清水幾太郎氏の核武装論?

国会議員、とりわけ政府の要職にある人物や与党の幹部たちにとって、公の場での核の論議は、今なおタブーです。一方、保守言論の世界では、核武装論は珍しくなくなりました。
ところが、四十年ほど前の、1980年頃は、その世界でも、核武装論は皆無だったのではないかと思います(注)。
そういう時代に発表されたのが、清水幾太郎氏の雑誌論文「核の選択」であり(『諸君!』1980年7月号掲載)、その後、その論文に「軍事科学研究所」による第二部が追加されて、単行本となって出版されたのが『日本よ 国家たれ  核の選択』(文藝春秋、1980年刊)です。

(注)
もっとも、核武装論よりも、さらにラディカル(根本的)な核兵器廃絶不可能論を、たとえば福田恒存氏はそれよりもさらに四半世紀以上前に語っていました(「戦争と平和と」『平和の理念』所収、新潮社)。

1960年の日米安保条約の改定において、安保反対の闘士で「平和主義者」だった清水氏が、二十年後「核の選択」で核武装に触れ、世間の話題になりました。
それ以降、氏は核武装を主張した人物とされています。
しかし、はたして清水氏は本当にそれを主張したのでしょうか。

確かに清水氏は書いています。

「核兵器が重要であり、また、私たちが最初の被爆国としての特権を有するのであれば、日本こそ真先に核兵器を製造し所有する特権を有しているのではないか。むしろ、それが常識というものではないか」(『日本よ 国家たれ』、93頁)

これは、清水氏特有のアジテーション的物言いであり、このような表現が核武装を主張したとされるゆえんでしょう。
しかし、氏は同著の「『節操』と経験 一『あとがき』に代えて一」で述べています。

「第一の焦点は、核の問題であって、読者の中には、日本は直ちに核武装すべし、と私が主張しているかのように解した人もいた」(同前、254頁)

これを素直に読めば、「日本は直ちに核武装をすべし、と私が主張し」た訳ではないと言っているのは明らかです。
こういうと、ある人たちは反論するかもしれません。そこでは「直ちに」と述べているけれども、氏なら何れ核武装すべしと力説したに違いないと。
けれども、清水氏は現実にそう主張したわけではありませんし、氏の事です、三たび転向して、その後核兵器は廃絶すべしと公言したかもしれません(笑)。
氏が実際に唱えていないことを、流布すべきではないでしょう。
知的誠実に則するなら、氏は核武装は主張していないとすべきだろうと思います。

別に、清水氏が核武装を主張したから、反対にそれを主張していないから、評価に値するとか、値しないとか言いたいわけではありません。
言いたいのは、事実はどうなのかということです。
少なくとも、清水氏は「核の選択」あるいは『日本よ 国家たれ』で、核武装は主張していない、というのを定説とすべきだと思います。