1.禁酒法
アメリカで、アルコール飲料の製造、販売、輸送と輸出入を禁じる禁酒法が、1919年1月に成立し、翌20年1月に施行されました。
酒を原因とする家庭内暴力や貧困という問題があって、それを阻止するのが元々の目的だったようです。
「元野球選手で、禁酒推進に貢献したビリー・サンデーは、1万人の聴衆を前にこう語った。『今夜、午前0時を回れば、新しい国が生まれます。明晰な考えと好ましいマナーの時代が始まるのです。スラム街はすぐに過去の遺物になるでしょう。刑務所や少年院は空っぽになり、工場へ姿を変えます。男性たちは皆まっすぐに歩き、女性たちは皆ほほ笑み、子どもたちは皆笑い声を上げるでしょう。地獄の門は、永遠に閉ざされたのです』」(注)
ウィキペディアによれば、禁酒法は革新派、女性、南部人、農村地帯の人々、アフリカ系アメリカ人、クー・クラックス・クラン(KKK)までも、「それが社会を改善すると信じて支持した」そうです。
禁酒法の実施は、「高貴なる実験」と呼ばれました。
ところが、同法が実施された後、酒の密輸や密造、闇酒場が横行、それで儲けるマフィアが台頭し、あるいは彼らの間で暴力沙汰や殺人などが頻発しました。
それで、世論は禁酒法反対に転じ、1933年同法は廃止されました。
現代では、「高貴な実験」について、「皆笑い声を上げ」ています。
2.核兵器禁止条約
核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用などを禁じる核兵器禁止条約を、8月6日アイスランド、ナイジェリア、ニウエの3か国が批准しました。発効に必要な50か国まで、あと7か国になったということで、先日ニュースになりました。
核兵器禁止条約が成立し、それが実施された場合、新しい世界が生まれるのでしょうか。核兵器問題における「地獄の門は、永遠に閉ざされ」るでしょうか。
生まれてしまった以上、核兵器製造の知識をなくすことはできません。
また、核兵器をなくしたところで、各国間の対立はなくなりはしませんから、近隣国に対して通常戦力で劣る国は、密造核を製造するかもしれません。しかも、情報統制されているために、自由民主主義体制の国よりも、独裁主義体制の国の方が密造核の製造は容易です。
正直な民主主義国は条約を遵守し、不正直な独裁主義国は秘密裏に核兵器を製造するようになればどうなるでしょうか。国際社会はマフィア国家の力が強大化することになるでしょう。
酒は悪いばかりではありません。それにも効用もあります。そのマイナス面ばかりを見て、プラス面を見ないから、あるいは人間性がそれを必要とすることを考えないから、予想外の結果が生まれたのです。
核兵器も、同様効用があります。
その効用とは、国家の価値を守ることにあります。国家の主権や領土、国民の生命や財産、自由や民主主義などの(独裁国なら、独裁者や独裁政党の権力維持などの)政治的価値を守っている面もあるのです。国産の核が無理なら、同盟国の核を利用してでも自国の価値を守らなければなりません。国家の価値を守る他の方法が発見されない限り、核兵器は必要とされます。
現実を眺めれば、世界の平和は主としてアメリカの、核兵器を含めた軍事力によって、あるいは、米国とその他の大国間のバランス・オブ・パワーによって、守られています。
核兵器廃絶論者の人たちは、現に世界には非核兵器地帯がいくつかできているではないかと言うかもしれませんが、それらだって、実は世界が基本パクス・アメリカーナの下にあり、米国およびその他の大国がそれを認めているから(非核兵器地帯に属する国々が、核に対する野心を持たない方が都合が良いから)、実現できているのです。
核兵器禁止条約は、たとえ成立したとしても、禁酒法の二の舞になるだろうと思います。それは時を置かず破綻するでしょう。
禁酒法は14年間続きましたが、核禁条約は何年間保つでしょうか。
核兵器禁止条約に幻想を抱いている人たちは、早く酔いから覚めて欲しいと思います。
(注)https://style.nikkei.com/article/DGXMZO54893860X20C20A1000000/