三つの流行病(はやりやまい)

現在三つの流行病(はやりやまい)が世を席捲しています。

一つは言わずと知れたコロナですが、後の二つは、

政治的左派のリベラル真理教(差別主義者や暴動を煽る大統領に、言論や表現の自由はない!)

と、

政治的右派の陰謀論(トランプ大統領はディープ・ステートを一網打尽にするため、軍を動員するはずだった!)

です。

皆さん、感染に注意しませう。

木俣正剛氏の「ドーナツ現象」

『週刊文春』、『文藝春秋』の編集長を務めた木俣正剛氏は、「石原慎太郎『コワモテ』の裏側、身近な人が離反しない理由とは」という記事を書いています。
一部を引用します。

「私には長い経験則があります。ドーナツ現象というものです。『時の人』となった人物を見るとき、本物の人ほど、身近な人がずっと身近にい続けて、離れません。ところが、偽物というのでしょうか、時流に乗っただけの人は、身近な人から離れて行きます。ドーナツみたいに真ん中が空洞で、外側の人ばかりが褒めている、そんな人は信用できない。そう思って編集してきました。

田中真紀子さんしかり、小沢一郎さんしかり、身近な人が離反し公に声を上げるような人は、やはりどこか人間として欠けている部分があるのでは、と思ってきました。その点では、石原慎太郎さんや小泉純一郎さんは身近なところから離反者がでません。それを人徳というべきなのでしょうか」

この記事が配信されたのは、昨年10月28日ですが、その前の月に自民党総裁選が行われ、三氏によって争われました。菅義偉氏と岸田文雄氏と石破茂氏です。
石破氏はマスメディアではずいぶん前から人気がありましたが、9月の総裁選では議員票は少なくて、最下位でした。
因みに、都道府県票は、菅氏89票、岸田氏10票で、石破氏は42票です。一方、議員票は、菅氏288票、岸田氏79票に対し、石破氏はわずか26票です。なぜメディアでの人気は高いのに、議員票は少ないのでしょうか。
直に知っている人=身近な人から好かれていないからではないでしょうか。たぶん石破氏も、田中真紀子氏や小沢一郎氏などに近い、外面は良いけれども、内面は悪いと言ったタイプの人なのだろうと思います。

人生経験をある程度積めば、直に知っている人たちから嫌われるような人たちとは、どのような人なのか、おおよそ見当がつくはずです。

田中氏や小沢氏や石破氏のような人たちに声援を送ったり、期待したりした人たちは、外面は良いけれども内面は悪い嫌なヤツ、というのが身近にいた経験はないのでしょうか。

暗殺の理由?

1.暗殺者の動機

洋の東西を問わず、歴史上政治家を中心に多くの人たちが暗殺されてきました。暗殺の理由は、何に求めれば良いのでしょうか。

あらゆるテロの原因は、テロリストの動機にあります。ある種の通り魔殺人のように、犯罪者が気が触れているような場合は別ですが、テロにしろ、暗殺にしろ、犯人は正気のはずです。
すなわち、あらゆる暗殺の原因は、首謀者(首謀者と実行者は、別人かもしれませんが)の動機にあります。

2.馬渕睦夫氏の暗殺論

雑誌『WiLL』2021年2月号に、陰謀論の大家・馬渕睦夫氏は書いています。

・「ケネディ大統領はテキサス州ダラス市においてオープンカーでパレード中銃撃によって白昼暗殺されました。犯人として共産主義シンパのリー・オズワルドが逮捕されましたが、常識的に考えてこのような大胆な暗殺は情報機関(CIA)や捜査・治安当局(FBIや警察)が関わらないと不可能です。(中略)ケネディ暗殺の理由は、第一に大統領令により政府ドルを発行したことであり、第二に米ソ関係の改善とベトナムからの撤退を計画していたことです。この二つは、ディープステート(金融資本家)に対する真っ向からの挑戦でした」(195頁)

・「南北戦争に勝利したリンカーンは、戦後まもなく暗殺されたのです。このように、暗殺の最大の理由は政府通貨を発行したことです。加えて、アメリカの分裂を策したイギリスの目的がリンカーンによって阻止された腹いせもあったでしょう」(196頁)

3.定説

ウィキペディアの「ケネディ大統領暗殺事件」には、犯人の動機は「不明」となっています。
同大統領暗殺の首謀者は、その理由をどこかで語っているのでしょうか。馬渕氏の言う理由で、つまり第一の理由だけでも、第二の理由だけでもなく、第一と第二の両方の理由で暗殺したと、表明しているのでしょうか。表明ていないのなら、なぜ「ケネディ暗殺の理由は一」と言えるのでしょうか。それに、ケネディ氏暗殺の首謀者は金融資本家だったのでしょうか。その証拠は?

「常識的に考えてこのような大胆な暗殺は情報機関(CIA)や捜査・治安当局(FBIや警察)が関わらないと不可能」だそうですが、なぜCIAやFBIなどが第一と第二の理由のために、ケネディ氏の暗殺に関与したのでしょうか。CIAあるいはFBIが金融資本家の意を受けたからでしょうか。その証拠は?

一方、やはりウィキの「リンカーン大統領暗殺事件」によれば、同大統領は南部連合の支持者ジョン・ウイルクス・ブースによって暗殺されたとあります。「ブースの狙いはリンカーン、スワード、副大統領のアンドリュー・ジョンソンを暗殺することでワシントンを混乱させ、合衆国政府(北部連邦)の転覆を起こすことにあった」と。
それに対して、馬渕氏曰く、「暗殺の最大の理由は一」。

再び、書きますが、リンカーン氏暗殺の首謀者は、「政府通貨を発行」したことと、「アメリカの分裂を策したイギリスの目的がリンカーンによって阻止された」からと、どこかで語っているのでしょうか。
述べているのなら、そのような文書を示すべきでしょうし、述べていないのなら、そう主張する根拠は何なのでしょうか。

ウィキの記述と馬渕氏の主張は、一致していません。
定説は必ずしも正しいとは限りませんが、それを覆そうとするのなら、それなりに証拠なり、論拠なりを示すべきでしょう。馬渕氏はどのような根拠に基づいて、上記のような主張をしているのでしょうか。

真偽不明な歴史的事件を語る場合は、いまだ真相は明らかになってはいないがとか、私の仮説にすぎないがとか断ったうえで、論じるべきでしょう。
ところが、馬渕氏の場合は、そのような但し書きがありません。断定口調です。

4.陰謀論者の特徴

馬渕氏には、<事実>と<事実だと自分が考えること>の区別がついていないのではないでしょうか。そして、それが、陰謀論者に共通の特徴だろうと思います。

それにしても、『WiLL』の読者は、馬渕氏のこのような文章を読んで、その通りだ!と膝を叩いているのでしょうか。叩いているのだとしたら、困ったものです。

佐藤優氏と核兵器禁止条約

朝日新聞には、「核といのちを考える  核禁条約 発効へ」というテーマの記事が連載されているようです。昨年12月30日付同紙には、「作家・元外務省主任分析官」佐藤優氏が登場しています。最後に、(編集委員・副島英樹)と署名がありますから、副島氏が佐藤氏にインタビューをして、まとめた記事なのでしょう。
そこで、佐藤氏は語っています。所々引用し、それに対して論評します。

・「核兵器は絶対悪と言っていいと思います。もちろん私も元外交官ですから、抑止という考えは分かります。しかし、それが必ずしも機能するかということは怪しい」

もし抑止が絶対に機能していないと断言できるのなら、「核兵器は絶対悪と言っていい」かもしれません。しかし、「それが必ずしも機能するかということは怪しい」というのは、ひょっとしたらそれは機能しているかもしれないということなのですから、絶対悪とは言えないということになるでしょう。
それと、「それが必ずしも機能するかということは怪しい」というのは、日本語としておかしくはないでしょうか。「それは必ずしも機能しない」か、「それが機能するか(どうか)は怪しい」とすべきではないでしょうか。

・「自公連立政権の中で、核廃絶は意外と大きなウェートがある。核廃絶は創価学会の絶対的な真理です」

核廃絶は創価学会の絶対的な「理想」であるかもしれませんが、「真理」ではありません。「絶対的な真理」という言葉は、次のように使用すべきです。
核兵器より優れた兵器が生まれるまでは、同兵器廃絶の可能性が0%なのは、「絶対的な真理です」。
創価学会では真理という言葉を、上記のように用いているのかもしれません。が、朝日新聞は聖教新聞ではないのですから、一般世間の語法に従うべきでしょう。

・「シニシズム(冷笑主義)に陥ってはいけない。それこそ、冷戦時代に米ソが中距離核戦力(INF)全廃条約を結んだ時も、できるはずないとみんな言っていたわけですから」

INFに関しては知りませんが、冷戦時代であろうと何時代であろうと、国家を守るために必須ではない兵器の廃絶は可能ですが、必要な兵器の場合は、廃絶は不可能です。
核兵器が国家を守るために不可欠な兵器である限り、あるいはそれが時代遅れの兵器にならない限り、同兵器の廃絶は無理です。

・「核禁条約の根っこにあるのはヒューマニズムです」

私も、自分はどちらかと言えば、ヒューマニストだと考えていますが、日本が核兵器禁止条約に参加するのは反対です。「核禁条約の根っこにあるのは」、敢えて言わせてもらうなら、人間性と政治に対する理解の低さです。
核兵器廃絶論者たちは、必勝の信念があれば戦争に勝てると信じた、戦前のある種の人たちと同型の人たちなのだろうと思います。
信じて行えば、必ず核兵器の廃絶はできるに違いない!

・「脅威というのは、『意思×能力』です。北朝鮮との関係では、能力より意思をなくす方が現実的でリスクが少ない」

どのようにすれば、北朝鮮の対外的威圧行動の意思をなくすことができるのでしょうか。
普通の民主主義国家でさえ、政府の意思は変動しえます。ましてや、独裁主義国家の場合はなおさらでしょう。独裁者及びその取り巻きの意思は刻々と変化しているかもしれません。いくら脅威の「意思をなくす」努力をしたところで、ある日それは突然ひっくり返るかもしれません。独裁者心と秋の空。
とするなら、これまでも多くの論者が語ってきたように、意思よりも能力を基準に、北朝鮮の脅威に対処すべきだろうと思います。

ところで、佐藤氏はキリスト教徒でありながら、仏教の信徒団体である創価学会のファンであるらしい。学会系の雑誌『潮』に連載もしているようです。
私はどうも、氏が学会を利用しているように思えてなりません。
何のために?集客か政治のために。

集客とは言うまでもなく、著書や文章の拡販のためです。では、政治のためとは何でしょうか。
「抑止という考えは分かります」と言っておきながら、なぜ「核兵器は絶対悪と言っていいと思います」などと述べるのでしょうか。「核廃絶」を「絶対的な真理」だと考える学会への迎合のためではないでしょうか。
自民党もしくは日本の更なる右傾化をくい止めたいと考える佐藤氏が、その歯止めの役割を期待して、外部から影響力を行使するため、創価学会・公明党に接近している、というのが私の仮説です。


核兵器保有国の制限は不当か

1.非保有国の不満

2017年7月核兵器禁止条約(TPNW)が国連で採択され、2019年10月批准国が50カ国に達し、今年1月22日同条約は発効の予定です。
それに対して、核兵器保有国は参加の意向を示していません。

核拡散防止条約(NPT)は、米露英仏支の5カ国には核保有を認めつつ、核軍縮交渉の義務を課す一方、その他の国には核兵器の製造や取得を禁止しました。
しかし、保有国が核兵器の削減を行わないのと、保有国と非保有国との間に不平等があるために、多数の非保有国の不満が禁止条約の発効へとむかわせたのでしょう。

では、5カ国を初めとする少数の諸国にのみ核保有を認める現状は、不当なのでしょうか。そして、そのような状態は正されなければならないのでしょうか。

2.銃の保有者の制限と無制限

現在の日本では、銃の保有に制限があります。
たとえば、狩猟や有害鳥獣駆除などのための銃の所持は例外として、一般市民は、銃の保有が禁じられています。一方、警察官は拳銃の携帯を認められています。
警官が社会の治安維持のために銃を所持しているのは、皆当然と考えていて、それについて文句を言う者は殆んどいません。

もし、一般市民と警察官に銃の非保有と保有の違いがあるのは不平等だと言って、保有の制限を撤廃したらどうなるでしょうか。
保有の制限の撤廃には、二通りの方法があります。一般市民も警官も保有を可にするか、両者とも不可にするかです。前者の実例がアメリカのような銃社会です。そのような社会になることを、日本国民は支持するでしょうか。

では反対に、一般市民も警官も銃の保有が禁じられたら、どうなるでしょうか。
警察官は、暴力団や犯罪者に対して、警棒だけで立ち向かわなければならなくなります。一方、暴力団他は闇で銃を調達する可能性が大いにあります。彼らを逮捕する際、警棒しか手にしていない警官が発砲されたら?

そのような場に直面すれば、いくら日頃から誇りをもって職務に励んでいる警察官たちだって、さすがにたじろぐでしょう。そして、そのような状況が頻発すれば、警官が次第に犯罪に対して見て見ぬふりをするような事態も予想されます。
その結果生まれるのは、警官よりも犯罪集団の方が幅を利かす社会です。

3.全ての国が条約に参加した場合

核兵器禁止条約の最終目標は、すべての国が条約に参加し、核兵器を地上からなくすことでしょう。それが実現したら、どうなるでしょうか。素晴らしい国際社会が生まれるでしょうか。

予想されるのは、一般市民も警察官も銃の保有が認められなくなった社会と同じような状態になることです。普通の、善良な諸国は条約を遵守する一方、邪悪な国家は闇での核兵器調達を画策するでしょう。もしそのような国家が核の調達を目指さないとしたら、その時は既に、国際社会で悪徳国家の力の優位が達成されているからでしょう。

そして、ある日邪悪な国家が核保有を宣言したら?
非核の善良な諸国は、核を保有した邪悪な国家と対峙しなければならなくなります。国際社会の力関係はがらりと変わります。悪徳国家を中心とした「悪の枢軸」が国際社会を牛耳ることになるでしょう。

現在の国際社会は、警察官国家と暴力団国家が核兵器を保有し(どの国がそれぞれに相当するかは書きませんが)、一般市民国家は核を持たないという状況ですが、全ての核をなくすことは、警察官国家の核を取り上げることにつながるでしょう。

進歩主義者(左翼)や空想家が主張する理念を追求したら、彼らが思い描く理想とはまるで異なった社会が現出する、というのが歴史の教訓です。
経済的平等を求めた挙句、共産主義という「大いなる失敗」がもたらされましたが、核兵器なき社会というものも同じでしょう。

4.売春防止法と核兵器禁止条約

核禁条約を批准したメンバーを見れば、何れも自国の力で自国を守れない国ばかりです。彼らは、世界最大の核兵器保有国米国の、パクス・アメリカーナの下にあるから、平和を享受できていることさえ理解しません。

世の中は進歩主義者、空想家ばかりではありません。現実的な人たちもいます。自国及び同盟国を守る責任を持っている国は、同条約に参加したりはしないでしょう。

昭和三十二年売春防止法が施行されましたが、それ以来わが国では売買春は行われなくなったでしょうか。行われなくなったのは、合法的なそれで、非合法な売買春は相変わらず行われているでしょう
売春防止法は、売買春はあってはならない、それが合法なのは許せないという綺麗事主義者の感情を宥めるために存在しているのでしょうか。

核兵器禁止条約も、核兵器は廃絶しなければならないと考える空想的平和主義者のガス抜きのためには有効なのかもしれません。

銃の保有者の制限同様、核保有国の制限も、必ずしも不当だとは言えません。

現実の社会では、売買春と売春防止法が併存しているように、核兵器と核兵器禁止条約だって、これからも末永く共存することでしょう。