道徳の不遡及の原則のすすめ

1.法の不遡及の原則とは

法の不遡及の原則というのがあります。
ウィキペディアから引用しましょう。

「法令は施行と同時にその効力を発揮するが、原則として将来に向かって適用され法令施行後の出来事に限り効力が及ぶのであり、過去の出来事には適用されない。これを法令不遡及の原則という」(1)

もっと分りやすい説明を引きます。

「新たに制定された法律(事後法)は、その制定以前にさかのぼって適用してはならない、という原則。法律不遡及(そきゅう)の原則ともいう」(2)

日本国憲法にも、当然その規定があります。

「第三九条 【刑罰法規の不遡及、二重刑罰の禁止】
何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任は問われない、又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」

この原則は、文明国であればあるほど厳格に実施され、非文明国であればあるほど、法的な規定がないか、あっても反故にされていることでしょう。

2.道徳の不遡及の原則とは

文明国では、法の不遡及の原則は確立されています。逆に言うなら、それが確立されていない国は文明国ではありません。
そして、文明国では、それに加えて、道徳(倫理)の不遡及の原則というものも確立される必要があるでしょう。

道徳の不遡及の原則とは、次のようなものです。
何人も、実行の時に倫理に反すると見做されなかった行為については、道義的な責任は問われない、言い換えるなら、社会通念上、その時代に非道徳的だとされていなかった行為または制度を、後の時代に生まれた価値観に基づいて道義的に非難してはならない、という原則です。
現在の価値観によって、過去を裁いてはなりません。

たとえば、それが不当だとは考えられていなかった時代の戦争や、大国の小国に対する侵略や吸収合併。それが当たり前だと考えられていた時代の奴隷制、大航海時代以来の西洋諸国による中南米、アフリカ、アジアに対する植民地支配。

たとえ今日から見て、過去に行われていたことが如何に非道徳的あるいは理不尽に思われるにしても、過去の問題はその時代の道徳観によってのみ評価すべきです。現代の私たちが、現在の倫理観に基づいて、過去を断罪してはなりません。

奴隷制が当然だった時代、ある偉大な思想家がそれを道徳的に非難する発言を行っていたとしても、それは彼に先見の明があったことを意味するだけで、世間の大勢は蒙昧主義の中にあった訳ですから、偉人の視点でもって、現在の私たちが過去の行為や制度を非難することはできません。

3.なぜ道徳の不遡及の原則が必要なのか

では、なぜ道徳の不遡及の原則が確立される必要があるのでしょうか。
この原則を無視することによって、国内的および国際的な紛争が、最悪の場合には流血の事態の発生が予想されるからです。

(1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E3%81%AE%E4%B8%8D%E9%81%A1%E5%8F%8A
(2)https://kotobank.jp/word/%E4%BA%8B%E5%BE%8C%E6%B3%95%E3%81%AE%E7%A6%81%E6%AD%A2-73110