核兵器保有国の制限は不当か

1.非保有国の不満

2017年7月核兵器禁止条約(TPNW)が国連で採択され、2019年10月批准国が50カ国に達し、今年1月22日同条約は発効の予定です。
それに対して、核兵器保有国は参加の意向を示していません。

核拡散防止条約(NPT)は、米露英仏支の5カ国には核保有を認めつつ、核軍縮交渉の義務を課す一方、その他の国には核兵器の製造や取得を禁止しました。
しかし、保有国が核兵器の削減を行わないのと、保有国と非保有国との間に不平等があるために、多数の非保有国の不満が禁止条約の発効へとむかわせたのでしょう。

では、5カ国を初めとする少数の諸国にのみ核保有を認める現状は、不当なのでしょうか。そして、そのような状態は正されなければならないのでしょうか。

2.銃の保有者の制限と無制限

現在の日本では、銃の保有に制限があります。
たとえば、狩猟や有害鳥獣駆除などのための銃の所持は例外として、一般市民は、銃の保有が禁じられています。一方、警察官は拳銃の携帯を認められています。
警官が社会の治安維持のために銃を所持しているのは、皆当然と考えていて、それについて文句を言う者は殆んどいません。

もし、一般市民と警察官に銃の非保有と保有の違いがあるのは不平等だと言って、保有の制限を撤廃したらどうなるでしょうか。
保有の制限の撤廃には、二通りの方法があります。一般市民も警官も保有を可にするか、両者とも不可にするかです。前者の実例がアメリカのような銃社会です。そのような社会になることを、日本国民は支持するでしょうか。

では反対に、一般市民も警官も銃の保有が禁じられたら、どうなるでしょうか。
警察官は、暴力団や犯罪者に対して、警棒だけで立ち向かわなければならなくなります。一方、暴力団他は闇で銃を調達する可能性が大いにあります。彼らを逮捕する際、警棒しか手にしていない警官が発砲されたら?

そのような場に直面すれば、いくら日頃から誇りをもって職務に励んでいる警察官たちだって、さすがにたじろぐでしょう。そして、そのような状況が頻発すれば、警官が次第に犯罪に対して見て見ぬふりをするような事態も予想されます。
その結果生まれるのは、警官よりも犯罪集団の方が幅を利かす社会です。

3.全ての国が条約に参加した場合

核兵器禁止条約の最終目標は、すべての国が条約に参加し、核兵器を地上からなくすことでしょう。それが実現したら、どうなるでしょうか。素晴らしい国際社会が生まれるでしょうか。

予想されるのは、一般市民も警察官も銃の保有が認められなくなった社会と同じような状態になることです。普通の、善良な諸国は条約を遵守する一方、邪悪な国家は闇での核兵器調達を画策するでしょう。もしそのような国家が核の調達を目指さないとしたら、その時は既に、国際社会で悪徳国家の力の優位が達成されているからでしょう。

そして、ある日邪悪な国家が核保有を宣言したら?
非核の善良な諸国は、核を保有した邪悪な国家と対峙しなければならなくなります。国際社会の力関係はがらりと変わります。悪徳国家を中心とした「悪の枢軸」が国際社会を牛耳ることになるでしょう。

現在の国際社会は、警察官国家と暴力団国家が核兵器を保有し(どの国がそれぞれに相当するかは書きませんが)、一般市民国家は核を持たないという状況ですが、全ての核をなくすことは、警察官国家の核を取り上げることにつながるでしょう。

進歩主義者(左翼)や空想家が主張する理念を追求したら、彼らが思い描く理想とはまるで異なった社会が現出する、というのが歴史の教訓です。
経済的平等を求めた挙句、共産主義という「大いなる失敗」がもたらされましたが、核兵器なき社会というものも同じでしょう。

4.売春防止法と核兵器禁止条約

核禁条約を批准したメンバーを見れば、何れも自国の力で自国を守れない国ばかりです。彼らは、世界最大の核兵器保有国米国の、パクス・アメリカーナの下にあるから、平和を享受できていることさえ理解しません。

世の中は進歩主義者、空想家ばかりではありません。現実的な人たちもいます。自国及び同盟国を守る責任を持っている国は、同条約に参加したりはしないでしょう。

昭和三十二年売春防止法が施行されましたが、それ以来わが国では売買春は行われなくなったでしょうか。行われなくなったのは、合法的なそれで、非合法な売買春は相変わらず行われているでしょう
売春防止法は、売買春はあってはならない、それが合法なのは許せないという綺麗事主義者の感情を宥めるために存在しているのでしょうか。

核兵器禁止条約も、核兵器は廃絶しなければならないと考える空想的平和主義者のガス抜きのためには有効なのかもしれません。

銃の保有者の制限同様、核保有国の制限も、必ずしも不当だとは言えません。

現実の社会では、売買春と売春防止法が併存しているように、核兵器と核兵器禁止条約だって、これからも末永く共存することでしょう。