1.定義
ウィキペディアによれば、ディープ・ステート(deep state)とは、
「アメリカ合衆国の政治が陰で操られているとするもので、影の政府や国家の内部における国家と重複する。政治システムの中に共謀と縁故主義が存在し、合法的に選ばれた政府の中に隠れた政府を構成していることを示唆するもの」
だそうです。
「影の政府や国家内部における国家と重複する」というのは、日本語としておかしいですが、また、次のような記述もあります。
「ドナルド・トランプ大統領や側近は、高級官僚の一部がトランプを大統領として認めず、ディープステートを形成して弱体化を図っているとの陰謀説を唱えてきた」
2.馬渕睦夫氏のディープ・ステート論
元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏は、雑誌『WiLL』2020年12月号に、「世界の運命を決める戦い」と題する一文を寄せています(227ー235頁)。
ところどころ引用します。
・「世界統一を狙うDS(ディープ・ステート、以下同じ)」
・「国際金融資本を核としたDS」
・「DSはトランプ再選を阻もうと民主党やメディアを裏から操っています」
・「DSの意向を受ける米メディア」
・「『トランプ降ろし』は、トランプ圧勝に対する焦りの裏返しで、DSとメディアの断末魔に過ぎません」
・「今から四年前、それまでDSが政府を支配してきたアメリカ」
・「グローバリズムで世界統一を目論むDS」
・「東欧カラー革命、アラブの春、ウクライナ・クリミア危機・・・・・・不正によるクーデター革命の裏には、常に仕掛け人のDSがいる」
・「万が一、不正投票でトランプ大統領が敗れれば、(中略)アメリカ政府は再びDSの手に堕ちることになる」
・「DSの正体はアメリカの人口の2(原文は、二)%にも満たないユダヤ系の中の左派です」
・「いとも容易く(フリン氏を)逮捕できたのは、FBIをDSが操っていたからです」
・「日本も『対岸の火事』ではありません。すでに、DSの影響力が奥深くまで浸透し、日本の弱体化を進めています」
・「敗戦から七十五年、左翼でなければ大学に残ることができないほど、日本の学問は左翼の巣窟として腐敗してしまいました。これも一種のDSによる日本弱体化計画の一環です」<( )内、いけまこ>
陰謀言説のオン・パレードです。馬渕氏は、これらの主張の正しさを証明できるのでしょうか。
まともな言論誌に、このような際物が掲載されていることに驚かされますが、それはともかく、ウィキによれば、ディープ・ステートとは、「政府の中に隠れた政府を構成」「高級官僚の一部」ですが、馬渕氏によれば、「国際金融資本を核とした」人たちだという。
DSという言葉は同じでも、それが指す対象が違っています。なぜでしょうか。
3.ディープ・ステートの構成員は特定できるか
馬渕氏の文章の一つを、再び引用します。
「DSの正体はアメリカの2%にも満たないユダヤ系の中の左派です」
ディープ・ステートの構成員は特定できるのでしょうか。それに相当する人たちは、自分がその構成員であることを、認識しているのでしょうか。あるいは、彼には他の構成員が誰なのが分かっているのでしょうか。
それらが分かっていなければ、共通の目標を持ち、それに向かって統一的行動をとれるはずがありません。また、彼らの間で、意見の対立はないのでしょうか。
ディープ・ステートのメンバーが誰なのか明確ではない!これこそが、それが陰謀論であることの証拠でしょう。
ディープ・ステートがアメリカ政治を操っているとの話は、フリーメイソンが世界を支配しているのたぐいと同様の、トンデモ論だと思います。
4.岡崎久彦氏のアメリカの政策決定論
以前引用したことがありますが、元駐タイ大使の岡崎久彦氏は書いています。
「アメリカの政策を論じる場合、『アメリカはこう考えていた』という記述はほとんど必ず間違いである。アメリカの民主主義の下では、『アメリカ一』なるものはない。大統領も政府も議会も世論も、それぞれ異なった意見を持ち、それがチェック・アンド・バランスの過程を通じてだんだんと政策を形成するのがアメリカである。統参議長の言論一つを証拠として、『アメリカはこう考えていた』などというのは、アメリカを知らない者の誤りである」(『幣原喜重郎とその時代』、PHP文庫、56-57頁)
岡崎氏のこの言は正しいと思います。大統領、政府、議会、世論、その他政党やメディアが、「それぞれ異なった意見を持ち、それがチェック・アンド・バランスの過程を通じてだんだんと政策を形成するのがアメリカ」なのでしょう。
「綱引きは、2つのチームが一本の綱をお互いの陣地に向けて引き合い、その優劣を競う競技」(ウィキ)ですが、アメリカは、と言うよりも普通の民主主義国家は、どこの国であれ、政策決定は多数のチーム(社会勢力)が多数の綱をお互いの陣地に向けて引き合う競技のようなものでしょう。
独裁主義国家だって、独裁者の一存だけで政策決定はなされていないでしょう。
国内の様々な社会勢力の意見の方向とそれぞれの力の大きさの合力によって、国家の進む方向が決められているのだと思います。
5.陰謀論が生まれる理由
個人の場合は、ある人物の動機に従って行動がなされ、結果が生じるので、動機と結果の関係はある程度合理的ですが、国家全体の場合では、政治の進む方向は多数の社会勢力が引っ張る多数のロープの結び目の動きのようなもので、それは、必然的にジグザグな軌跡を描きます。
だから、実際の政治では、往々にして誰の意図とも違った結果が生まれます。そこに、陰謀論が付け入る隙が生じる。
事前にどの勢力が言っていた通りにもなっていない。ということは、誰かが影で操っているに違いない!
歴史を眺めると、後の時代の人たちは、前の時代の人たちが非合理な政治的決定を下しているように見えるでしょうが、それは国家の意思決定が、多数の社会勢力による多数のロープの引っ張り合いによって行われていて、一人の人間の行為の動機と結果のように、なされていないからではないでしょうか。
6.蛇足ながら
この記事は、「ディープ・ステートという陰謀論」という題名にしましたが、ディープ・ステートというのは言葉であって、「論」ではありません。なので、ディープ・ステートという陰謀論者の常套語、とする方が適切でしょう。
【追記1】
言うまでもありませんが、今年の米大統領選挙で不正があったかどうか、日米のマスメディアやSNS媒体が言論や表現の自由を抑圧しているかどうかという問題と、ディープ・ステートという概念が有効であるかどうかは無関係です。
【追記2】
本文では、『WiLL』掲載の論文をくさしましたが、例えば同誌2021年1月号の、筑波大学名誉教授古田博司氏と日本再興プランナー朝香豊氏の対談「できる人ほどサヨクにとらわれて朽ちるのは何故か」は面白いです。一部を引用します。
古田氏曰く、
「彼ら(左翼)がアジア贖罪の象徴としているのが姜尚中や柳美里ですよ。この二人は在日韓国人の“虚像”にすぎない。
韓国は文化の“層”が薄いから、二世になるとたちまち日本人化する。これ、柳美里の小説を読んで気がついた。おたまで鍋の灰汁をすくう描写が出てきたけど、韓国人にそんな文化はない。
日本人化したからやっているわけで。日本にいる在日韓国人の二世・三世は、とても日本人的ですよ。でも姜尚中や柳美里は、虚像をつくって日本人化してないかのようにふるまう。
偽韓国人であり、同時に偽在日韓国人です」(216-217頁)