動機にあります。
2.馬渕睦夫氏の暗殺論
雑誌『WiLL』2021年2月号に、陰謀論の大家・馬渕睦夫氏は書いています。
・「ケネディ大統領はテキサス州ダラス市においてオープンカーでパレード中銃撃によって白昼暗殺されました。犯人として共産主義シンパのリー・オズワルドが逮捕されましたが、常識的に考えてこのような大胆な暗殺は情報機関(CIA)や捜査・治安当局(FBIや警察)が関わらないと不可能です。(中略)ケネディ暗殺の理由は、第一に大統領令により政府ドルを発行したことであり、第二に米ソ関係の改善とベトナムからの撤退を計画していたことです。この二つは、ディープステート(金融資本家)に対する真っ向からの挑戦でした」(195頁)
・「南北戦争に勝利したリンカーンは、戦後まもなく暗殺されたのです。このように、暗殺の最大の理由は政府通貨を発行したことです。加えて、アメリカの分裂を策したイギリスの目的がリンカーンによって阻止された腹いせもあったでしょう」(196頁)
3.定説
ウィキペディアの「ケネディ大統領暗殺事件」には、犯人の動機は「不明」となっています。
同大統領暗殺の首謀者は、その理由をどこかで語っているのでしょうか。馬渕氏の言う理由で、つまり第一の理由だけでも、第二の理由だけでもなく、第一と第二の両方の理由で暗殺したと、表明しているのでしょうか。表明ていないのなら、なぜ「ケネディ暗殺の理由は一」と言えるのでしょうか。それに、ケネディ氏暗殺の首謀者は金融資本家だったのでしょうか。その証拠は?
「常識的に考えてこのような大胆な暗殺は情報機関(CIA)や捜査・治安当局(FBIや警察)が関わらないと不可能」だそうですが、なぜCIAやFBIなどが第一と第二の理由のために、ケネディ氏の暗殺に関与したのでしょうか。CIAあるいはFBIが金融資本家の意を受けたからでしょうか。その証拠は?
一方、やはりウィキの「リンカーン大統領暗殺事件」によれば、同大統領は南部連合の支持者ジョン・ウイルクス・ブースによって暗殺されたとあります。「ブースの狙いはリンカーン、スワード、副大統領のアンドリュー・ジョンソンを暗殺することでワシントンを混乱させ、合衆国政府(北部連邦)の転覆を起こすことにあった」と。
それに対して、馬渕氏曰く、「暗殺の最大の理由は一」。
再び、書きますが、リンカーン氏暗殺の首謀者は、「政府通貨を発行」したことと、「アメリカの分裂を策したイギリスの目的がリンカーンによって阻止された」からと、どこかで語っているのでしょうか。
述べているのなら、そのような文書を示すべきでしょうし、述べていないのなら、そう主張する根拠は何なのでしょうか。
ウィキの記述と馬渕氏の主張は、一致していません。
定説は必ずしも正しいとは限りませんが、それを覆そうとするのなら、それなりに証拠なり、論拠なりを示すべきでしょう。馬渕氏はどのような根拠に基づいて、上記のような主張をしているのでしょうか。
真偽不明な歴史的事件を語る場合は、いまだ真相は明らかになってはいないがとか、私の仮説にすぎないがとか断ったうえで、論じるべきでしょう。
ところが、馬渕氏の場合は、そのような但し書きがありません。断定口調です。
4.陰謀論者の特徴
馬渕氏には、<事実>と<事実だと自分が考えること>の区別がついていないのではないでしょうか。そして、それが、陰謀論者に共通の特徴だろうと思います。
それにしても、『WiLL』の読者は、馬渕氏のこのような文章を読んで、その通りだ!と膝を叩いているのでしょうか。叩いているのだとしたら、困ったものです。
【追記】
現在発売中の雑誌『WiLL』2021年8月号に、「『WiLL』創刊200号特別企画 渡部昇一を偲ぶ一知の巨人一」との特集記事があり、三氏が文章を寄せています。その内の一人、織田哲司明治大学教授は書いています。
「2013年の学会では渡部先生自ら講演をされて、(中略)講演の途中で、チェスタトンの友人ヒレア・ベロックへと話題が進み、さらにアメリカの中央銀行にあたるFRBは国際金融資本によって運営されていることとあわせ、リンカーンやJ・F・ケネディはアメリカ政府による独自通貨の発行を試みたため暗殺されたのかもしれないという推論を披露された」(224頁)
「かもしれない」仮説について、証拠を示しえない場合、「推論」と断った上で語るのが賢者ですが、証拠を示せないにも拘らず、事実として語るのは愚者でしょう。(2021・7・10)