なぜ反日日本人になるのか

1.リトマス試験紙

戦前の時代は、とりわけ大東亜戦争は、わが国にとって不幸な時代でした。
しかし、考えようによっては、その不幸な時代も日本にとっては貴重です。何よりもそれは、反日的日本人と愛国的日本人とを見分けるリトマス試験紙になるからです。

戦前の歴史を「自分のこと」、「自分のもの」と考えることに耐えられない人たちが、反日的日本人になります。

2.日本共産党

戦後七十年以上が経過して、さすがにその神通力は失われましたが、大東亜戦争でのわが国の人的物的被害が大きかったため、<侵略戦争に唯一反対した党>との日本共産党の売り文句も、戦後の長い期間、それなりに国民を惹きつけました。
戦時中戦意高揚のため、愛国を叫ぶ者は沢山いたでしょうが、その被害を考えれば、戦争に反対した党こそが、真の愛国者の政党であったというのが共産党の論理でしょう。

ところで、<侵略戦争に唯一反対した党>にとって、戦前は暗黒であればあるほど、戦争が悲惨であればあるほど好都合です。国家権力の烈しい弾圧に抵抗し、戦争に反対し続けた立派な党ということになるからです。

今日もなお第二次世界大戦に関しては、戦勝国史観が主流で、敗戦国は実態よりも悪く評価されています。つまり、敗戦国の冤罪は幾多あります。そして、それは晴らされないままです。

党勢の拡大のためなら、戦前日本が実態よりも暗黒である方が好都合な政党、そのような政党から、わが国の歴史的冤罪を晴らすような動きが生じるでしょうか。生じる訳がありません。
自国の歴史上の濡れ衣を晴らそうとしない政党が、真の愛国者の政党でありうるでしょうか。

3.左派メディア

メディアの仕事の二本柱は報道と言論です。
正確な報道を本務とし、それと矛盾しない限りで言論を行うべきです。

ところが、わが国の左派メディアは本末が転倒していて、自社の政治的意見を通すのが主で、正確な報道は従になっています。彼らは自社の政治的意見と矛盾しない限りでの報道しか行いません。
なぜ正確な報道が二の次なのでしょうか。本来のジャーナリストよりも、運動家に近いからでしょう。

左派メディアの社員たちは、共通した明確な目的を持って行動しているというよりも、職場の漠然とした、進歩的な空気に従って行動していると思われます。
彼らの考えるおおよその目的は、<戦後平和主義を守る><日本を戦争のできる国にしない><日本を再び軍事大国にしない>のたぐいでしょう。そして、それらの目的の完遂のためなら、事実を曲げることも厭(いと)いません。

目的に不利な情報には「報道しない自由」を行使しますし、つまり、確かでも不利な情報は報じないし、有利な情報は真偽があやふやでも報じます(韓国済州島で慰安婦狩りを行ったという吉田清治虚偽報道はその典型)。要するに、「角度をつけた」報道が為されます。

左派メディアは一応ジャーナリズムではあるけれども、事実より平和が優先!なのです。
もっとも、真の平和ではなく、彼らの考える「平和」にすぎないのですが。そして、その平和のためなら、事実を報じなくても良いと考える。
南京事件や慰安婦問題など、いわゆる歴史認識問題で、左派メディアが正確な報道を行ったことがあるでしょうか?いつも自国にとって有利な、肝腎な事実は報じません。

共産党同様、左派メディアにとっても戦前の日本は、実態よりも暗黒である方が好都合なのです。
たとえ事実でなくても、国民の多数が信じて反省すれば、防衛力・額の増強・増額を阻止できるし、その方が平和に資すると考えるからです。
だから、左派メディアは自国の冤罪を晴らすような報道や言論を行わないのです。

4.反日派と愛国派

歴史的濡れ衣を晴らそうと考えるのが真の愛国者です。
それに対して、党や運動や社論の伸張のために、濡れ衣を温存、あるいは利用しようとするのが、偽りの愛国者、すなわち反日派です。

5.反日派の分裂思考

左派政党の党員にしろ、左派メディアの社員にしろ、自分や家族が冤罪事件に巻き込まれたら、無実を主張するでしょうし、有能な弁護士を雇ったりして、無実を勝ち取るために戦うでしょう。
それなのに、彼らは自国の冤罪に関して、全く戦おうとしません。むしろ、有罪に持ち込もうとして奮闘する。
なぜでしょうか。

自分や家族には愛情を持つけれども、自国には愛情を持たないからです。
それは矛盾であり、そのような思考は異常なのだということに気がつかないから、反日的日本人はいつまでも反日的日本人のままなのです。

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