1.米民主党地方委員長の嘆き
2017年11月16日付朝日新聞に、「米民主党 苦悩の背景」と題するインタビュー記事が掲載されました。受けているのは「民主党敗北を警告していたラストベルトの党委員長」です。
インタビュアーである同紙のニューヨーク支局員氏は、記事の冒頭に書いています。
「トランプ米大統領の当選が突きつけたのは、労働者の支持をつなぎとめられない米民主党、リベラル派の姿だ」
その記事の中で、「オハイオ州マホニング郡の民主党委員長」デビッド・ベトラス氏は語っています。少々長いですが引用します。
「民主党はブルーカラー労働者の暮らしを以前ほど気に掛けなくなった。(中略)労働者の関心は、よい仕事があるか、きちんと家族を養えるか、子の誕生日にパイを用意できるか、教育を用意できるか、十分な休暇を取れるか、自分の仕事に誇りを持って引退できるかです」
それなのに、
「労働者たちに民主党は『労働者、庶民の党』と伝えてきたが、民主党や反トランプ派からはメディアを通じて(性的少数派の人々が)男性用、女性用どっちのトイレを使うべきか、そんな議論ばかりしているように見えた。私が選挙中に聞かされたのは『民主党は雇用より(性的少数者の人々の)便所の話ばかりしている』という不満だったのです。(中略)順番を間違えてはいけない。雇用や賃金などの労働問題は、万人にとって最大の関心事。これが中央にあるべきです。夕食の卓上を想像して下さい。人工妊娠中絶や性的少数者の権利擁護、『黒人の命も大切だ』運動など、今のリベラル派が重視する争点はどれも大切ですが、選挙ではメインではなく、サイドディシュです。卓上の中央は常に肉か魚で、労働者の雇用と賃金という経済問題であるべきです。トランプ氏が『今晩のメインは大きなステーキです』と売り込んでいるときに、民主党は『メインはブロッコリー。健康にいい』と言っているように聞こえてしまったのです」
実に面白い指摘です。
2.左翼の変容
冷戦時代に左翼といえば、社会主義者、共産主義者のことでした。
冷戦が終了してから、約三十年が経過しました。いつの間にか、社会・共産主義者は左翼の少数派に転落し、今日その多数派にして主流派はリベラルです(「左翼としてのリベラル」)。
左翼政党の主流派が社会・共産主義者からリベラルへ移行するうちに(元々有力な社会主義政党がなかったアメリカは、ずっと民主党でしたが)、左翼が共に戦うべき相手=彼らが救済すべき対象、も変質してしまったのです。
3.救済の対象
「万国のプロレタリア団結せよ!」
冷戦時代、社会・共産主義者が救済の対象にしたのは労働者階級でした。日本社会党も日本共産党も、労働組合を支持基盤にしていましたし、「ブルジョア政党」から政権を奪うことを目標にしていました。
ところが、マルクス主義者の予想に反して、第二次世界大戦後の先進資本主義国は経済的に発展し、労働者の生活水準も向上しました。
それは日本も同じです。
わが国では、いまや公務員や大手企業の正社員は特権層です。救済すべき対象が特権層化したので、左翼政党が戦意を喪失したのかもしれません。
もっとも、1990年代から非正規雇用の問題が新たに発生しました。
労働者階級の救済を目的とする左翼は、当然非正社員や中小企業の労働者のために、彼らと共に戦うものとばかり思っていました。
少子化の大きな原因の一つは、生活が安定しない非正社員が結婚に踏み切れないことにあるのは明らかですから。
ところが、実際はそうはなりませんでした。
冷戦後、社会・共産主義者、とりわけ社会主義者の多くが、リベラルへ転向して行きました。日本社会党の消滅がそれを良く表しています。
そして、リベラル派が救済の対象にしたのは労働者階級ではありません。社会的少数派・弱者です。
外国人参政権や夫婦別姓や同性婚を求める人たち、女性、LGBT、移民ないし外国人労働者・・・・アメリカなら黒人。
リベラルの主張の中心は、マイノリティの権利拡大なのです。
どうりで、問題が発生してからずいぶん時間が経つのに、非正規雇用の、つまり格差の問題が一向に改善されないはずです。
冷戦時代の左翼(社会・共産主義者)が社会のマジョリティ(多数派)を救済の対象にしていたのとは違って、現在の左翼(リベラル)が救済の対象にしているのは、マイノリティ(少数派)なのです。
4.なぜ政権に就けないのか
わが国のリベラル政党にしろ、米民主党にしろ、なぜ選挙に弱いのでしょうか。なぜ政権を握れないのでしょうか。
日本の場合は、鳩山由紀夫、菅直人民主党の政治が余りにも酷かったせいもありますが、マジョリティよりもマイノリティを優先、だからでしょう。少数派を支持基盤にしているのだから、選挙に勝てないはずです。外国人に選挙権はありませんし、女性を含めたマイノリティの人たちも、必ずしも政治的にリベラル派支持ではありませんから。
政権を狙うのなら、マジョリティを味方につけるのが王道です。政権選択選挙で勝とうと思うのなら、マジョリティの問題を「卓上の中央」に据えるべきです。
日米ともに労働組合の組織率が低下しているとのことですが、それは労働者の特権層が減少し、非特権層が増加しているということでしょう。
左翼は、後者を支持基盤の中心に据えることを考えるべきだと思います。
万国の左翼の皆さん、非特権労働者のために奮闘せよ!
(注)
因みに、右派が救済の対象にしているのは、社会・共産主義者によればブルジョア階級ということになっていますが、当の右派からすれば国民全体です。冷戦時代から、右派は階級政党ではなく国民政党を標榜しています。
すなわち、しっかりマジョリティを対象にしています。
5.政権に就いてはいるけれど
日米では、リベラル派は政権に就いてはいません。が、両国でも、あるいは欧州の先進諸国でも、彼らは敗北しているでしょうか。
進歩主義者は永遠です。そして、いつの時代でも進歩派によるイデオロギー攻勢は続いています。
社会主義思想が流行していた時代、学界、政界、官界、法曹界、経済界へ、無意識的であれそれが蔓延して行ったように、たとえ現在保守政党が政権を担っているにしても、リベラル・イデオロギーが浸透し、保守派の中にもそれに感染する者が現れます。
新思想・潮にかぶれ易いメディア界(戦時中は戦意高揚、戦後は平和主義、戦前戦後を通じて社会主義熱)は、とりわけリベラル派が牛耳っていて、保守的主張(夫婦別姓、同性婚、移民反対他)に対して攻撃を加えます。安倍首相にしろ、トランプ大統領にしろ、左派メディアから病的に嫌われているのがその証拠です。一方で、進歩的主張に対して疑義を呈する意見には、容赦がありません。
昨年LGBTに関する発言を行った杉田水脈議員に対するバッシングがありましたが、たとえその主張が正しいと思ってもメディアと世論による袋叩きに遭うのを恐れて、あるいは、差別的発言に言論の自由はないとの(「差別的」であるかどうかは彼らが決めます)リベラル派による反リベラリズム的攻撃も加わって、保守派も発言を自粛して行きます。
そのようにして、保守政党でありながら、進歩思想に感染した、あるいはそれに無抵抗な政党ができ上がり、その政党自らが進歩的政策を実施します。
その典型が、移民の大量受け入れを行ったドイツのメルケル政権です。
保守政党がリベラル思想に感染したまま政権に就き、政治を運営している、それは保守政治なのでしょうか。
6.左傾した保守政党が政権を担う国では
「左翼としてのリベラル」の第五節に書きました。
「近年欧米における二大政党制の揺らぎが指摘されたりするけれども、それは左派が左派としての役割(たとえば格差の是正)、右派が右派としての役割(たとえば外国移民の制限)をはたしていないからではないだろうか」
「右派が右派としての役割をはたしていない」保守政党が政権を担っている国では、政権党よりもさらに右の政党が出現します。
たとえば、ドイツの、ドイツにおける選択肢(AfD)であり、フランスの国民連合(FN)です。
一応右派が右派としての役割を果たしているから、日本では自民党よりも、アメリカでは共和党よりも右寄りの政党が生まれないのだと思います。