池澤夏樹氏の、ある日の「終わりと始まり」を読んで

朝日新聞に作家池澤夏樹氏が、「終わりと始まり」と題する文章を連載しています。9月5日付夕刊掲載分の冒頭に書いています。

「誰も言わないから言っておく。官公庁がこぞって身体障害者の雇用数をごまかすような国にパラリンピックを開催する資格はない。この話題はこれまで。」

その後、標題「『神なるヒト』の衝撃 人生はアルゴリズムか」の内容へ、話を移しています。

引用箇所の文章を読んで思ったのはこうです。
なぜ「官公庁がこぞって身体障害者の雇用をごまか」したのか、どうしてその理由を考えないのだろうかということです。

東京医大の不正入試問題もそうですが、左翼は、とりわけインテリやマスコミ人はなぜ筋論しか主張しないのでしょうか。当事者には当事者なりの理屈や苦悩があるだろうに、なぜそれらを慮ろうとしないのでしょうか。当事者の理屈なり、苦悩なりを知り、それらを勘案してこそが有意義な言論でしょう。

普通の人たちの方が現実の生活をいきているだけに、社会には単純に割り切れないこともあるということを理解していると思います。左翼が女子供の、というのが不適切なら青少年の正義を主張するから、彼らに同調しえない大衆は自民党へ票を投じるのです。その結果、同党の一強政治が「始まり」、そして「終わり」がないのかもしれません。

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