どうして中国に謝罪しなければいけないの

謝罪が不要な理由

戦前わが国は支那を侵略したという。そして、戦後の日本はそれをちゃんと反省・謝罪していないと、支那人及び反日的日本人は声を大にして言います。
しかし、二つの理由で、私は同国に対する謝罪は不要だと考えます。
第一。戦前の日本より、現在の中共の方がはるかに侵略大国であるからです。
第二。現在どこの国も侵略していない日本が、他国を侵略し続けている中共に謝罪するのは不自然だからです。そして、それは日本が同国の行動を侵略だと見做さないとの、誤ったメッセージになるからです。

侵略大国としての支那

中共は、民族的にも文化的にも支那ではないチベットやウイグルを侵略し続けています。言うまでもなく、万里の長城は北方の異民族の侵入を防ぐために、支那人が造りました。つまり、そこより北は支那固有の領土ではありません。中共は旧満州をも侵略し続けています。もし「中国東北地方」というものが認められて良いのなら、「日本西北地方」だって、あるいは満州国はなおさら認められて良かったはずです。
周知のように、今日中共は東シナ海では尖閣諸島を自国領だと強弁し、公船を侵入させていますし、南シナ海では他国も領有権を主張する海域を、力によって一方的に囲い込みをしました。
また、台湾の人々が嫌がっているのに、その併呑の時機を窺っていますし、各国に圧力をかけ、同国の国際社会からの締め出しを謀っています。
戦前の日本よりも、現在の中共の方が、長期的かつ広範囲にわたって他国・他民族を侵略しているのは明白です。

現役の強盗犯と引退した窃盗犯

どこかの雑誌で読んだ記憶があります。
現在の中共が戦前日本の歴史を道義的に責めるのは、現役の強盗犯が引退した窃盗犯の過去を非難するようなものだと。その通りでしょう。前者が後者に向かって、お前はまだ反省していないと詰っている。笑止です。

反日的日本人の二重基準

中共の政治指導者たちだって愛国者でしょうから、自国の侵略について薄々承知していながら、国益の観点から、それには口を噤み、日本の古傷を敢えて攻撃しているのかもしれません。
むしろ不可解なのは、中共と一緒になって自国の罪を糾弾している日本人です。彼らは、現役の強盗国家中共の罪は不問に付し、引退した窃盗国家日本の罪のみを言い立てる。普通の愛国者ならありえない二重基準です。反日的日本人と言うゆえんです(注)。

反日的日本人の紋切型

さて、反日的日本人の紋切型に、次のようなものがあります。
他国が侵略した(している)からといって、自国の罪がなくなるわけではない、だから日本は率先して謝罪すべきだと。
もし日支両国が同程度の罪を犯した者同士なら、その主張も一理あるかもしれません。しかし、既に述べたように、戦前日本よりも現在の中共の方がはるかに侵略大国なのです。
それなのに、一方的に謝罪するのは、わが国が自国の行為は犯罪だと考えるのに、中共のそれは犯罪だと考えないとのメッセージになりはしませんか?

説明責任の必要

反日的日本人の皆さんは、自らの立場の正しさを主張し続けるのなら、以下の何れかを証明ないし説明する必要があると思います。
第一。戦前日本より、現在の中共の方が侵略小国であることを証明すること。
第二。前者よりも後者の方が侵略大国であるが、それにも拘らず、日本が支那に謝罪する必要があると言うのなら、その理由を(紋切型以外の)述べること。
それについて、納得できる説明がない限り、やはり日本は支那に対して、謝罪の必要はないと断ぜざるをえません。

隗より始めよ

現役の犯罪者に、他人の過去の犯罪を批判する資格はありません。
わが国は中共に対して言うべきです。隗より始めよ、と。
大国は小国の模範となるべきです。
中共が近隣諸国や諸民族への侵略を止め、反省なり謝罪なりするのを見届けた後、わが国は支那に対して応分の謝罪を考えれば良いでしょう。それからでも遅くないと思います。

(注)
反日的日本人は、二つの局面において二重基準を用いるのが常です。
一つは、他国と自国の侵略に対して、とりわけ今述べているように、支那と日本のそれに対して。もう一つは自己と自国の行為に対して(自己には無罪推定、自国には有罪推定!)。両者に対して二重基準を適用するのは矛盾であり、異様な思考なのだということを理解しないから、彼らは反日的日本人になるのです(後者の二重基準については、「三万人でも三十万人でも同じか」を参照のこと)。

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9・11テロ、その動機と目的

2001年9月11日、乗員・乗客をのせた旅客機がテロリストたちに乗っ取られ、その内の二機がニューヨークのツインタワーに激突し、ビルが崩落したのは衝撃的でした。多くの人たちはテレビに釘付けだったでしょう。それもさることながら、その事件の後の、わが国の少なからぬ人たちの発言も驚きでした。
テロの首謀者オサマ・ビンラディンは、テロの目的を語っていません。それなのに、日本の評論家やジャーナリストは、彼の動機を忖度し、あれやこれや放言していました。たとえば、「アメリカは反省しなければならない」。
そもそも、テロリストの動機がはっきりしないのに、アメリカは何をどう反省せよというのでしょうか。
彼らは、「テロリストの動機」と、「『テロリストの動機』だと自分が考えること」の区別さえついていないようでした。自らの反米的意見、というよりも感情をテロリストに仮託しただけなのでしょう。
ビンラディンは、2011年5月2日パキスタンの隠れ家で米特殊部隊に殺害されるまで、テロの目的を語る時間も手段もあったはずです。にも拘らず、彼は私たちが納得できるように説明することはありませんでした。
あるいは、一次資料を用いて、彼の目的を証明しえたジャーナリストも学者もいないだろうと思います。
たぶん、首謀者当人さえ、何が目標なのか分かっていなかったのではないでしょうか。アメリカに対する愉快犯、というよりも不愉快犯だったのかもしれません。
9・11テロの原因=テロリストの動機は何だったのでしょうか。それは分からない、としか答えようがありません。

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真の反省とは

飲酒運転で人身事故を起こしてしまった人物がいるとしましょう。もし彼がそのことを本当に反省したのなら、その後どのような行動をとるでしょうか。勿論自ら飲酒運転をしないのは当然のこと、飲み会の後同僚が車を運転して帰ろうとするのを見たら、止めるでしょう。見て見ぬふりはしないでしょう。
戦前わが国は近隣諸国を侵略したという。
もし戦前のことを日本が本当に反省したというのなら、今後他国を侵略しないのは当然のこと、近隣某国が他国・他民族を侵略しているのを見たら、窘めるのでなければならないはずです。見て見ぬふりはしないはずです。
さて、現在中共は、チベットやウイグルを侵略していますし、東シナ海や南シナ海では近隣諸国の領土を掠めようとしていますし、台湾を威圧しています。
では、それに対して日本ははっきりと異議を唱えるなり、止めるなりしているでしょうか。とりわけ、権力を監視しているはずのメディアは、侵略の歴史を直視せよと頻りに訴えるメディアは、なぜ政府の不作為を質そうとしないし、自らも中共の行為を咎めないのでしょうか。中共の侵略に対して、見て見ぬふりをすることが真の反省でしょうか。
それは、偽りの反省でしょう。偽りの反省しかしないから、歴史問題で誤報を繰り返しても、恬として恥じないのかもしれません。
それとも、わが国の政治家、ジャーナリスト、学者たちの多くは、戦前の日本の行為は侵略だけれども、現在の中共のそれは侵略ではないと考えているのでしょうか。

追記
先月訪支したマティス米国防長官に対し、習近平国家主席は次のように述べたという。「主権と領土の問題における中国の態度は明確であり、我々は先祖が残した領土を一寸たりとも失うことはできない」(朝日新聞、2018年6月28日付)。正確には、「先祖が残した」ではなく、「我々と先祖が奪った」でしょう。

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戦後日本が平和だった理由

戦後日本が平和だったのは、平和憲法があったからとの主張は何度も目にしました。
では、次のような仮定をしましょう。
戦前ドイツの周辺諸国に平和憲法があったなら、ドイツは近隣諸国を侵略しなかったでしょうか。あるいは、戦前支那に「戦争の放棄」を明記した憲法があったなら、日本は大陸に出兵しなかったでしょうか。
戦前は野蛮な時代だったけれども、戦後は国際連合もでき、戦前とは違うという人もあるかもしれません。
それなら、別の例を挙げましょう。
1950年6月25日より前に、韓国に憲法九条があったなら、北朝鮮は南侵しなかったでしょうか。1991年の湾岸戦争(正確に言えば、その前年の8月2日)より前に、クウェートが平和憲法を持っていたなら、イラクは同国へ侵攻しなかったでしょうか。2003年3月20日に始まったイラク戦争より前に、イラクが戦争の放棄を謳う憲法を所有していたら、アメリカはイラクを攻撃しなかったでしょうか。
何れの事例においても、戦争ないし侵攻は止められなかったでしょう。平和憲法は、他国を侵略しない国になるには幾分役に立つでしょうが、他国から侵略されない国になるには、全く役に立ちません。

歴史を眺めれば、洋の東西を問わず、近隣諸国同士は侵略したりされたりしているのが分かります。ある国が攻める時代もあれば、攻められる時代もあります。たとえば、日本やイギリスが大陸へ進出した時もあれば、大陸勢力が日英へ押し寄せた時もあります。今日のわが国は、近隣諸国との力関係から見て、攻勢の時代にあるでしょうか、それとも守勢の時代にあるでしょうか。
もし攻勢の時代にあるのなら、平和憲法を堅持することによって、日本の暴走を阻むことができるでしょう。しかし、守勢の時代にあるのなら?それによって、野心を持つ国の来襲を防ぐことはできません。かえって、同国の侵入を誘うことになるでしょう。
ロシア、中共、北朝鮮の核保有、尖閣諸島への中共公船の闖入などを見れば、現在のわが国は守勢の時代にあるのは明らかです。

前に戻って、戦前のドイツの近隣諸国や支那、朝鮮戦争前の韓国、湾岸戦争前のクウェート、イラク戦争前のイラク、それら守勢の側にあった国が戦争を回避しうる方法があったでしょうか。あったとすれば、攻勢にある国が攻撃を躊躇するだけの軍事力の保持、でしょう。
中共は尖閣諸島を自国領だと主張していますが、同国の野望を挫いているのは憲法九条でしょうか?自衛隊と米軍です。
軍事力なくして平和は守れません。戦後わが国が平和だったのは、自衛隊と在日米軍があったからです。憲法だけでは平和は守れません。

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面白い対談

雑誌『will』2018年7月号の、石原慎太郎氏と亀井静香氏の「甘辛問答」は面白かった。
亀井氏曰く、

「西部邁、三島由紀夫、そして石原慎太郎・・・・・・これが戦後日本の知の三巨人だなと、つくづく思う」

それに対し、石原氏は、

「僕は違うよ(笑)。三島さんについてはあまりにも知りすぎているから言いたくないけど、あれほど『虚飾』に塗れた人はいなかったな。(中略)彼ほど天才的に肉体能力がなかった人はいない(笑)。(中略)そういった虚飾を塗りつぶすために、最後は楯の会をつくって、割腹自殺を遂げた。(中略)三島由紀夫の写真は、つくりごとを含めて全部インチキだったけど」云々。

また、石原氏は述べています。

「西部より、渡部昇一さんのほうがはるかに巨大な知性の持ち主だったと思う」。

当然の評価でしょう。
渡部氏は文章の力によって世に出た人です。それに対して、西部氏の場合は、「朝まで生テレビ」で名前を売ったテレビ評論家です。ついこの間、西部氏の『戦争論』(日本文芸社、1991年刊)を手にしましたが、文章が曖昧なので途中で読むのを止めました。

石原氏は、次のようにも語っています。

「安保闘争は、本当に上っ面の空騒ぎだったと思う。
ただ、最後まで転向しなかったのは大江健三郎と、小田実だったな。大江はいつかの講演で『日本の若者たちにとって理想の国は北朝鮮しかない』とまで明言している。本人は覚えているかどうか知らないが(笑)」。

不正確な文章という点では、小田氏は相当なものでしたが、西部氏は右派?の小田実だと評して良いかも知れません。

亀井氏の、

「石原さんは絶対に自殺することはないね(笑)」。

との発言に対し、石原氏は、

「ないな(笑)」。

と答えています。
西部氏は今年1月21日に自殺をしました。氏は自殺することによって、自ら設計主義者、リセット主義者であることを証明してしまったのだと思います。

三万人でも三十万人でも同じか

「この人々は、自己を心理的に日本という国家の外部におき、その『悪行』を、他人の不幸を見るように好きなだけ暴露することに精を出してきた」(藤岡信勝著、『近現代史教育の改革』、明治図書、1頁)

目次

はじめに
1.南京事件
2.冤罪
3.反日派の反省・謝罪
4.本多勝一氏と『中国の旅』
5.反日派の分裂思考

はじめに

政治に初めて関心を抱いて以来、なぜ多くの人たちの間で意見が様々に分かれるのか不思議に思ってきた。
二十年以上前から、先の大戦を中心とする近現代史の、いわゆる歴史認識の問題(注)が、世間の耳目を引いてきたけれども、人々の認識の相違はなぜ生じるのか、とりわけ戦勝国史観(東京裁判史観)の肯定派と否定派の二派に分かれるのはどうしてなのか。その原因はどこにあるのか、について考えてみた。その結果一つの仮定に到達した。それについて、以下論じてみたい。

(注)
歴史認識の問題と称されるけれども、実際は歴史評価の問題であろう。というのは、個々の歴史的事実に関する認識の相違というよりも、戦争を含めた戦前の歴史に関する評価の差異が、両派の立場を分かつ根本因なのだから。

1.南京事件

1937年12月、当時中華民国の首都であった南京を、旧日本軍が攻略・占領した。その際に、多数の支那人捕虜や一般市民を殺害したとされる。いわゆる南京事件である。この事件に対するある物言いに、その人物の歴史認識の立場が端的に表れると思われる。
2006年3月、読売新聞主筆であった渡辺恒雄氏と朝日新聞論説主幹であった若宮啓文氏は対談本を出版した。その中で渡辺氏は発言している。

「犠牲者が3000人であろうと三万人だろうと三十万人であろうと、虐殺であることには違いがない」(1)。

この種の主張は何度も目にした。朝日新聞には、たとえば次のような記事が掲載された。

「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館には(中略)外装には中国語、英語、日本語で、犠牲者を三十万と記す。気が遠くなるような数字だ。日本人の中には、当時の南京市民の数などから、この数字を疑問視する人々がいるが、たとえ誤差があったとしても責任を逃れることはできない。数よりもその非道を問われているのだ」(2)。

同紙の読者投稿欄からも一つ引用しよう。「虐殺した数が問題ではない」と題する投稿である。

「三十万人殺しても、百人殺しても虐殺は虐殺である。二、三十万人殺したら大罪だが、十人なら微罪などという人命軽視の論理は通用しない」(3)。

保守雑誌でも、次のように述べる人もいた。

「虐殺人数が中国のいうように三十万人か、それとも偕行社のいうように六万ぐらいか、と問うことと同様、大した意味があるとは思えない」(4)。

疑問なのは、このような発言をする人たちは、個人的な問題でも、そのような物言いをするだろうかということである。

2.冤罪

人間は皆誰であれ絶対に犯罪をおかさないとは限らない。愛国的日本人であれ、非愛国的日本人であれ、そこに例外はない。南京事件について、「犠牲者が3000人であろうと三万人だろうと三十万人であろうと、虐殺であることには違いがない」と発言する人たちだって同じである。
さて、南京事件に関してそのように主張するある人物が運悪く犯罪をおかしたとする。事情があって人を一人殺してしまったのである。彼は自首し、警察の取り調べに正直に答えた。と、そこまでは良かったのだけれども、同時期に同じような種類の殺人事件が他に一件あったため、彼はそのことまで疑われてしまう。ところが、それに関してアリバイを証明することができない。起訴され、裁判になり、二人殺害との裁決が下った。この時彼は、「一人だろうと二人であろうと、殺人であることには違いがない」と言って、第一審の判決に素直に従うだろうか。
彼本人でなくても良い。彼の妻でも子供でも親でも良い。今述べたような状況に置かれた場合、彼はどのような態度をとるだろうか。息子は一人しか殺していないと訴えているのに、一人だろうと二人であろうと殺人は殺人なのだから、地裁の判決に従えと彼は息子に言うだろうか。
もし彼がまともな親なら、そんなことを言うはずがない。彼は息子に控訴を勧めるだろう。たとえ裁判で証人が何人も息子に不利な証言を行ったとしても、息子の語っていることの方が正しいのではないかと考えるのが正常な親というものである。
仮に一人殺したのが事実だとしても、何らかの事情があったからではなかろうかと斟酌するのが真っ当な親というものであろう。息子の言い分にも拘らず、不当な判決に甘んじよと諭すのは正気な親とは言えない。実際彼はそんなことは言わないだろう。
だとすると、自分自身や妻、子や親がやっていないと考えられることに関しては最大限無実を主張するだろうに(たった一人の「誤差」に過ぎないのに!)、自国の、しかも本当におかしたかどうか疑わしい「犯罪」に対して、なぜ最大限、いや最小限でさえ濡れ衣をはらそうとしないし、思わないのか。思わないのなら、その理由は何だと考えるのか。
しかし、そのような人が何と弁じようとも、理由は一つしかない。それは、彼が自身や肉親のことは「自分のもの・自分のこと」だと考えるけれども、自国のことはそう考えないからだ。日本のことを他人事のように見ているからだ。
福田恒存氏は書いている。

「私は一億総懺悔などとばかばかしいことをいふつもりはないが、さればといつて、日本政府、あるいはその帝國主義軍隊と、この自分とはべつのものだなどといはれて、『おお、さうだつた』と安心する氣はありません。もちろん、私は私なりに、今度の負け戰はやりきれなかつた。個人としてできるかぎり軍閥政治に利用されたくないとおもつてゐました。その是非は別問題として、事實さうでした。が、いまになつて、日本の軍隊は惡いが、おまへは許してやるといはれれば、やつぱり不愉快です。私たちが戰爭をとめられなかつたことからくる責任感ではありません。あれほど嫌つてゐたけれども、その日本の軍隊はやはり自分のものだつたといふ氣もちがあるからです」(太字いけまこ)(5)。

人を怒らせるには、母親の悪口を言うのが一番だといわれるが、それは彼(彼女)が母親を「自分のもの」だと見做しているからだ。一方、他人の母親の悪口を聞いても怒らないのは、彼にとって他人の母親は「自分のもの」ではないからだ。
すなわち、南京事件について、「犠牲者が3000人であろうと三万人だろうと三十万人であろうと、虐殺であることには違いがない」などと放言できるのは、日本の歴史を「自分のこと」だと認識していない証拠なのである。
次のような定義が下せるだろう。反日的日本人とは、日本国自体を、そしてその歴史を「自分のもの」だと思っていない日本人のことであると。反日的日本人にとって、日本は「他人の母親」なのである。

3.反日派の反省・謝罪

問題は、反日的日本人(それは、左翼=社会・共産主義者+リベラル【注】とほぼ重なるのであるが)に限って、韓国や支那に対して謝罪したがるということである。そのため彼らは、歴史を直視せよ、過去を反省せよと訴え続けているのである。
そのような立場を鮮明に打ち出し、しかも最も権威あるとされるマスメディアは朝日新聞であろう。そこで、少々古いが、しかし同紙の考えは今も変わっていないと思われるので、その手の論説のいくつかを社説からピックアップしてみよう。
まず1994年12月7日付「『戦後』がやっと始まった」では、

「韓中両国との関係拡大や韓国の民主化といった変化を背景に、日本人は最近になってようやく、加害者としての課題に気付いた。いわゆる戦後補償問題である。(中略)今こそ、世界に通用する歴史認識に立って戦前を総括し、戦争の後始末をする時だろう」。

翌95年は国会において、「戦後五十年決議」が行われた年であるが、同年2月26日付「不戦決議で政治の見識をを示せ」では、

「私たちは、歴史をありのままに直視し、その反省に立って国際社会の平和と繁栄に責任を果たす決意をうたうこの決議こそ、次の世紀に向けたこの国の歩みのいしずえとなるべきものと考える。(中略)決議は、戦後補償を進める立脚点ともなる。(中略)苦しいけれども、歴史を直視することなしに未来は開けないのだ」。

97年1月5日付「人を飛蝗にしてはならぬ」では、

「日本の戦争責任についても、いわば自家製の応援団がいる。『日本だけが悪かったのではない』『自分を責める自虐的な歴史観だ』などという。自分だけではないという自己弁護は見苦しい。しかられた子供が『ボクだけじゃないのに』とすねるようなものだ。(中略)私たちも、自らの歴史をあるがままに見て、非は非として認める。自虐どころか、これこそ堂々とした態度だと思う」。

その他、「政治家の歴史認識を悲しむ」(1995年3月18日)だの、「過去を直視することの誇り」(95年5月8日)だの、「歴史から目をそらすまい」(97年3月21日)だの、「歴史をまっすぐに見よう」(97年4月29日)だのと(もちろんこれで全部ではないけれど)、読者に向かって、ひいては、謝罪に反対する人たちに向かって反省を促している。
これだけ過去を直視せよ、反省せよと訴えているのであるから、朝日新聞自身当然「自らの歴史をあるがままに見て、非は非として認め」ているのでなければおかしいだろう。しかし、実際は真反対である。
これまで同紙の報道や言論の問題点について、数多くの人物が語ってきた。戦前の戦意昂揚記事、冷戦中の内外の社会主義寄りのスタンス、日米安保条約(改定)の反対、毛沢東の後継とされていた林彪副主席失脚を否定する報道を行い続けたこと、1982年の教科書誤報事件など。
朝日は誤った報道や言論を行ったことについて、誠実に訂正をし、あるいは読者に向かって説明をしてきただろうか。1989年のサンゴ落書事件や吉田清治証言のように、言い逃れができなくなった場合だけは過誤を認めたけれど。もっとも、後者の場合は、最初の報道から「おわび」まで三十年以上が経過した。
冷戦時代日本社会党にしろ、共産党にしろ体制選択において社会主義体制支持であった。そして、社会主義体制の国はソ連邦以下全て破綻した。長年間違った指針を国民に提示してきたのだから、それについて何らかの釈明があってしかるべきだろう。しかし、今日まで両党の関係者で、それを行った者はいない。
以上をみても分かるように、反日派だって自身のおかした過ちを素直に認めたり、読者もしくは国民に、率直に謝罪したりしたわけではないのである。なぜそれができないのか。自らが所属する会社や組織を「自分のもの」だと思っているからだ。一方、戦前の日本について苛烈なまでに断罪できるのは、彼らにとってそれは「他人のもの・他人のこと」だからである。
社会党委員長にして内閣総理大臣であった村山富市氏は、1994年7月、それまでの党の政策を転換し、自衛隊の合憲と日米安保条約堅持を認めた。翌95年8月には、いわゆる村山談話により、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して」「痛切な反省の意を示し、心からのお詫びの気持ちを表明」した。
村山氏は、94年の政策の転換に関しては当事者であり、戦前の「植民地支配と侵略」に関しては当事者ではない。氏が謝罪すべきは、何よりも前者に対してである。しかし、実際になしたのは後者についてであった。
なぜか。村山氏にとって、前者は「自分のこと」だから、「痛切な反省の意を示し、心からのお詫びの気持ちを表明」することができないのである。一方、後者は戦前の指導者がやったこと、つまり他人事であるから気楽に、「反省の意を表し」えたのである。
再び、次のような定義が下せる。反日的日本人とは、自身や家族、自分の会社や組織については「自分のもの」と考えるけれども、こと自国に関してはそう考えない人たちのことであると。
何れにせよ、反日派、愛国派を問わず、「自分のもの」についても「他人のもの」についても、党派的正義よりも事実優先でなければならない。

【注】
「左翼=社会・共産主義者+リベラル」については、「左翼としてのリベラル」を参照のこと

4.本多勝一氏と『中国の旅』

わが国の歴史を「自分のもの」と考えない人間が、戦前日本の「悪行」を暴いた典型的な例が、本多勝一氏の『中国の旅』であろう。本多氏は同著に書いている。

「私の訪中目的は、(中略)戦争中の中国における日本軍の行動を、中国側の視点から明らかにすることだった」(太字本多氏、原文は傍点)(6)。

氏にとって、中共が「自分のもの」なのであろう。
さて、『中国の旅』の問題点はいくつかある。第一、本多氏が取材した1971年6、7月当時、日本の新聞社は皆中共から追放されていて、残っているのは朝日新聞一社だったこと、そのこと自体同社が中共政府の代弁機関として利用価値があったことを示している。第二、当時の中共は今日と違って明確な共産主義体制であって、取材の自由はなかったし、その取材がどのようなものであったか、氏自身が報告している。

「レールは敷かれているし、取材相手はこちらで探さなくてもむこうでそろえてくれる」(7)。

しかし、なによりも問題なのは、第三、「むこうでそろえてくれ」た「取材相手」の証言を聞き書きしただけの、裏取りのない内容だったことである。確かに、取材の自由がなかった中共で、しかも短期間の取材で、証言の裏取りなど不可能だったろう。
田辺敏雄氏は指摘している。

「そもそも、『中国の旅』連載の致命的欠陥は、日本側を取材することなく報じたことにあった」(8)。

本多氏が『中国の旅』でなしたことは、息子(日本)は被告席に立たされているのに、検察(中共)側証人として出廷し、息子に不利な証言を行う父親のようなものである。しかも、証言の内容が確かならまだしも、真偽不明(裏取り取材なし)なのだ。
法廷で息子に不利な証言を行う、そのような夫を見て、息子の母親である妻はどのような感情を抱くだろうか。なんと正義感の強い夫だろうと感心するだろうか。彼の言動に呆れ、妻は夫を決して許さないだろう。
本多氏に限らない。南京事件、百人斬り競争、慰安婦問題その他歴史問題において、事実に基づかない且つまるで他国の利益を代弁するような報道や言説を行うマスコミ人や学者や政治家は、その夫のようなものなのである。そして、彼ら反日派に対する愛国派の気持ちは、その妻が夫に抱く感情と同一なのである。

5.反日派の分裂思考

激情に駆られて人を一人殺してしまったある反日的日本人が、別件でも疑われて、しかし、「一人だろうと二人であろうと、殺人には違いがない」と言って、自分のではない罪を被って、刑に服するのを見てみたい気がする。正気とは思えないものの、言動が一致している点で感服せざるをえない。けれども、そんな光景が見られることはないだろう。日本国に愛着を持たない反日派も、自分には愛着を持つからだ。
とすると、自国の問題では「三万人だろうと三十万人であろうと、虐殺であることには違いがない」と言っておきながら、自己の問題では「一人だろうと二人であろうと、殺人であることには違いがない」となぜ言わないのか。自国と自己に対する基準が分裂している。
一方、愛国派は自己の問題で、「一人だろうと二人であろうと、殺人であることには違いがない」と言わないがゆえに、自国の問題でも「三万人だろうと三十万人であろうと、虐殺であることには違いがない」とは言わない。自己と自国に対する基準が一致している。反日派は一致していない。
反日派は、なぜ反日派になるのか。
自身や家族、自分の会社や組織に対しては愛情を持つけれども、自国に対してだけは愛情を持たないからだ。その証拠が、両者に対する二重基準である。彼らは、前者には無罪推定を適用するのに、後者には有罪推定を当てはめるのである。両者に対して別の基準を用いることは矛盾であり、そのような思考は異様なのだということに気がつかないからだ。
裁判において、被告人の家族は、検察側の主張をすべて理解した上で、彼の言い分に耳を貸すべきだろうか。そんな不自然なことはしないし、すべきでもないだろう。彼の家族は何よりも、「自分のもの」たる被告人の言い分に耳を澄ますべきである。
歴史認識の問題でも同じである。私たち日本人は、まず歴史法廷で被告席に立たされている自国の身になるのでなければならない。すなわち、自国の歴史に対しては、無罪推定で臨むのでなければならない。
勿論、それはあったことを認めるなとか、なかったことにせよとか言うのではない。ただ、当時の日本が置かれた状況や事情を汲むべきだと言いたいだけである。反日派はそれをしない。
結局のところ、私たちの間で歴史認識が二分する大本は、その人物が日本の過去を「自分のもの」と考えるか=自分事史観、「他人のもの」と考えるか=他人事史観の違いなのである。そして、後者の人たちが戦勝国史観の肯定派になり、南京事件についても、「三万人だろうと三十万人であろうと、虐殺であることには違いがない」などと口走るのである。
反日派だって、自身や肉親、自社や自党に愛着を持つのは明らかである。彼らに、とりわけ政府やマスメディアの枢要な地位にあったリベラルな人たちに、せめてその十分の一でも自国に愛着があったなら、歴史問題がかくまで国際問題に発展するようなことはなかっただろう。

(1)渡辺恒雄、若宮啓文著、『「靖国」と小泉首相』、朝日新聞社、40頁
(2)朝日新聞、1995年7月31日付
(3)同前、2000年2月3日付
(4)『諸君!』、文藝春秋、1994年9月号、105頁
(5)『福田恒存全集 第三卷』、文藝春秋、40頁
(6)本多勝一著、『中国の旅』、朝日文庫、10頁
(7)本多勝一著、『ルポルタージュの方法』、朝日新聞社、213頁
(8)片岡正巳、板倉由明、田辺敏雄著、『間違いだらけの新聞報道』、閣文社、339頁

過労死・過労自殺を減らすために

2015年12月、電通の若い女性新入社員が過労自殺をし、それが話題になりました。しかし、世間はこのことを、そのうち忘れてしまうでしょう。
「過労死110番」に三十年間かかわってきたという川人博弁護士は、次のように述べたとのことです。
「我々が110番を続けているのは、職場の過労の実態が変わらないからだ。30年続いたのは、いいことではない。非常に深刻な問題です」(朝日新聞、2017年7月31日付)。
同氏は、また語っています。
「過労死防止法の施行後も、日本の職場の現状が全く変わっていない」(同前、2016年10月26日付)。
どうして過労死、過労自殺は減らないのでしょうか。
経営者がほぼ毎日従業員の顔を見ているような、社員数が十人以下の零細企業ならともかく、数百人、数千人、数万人を擁するような企業の経営陣にとって、過労死、過労自殺の発生は青天の霹靂でしょう。
過労死や過労自殺(以下過労死等)の報道を見ていていつも思うのは、彼または彼女の上役は何をしていたのだろうかということです。
確かに会社は営利法人ですから売り上げをあげ、利益を出さなければなりません。しかし、下役の尻を叩くだけが上役の仕事ではないでしょう。彼は部下の顔を見て、心身の健康を気遣う必要があります。過労死等発生現場の上役は、それをしていなかったのではないでしょうか。自身の出世のために、下役を酷使する上役は少なくないでしょう。
私自身の経験に照らしても、上役は社歴が長いとか、年長であるといった理由で、単に上役になっている例が少なくないように思います。
企業は過労死等を無くす対策を講じるべきなのは言うまでもありません。しかし、社員数が多い会社では、経営陣による社内の隅々までの目配りは不可能だと思います。
過労死等が減らない原因は、責任の全てを会社自体やその上層部に押しつけて、直属の上役の責任を不問に付しているからではないでしょうか。
直属の上役の認定制度を作り(組織上それが明確でない企業もあるでしょうから)、過労死等が発生した場合は、その補償の一部を負担させるなど、彼(彼女)に何らかのペナルティを科すような制度化を施すべきだと思います。
そうすれば、能力が不足しているのに上役になりたがる者を抑制することができるでしょうし、ひいては過労死等を減らすことができるのではないでしょうか。

追記
直属の上役も弱者で、全ての責任は会社及びその上層部に負わせるべきだと考える人もあるかもしれません。しかし、そのような思考も過労死等を減らせない原因の一つかと思います

 

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西部邁論

山本夏彦氏は書いています。
「『何用あって月世界へ』
これは題である。
『月はながめるものである』
これは副題である。
そしたら、もうなんにも言うことがないのに気がついた。これだけで、分る人には分る。分らぬ人には、千万言を費やしても分らぬと気がついたのである」(『毒言独語』、中公文庫、73頁)。
私も書いてみます。
「西部邁論」
これは題です。
「左翼の文体で保守を語る」
これは副題です。
これだけで、分かる人には分かるでしょう。

二十代前半より、もっぱら保守派の評論家の文章を読んできました。しかし、西部邁氏の文章は肌に合いません。なぜでしょうか。氏が基本的に左翼だからだろうと思います。文は人なりと言いますが、保守は文なりです。
2001年の9・11テロの際、西部氏は「グローバリズムがテロの原因」だと公言しました。しかし、あらゆるテロの原因はテロリストの動機にあります。それなのに、なぜグローバリズムがテロの原因なのでしょうか。「下部構造」(グローバリズム)が「上部構造」(テロリストの動機)を決定するとの理屈だと解する他ありません。それは唯物史観の一変種ではないでしょうか。グローバリズム原因説は小林よしのり氏も主張していましたが、両氏とも元左翼なのは象徴的です。孫悟空がお釈迦様の手の平から飛び出せなかったように、西部氏にしろ小林氏にしろ、マルクスの手の平から抜け出せていないからだと思います。
今年1月21日に西部氏が亡くなった後、左右真ん中の新聞、雑誌に追悼文が掲載されました。一方、昨年4月17日に亡くなった渡部昇一氏の場合はそんなことはありませんでした。保守は左翼に嫌われてナンボです。どうして左派のメディアに追悼文が出るのでしょうか。誰かが西部氏のことを軍手人間(左右兼用)だと評しましたが、それは氏の思想と行動の曖昧さのためだと思います。

福田恒存氏は、「私は朝日新聞に對して非『書く』三原則を守つてゐるんです。つまり、『取らず、讀まず、書かず』(笑)」と発言していますし(『言論の自由といふ事』、新潮社、昭和四十八年、64頁)、朝日新聞に渡部氏の文章が掲載されることはありませんでした。
それに対して、西部氏の弟子に当たる「保守派の重鎮」(『文藝春秋』、2018年5月号)、佐伯啓思氏は同紙に「異論のススメ」を連載しています。しかし、それが物議を醸したという話は聞きません。朝日にうまく順応しているのでしょう。
やはり西部氏の取り巻きの一人、中島岳志氏も朝日新聞の紙面審議委員を務めていました(ウィキペディアによれば、中島氏は「2009年1月『週間金曜日』編集委員に就任。2010年『表現者』編集委員に就任」とあります)。

雑誌『正論』を「後ろから読ませる」連載、「『左』も『右』もメッタ斬り!メディア裏通信簿」は、教授、先生、女史、編集者という架空の人物の対談形式で記述されています。2018年1月号で筆者(潮匡人氏でしょう)は、教授に次のように発言させています。
「10月21日付朝日新聞を読んでいたら、共産党の全面広告があったのですが、『保守の私も野党共闘支持です』という中島岳志氏が載っていましたね。共産党のPRする保守なんてあるわけがない。(笑)」。
「共産党のPRする保守」まで出てしまう。西部氏の保守論は、根本的な何かが欠落しているのかもしれません。
氏とその周辺の人たちは、保守としての純度が低いように思います。言い換えるなら、左右兼用の軍手保守が多いのではないでしょうか。
彼らの保守論を信じてその後を着いていくと・・・・いつの間にか左翼の側にいた、そんなことになりかねません(笑)。

追記
福田氏とは違って、いけまこは朝日新聞を購読しています。ささやかながら、同紙を監視しているつもりです

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それでも核兵器は廃絶できない

目次

1.廃絶への動き
2.現実の世界
3.もしアメリカという国が無くなったら
4.なぜ捨て去ることができないのか
5.核兵器禁止条約の運命
6.使えない兵器か
7.核兵器を廃絶する唯一の方法
8.二つの軍縮
9.廃絶論は人畜無害か
10.なぜ保守雑誌は批判しないのか
11.廃絶論と人間観
12.パラダイムの転換

1.廃絶への動き

核兵器が桁外れの破壊力を持つ兵器であるのは誰も否定しないだろう。それが一度使用されたら莫大な数の死傷者が出るのは必至である。それは1945年の広島、長崎で証明された。
それなのに第二次大戦後、米ソ両超大国は反目し、核兵器の生産、配備に熱中した。もし冷戦時代東西両陣営が核兵器を撃ち合っていたら、人類は滅亡していたかもしれない。幸運にも冷戦で核兵器は使用されなかったけれども、今後使用されないという保証はない。広島や長崎から七十年以上が経過し、核兵器の威力は更に増大しているし、性能も向上している。
2010年8月5日、前国連事務総長潘基文氏は長崎で演説を行った。「このような兵器が二度と使用されないようにする、確実、かつ唯一の方法はそれらをすべて廃絶することです」(1)。
その前年の2009年4月5日、オバマ前大統領はプラハで「米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」(2)と演説した。プラハ演説である。2016年5月27日、同氏は米国の現職の大統領として初めて広島の被爆地を訪れ、「核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければなりません」(3)と改めて述べた。
そして、2017年7月7日には国連で、核兵器禁止条約が採択された。同年10月には、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)がノーベル平和賞を受賞した。
世界は核兵器廃絶の方向へむかっているのだろうか。

2.現実の世界

現実の世界を見てみよう。
国際社会の非難にも拘らず、核実験やミサイル発射を繰り返す国、2010年の天安沈没事件や延坪島砲撃事件に見られるように、対外冒険主義的行動を採る北朝鮮のような国があって、米国が核兵器を廃棄できるだろうか。逆もまた真なりである。米国から睨まれていて、北朝鮮が核兵器を放棄できるだろうか。
たとえ経済的に重要なパートナーだとしても、チベットやウイグルを侵略し続け、近年は南シナ海や東シナ海へ触手を伸ばそうとしている独裁主義国家中共を目の前にして米国が核を廃棄できるだろうか。一方、先進国に領土を蚕食された歴史を持つ支那が核を放棄するだろうか。
朝米露支印パの関係を見ても、何れかの国が一方的に核を捨て去ることなど考えられない。
廃絶論者たちの希いにも拘らず、少し長い目で見れば、核保有国は徐々に増え続けている。1970年3月に発効した核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有を認められたのは、米露英仏支の五カ国だけだが、その後インド、パキスタン、イスラエル(非公表)、そして北朝鮮が保有国となっている。また、最近ではイランがそれを目指しているようである。

3.もしアメリカという国が無くなったら

英仏以外の、NATOに加盟しているけれども核保有はしていない欧州諸国や日韓豪などは、現在は非核保有国として数えられている。しかし、純然たる非核保有国だと考えるべきだろうか。
破れているか、いないかの詮議は別として、これらの国は米国の核の傘の下にあるし、実質的に米国が核戦力を肩代わりしているわけだから、非核保有国というよりも、間接的な保有国だと見なすべきではないだろうか。
もし地上からアメリカという国が無くなったらと仮定することは、核兵器の問題を考える上で有意義だろう。その場合、世界にどのような動きが生じるだろうか。米国と友好的だった国、敵対的だった国の双方が、核の保有化またはその強化を開始するだろう。
米国から頭を押さえつけられていた国は、自国の思い通りに核政策を進めるだろう。一方、友好的だった国は、それを見て危機感を抱き、核の保有、強化を検討するだろう。
米国なしにロシアと相対することになる英仏は、当然ながら核戦力を拡大するだろう。そして、両国が安全を保証しなければ(できないだろう)、他のNATO加盟諸国の中から、さらにNATO非加盟国の中からも(たとえば、スイス、スウェーデン、オーストリア)、核保有への意志を示す国が出てくるだろう。域内に英仏のような、核武装した同盟国を持たない日韓台豪、隣から米国がいなくなる加はなおさらである。
保有の能力があるにも拘らず、米国が核の傘を差しかけているために不保持でいられるという国は、米国が消失したら、あるいは同国力が著しく低下して他国を守る余力がなくなった場合も、核武装化に着手する公算が大である。だから、それらの国は、非核保有国というよりも、潜在的な保有国だと認識すべきだろう(その是非はともかく、アメリカという国があるから、核保有国は現状の九カ国だけで済んでいるのである)。
永久に核保有はしないし、有事に際しても他国の核に頼らないという国のみを、非核保有国として数えるべきである。さてさて、純粋な非核保有国は増加しているだろうか。潜在的な保有国は減少しているだろうか(注)。

(注)
「唯一の超大国アメリカ」から、「多極化した世界」へ時代は推移しつつあると指摘される。多極化した世界とは、米国が消失した世界へ一歩近づくことを、つまり、核保有国がさらに増加することを意味するだろう。

4.なぜ捨て去ることはできないのか

核兵器が使用されたら多大な死傷者が出るのは、廃絶論者のみならず、各国の指導者たちだって理解しているだろう。それなのに、なぜ彼らは核兵器に頼らないという選択ができないのだろうか。
どのような国であれ、国家には守るべき様々な価値がある。どの国にも共通する価値としては、国民の生命や財産、主権や領土、経済的利益、国語や文化や歴史などがある。普通の民主主義国なら、それに加えて、自由、民主主義、人権や法の支配など。一方、独裁主義国ならば、体制、一党支配やイデオロギーなどの価値が優先される。
兵器を、あるいはその究極の形としての核を放棄するとは、それらの価値を放棄すること、もしくは他国に譲り渡すことを意味する。
たとえば、中共は現在尖閣諸島を狙っているのは周知の事実である。もしわが国に、在日米軍も日米安保も米国の核の傘もなかったとしたらどうだろうか。日本は非核武装の自衛隊だけで尖閣諸島を守ることができるだろうか。
もし冷戦時代、西側諸国が一方的に核を投げ捨てていたら、その後世界はどうなっていただろうか。少なからぬ国がさらに共産化していただろうし、西側諸国の自由、民主主義等は後退を余儀なくされていただろう。冷戦はいまだ終了せず、旧東側諸国でも自由や民主主義は実現していないだろう。
戦後米国が核の優位を保ち、共産主義国と対峙し、時に共産勢力と干戈を交えたがゆえに、自由や民主主義といった価値が、西側では守られたし、東側では日の目を見たのである。
北朝鮮は核保有国たらんと、その開発、保有にやっきになっている。保有国同士は全面戦争はしないし、他国から侵略されることもないとの歴史の教訓に学んでいるためだろう。同国にとって、体制の維持が至高の価値であって、そのために核が必要とされるのだろう。
各国の指導者たちが、核兵器を擲つという選択が、あるいは核保有国と同盟関係を断つという選択ができないのは、各国にはそれぞれ守るべき諸価値があり、それらをかなぐり捨てることができないからである。最も効果的に国家の価値を守りうる兵器、それが核なのである(だからそれは、「必要悪」であるにしても、「絶対悪」ではありえない)。
核兵器廃絶論者たちは、直接的もしくは間接的に核を所有しなくても、国家の諸価値を保持しうると信じているようである。しかし、どうやって?目の前ではアメリカの核の傘の下にあってさえ(破れ傘だから?)、尖閣諸島は危うい状況なのに。
核を保有しなくても、国家の価値を維持しうるという、そのような方法を彼らは示すべきなのである。それを明らかにすれば、各国の指導者たちだって、真剣に核の廃棄について考えるだろう。

5.核兵器禁止条約の運命

昨年、核兵器の開発、生産、保有、使用などを禁じる核兵器禁止条約が採択された。核廃絶論者たちは、さらに多数の国が参加することを、日本も参加することを、そして全ての核保有国が参加することを望んでいるだろう。
しかし、「核を保有しなくても、国家の価値を維持しうるという、そのような方法」が発明されたわけではない。そういう状況で、保有国や潜在的保有国が参加をすれば、条約の実効性が疑問視されるような事態が出来するだけだろう。
国家の価値が奪われる原因と核兵器の関係は、病気と薬の関係と同じである。病気があるから薬が必要とされるのである。薬をなくしても、病気がなくなるわけではない。薬の製造を止めても病気が発生すれば、再び薬は作られるだろう。
さて、近い将来全ての国連加盟国が核兵器禁止条約に参加したとしよう。領土問題を抱える近隣同士のAB二カ国の間で、武力衝突が発生し、通常兵器で不利な戦いを強いられたA国が、その後秘密裏に核兵器開発を行い、ある日保有しているのが発覚したとしたらどうだろうか。どこの国がどのようにしてAに核を放棄させるのだろうか。経済制裁ごときでは、保有を断念させることはできないだろう。放棄させられなければ、条約の効力が危ぶまれることになる。だから、放棄させなければならない。が、その場合、非保有国が保有国に対し圧力を加えなければならないことになる。そんなことが可能だろうか。
国際社会は往々にしてそうなのだが、条約に違反して核保有を行ったA国に味方する国も現れるだろう。加盟諸国が圧力を加えようとして、逆にAとその友好国から恫喝されることになるかもしれない。そういう事態に陥った場合、国際社会はどう対処するのだろうか。うまく処置できなければB国も核開発を進め・・・・核ドミノは不可避だろう。
現在の保有国のみ禁止条約に参加しない場合の、次のような想定も可能だろう。条約に加盟している非保有国Bに対し、保有国Cが侵略ないし領土の一部を奪ったとしよう。Bは友好関係にある別の保有国Aに助けを求め、それに応じた同国が初めは平和的に交渉するも、その後両者の話し合いが決裂し、Cに対し実際に核を使用したとしたらどうだろうか。国際社会あるいは条約加盟国は、Aに対する非難で意見が一致するだろうか。恐らくCの友好国とABの友好国とで国際社会は分裂するだろう。
近年、たびたびシリア政府による化学兵器使用疑惑が取沙汰されていて、しかし、条約加盟国は疑惑の解明も、同兵器を取り除くこともできず、禁止条約の有効性が疑わしいものになっている。
国家の生存にとって、化学兵器よりも核兵器の方が切実である。だから、核兵器禁止条約は、非常事態に直面したら、化学兵器禁止条約以上に破綻する可能性が大である。
昨年の核禁条約に賛成したのは、国際社会におけるマイナー・リーグのメンバーたちで、メジャー・リーグのプレイヤーは参加を拒否した。自国と同盟国と国際社会に責任を持つ国が、禁止条約に賛成しえないのは当然であろう。
マイナー・リーグの諸国が平和を満喫できるのは、メジャー・リーガーの軍事力の秩序の下に、とりわけ「アメリカによる平和」の下にあるからだろう。
今後も責任国家は禁止条約に参加しないだろうし、参加をすれば条約の終わりが早まるだけである。
何れ「廃絶」する可能性が高いのは、核兵器ではなく、禁止条約の方だろう。

6.使えない兵器か

元航空幕僚長田母神俊雄氏は好著『日本核武装計画』の中で言っている。
「核兵器はたった1発の着弾にどの国も耐えられないという、まさにそのことによって、使いたくても使えない『決して使われることのない最強兵器』となってしまったのである。(中略)北朝鮮が持とうがイランが持とうが、核兵器が使われることはこれから先も二度とない」(4)と。けれども、「『持っているけど使わない』ことで最大の効果を生み出す」(5)から、氏は核の保有は必要との立場である。
「核兵器が使われることはこれから先も二度とない」だろうか。それは原発ならぬ「原爆」の安全神話ではないだろうか。「持っているけど使わない」兵器が、どうして「最大の効果を生み出す」だろうか。万が一であれ、使うかもしれないからこそ、政治的効力が発生するのだろう。
もし「使われることはこれから先も二度とない」のなら、実際に使われる心配をする必要はないだろう。では、世界の人々はなぜ核軍拡や拡散を憂慮するのだろうか。使用される可能性が捨て切れないからだ。
核兵器は、場合によっては軍事的に使える兵器だと思う。だから、戦争の抑止力となることができるのである。
2014年のクリミア併合に関し、翌15年3月のテレビ番組で、「クリミアの状況がロシアに不利に展開した場合、ロシアは核戦力を臨戦態勢に置く可能性はあったか」との司会者の問いに対して、プーチン大統領は「我々はそれをする用意ができていた」と答えたという(6)。
ロシアに限らず、安全保障上の危機においては、保有国は核兵器を使用する可能性があるということだろう。
では将来、核は現実に使用されるようなことがあるだろうか。それについては、分からないとしか答えようがない。ただ、いつの日か地球のどこかで核が使用されたとして、その後世界は変わるだろうか。その被害の甚大さ、その非人道性を見て、今度こそ国際社会は核廃絶の方向へ舵を切るだろうか。
一時的に廃絶運動は盛り上がりを見せるだろうが、それにも拘らず、人類は核を捨てることはないだろう。

7.核兵器を廃絶する唯一の方法

これまで人類が核兵器を捨て去ることはないと述べてきた。けれども、実はたった一つ、それを消失させる方法があるにはあるのである。同兵器廃絶の可能性は、ないわけではないのである。どのようにすれば、それは可能なのだろうか。
科学及び技術の進歩の必然性というものがある。常に旧い技術は、新しい技術にとって替わられる。
田植機の登場により手植えは「廃絶」し、稲刈機の誕生により手鎌による稲刈りが「廃絶」した。自動車の普及により牛車、馬車、人力車が「廃絶」し、ジェットエンジンの発明により、プロペラの戦闘機は「廃絶」した。
核兵器も同じである。それより勝れた兵器が開発された時、「核兵器なき世界」が実現するだろう。
軍事的には攻撃目標を効率的に撃破でき、経済的には安価で、政治的には他国をより効果的に威圧できるような、新しい兵器が発明されれば、核兵器は自然に地上から姿を消すだろう。
核兵器の廃絶を望むなら、軍事予算を大幅に増額し、核を上回る有力な兵器を造り出す他はない。

8.二つの軍縮

わが国の主力戦闘機は、第二次大戦中は帝国海軍のゼロ戦であり、現在は航空自衛隊のF-15である。
戦前大活躍をしたゼロ戦の生産機数は約一万機という。それに対して、1981年12月から運用されているF-15の生産数はわずか213機とのことである。
戦前の主力戦闘機と現在のそれを比較すれば、数の上では前者の方が圧倒している。では、戦前の航空戦力より現在のそれは劣っているだろうか。つまり、軍縮になっているだろうか。
戦前の帝国海軍と戦後の海上自衛隊を比べた場合、艦艇の隻数、人員といった現象面だけを見れば、戦後の方が軍備の縮小は実施されていると言えるだろう。しかし、戦力を較べた場合はどうだろうか。
真珠湾攻撃前の無キズの帝国海軍と今日の海上自衛隊が太平洋のどこかで決戦を行った場合、どちらが勝つだろうか。後者の方が勝つだろう。これは戦前の帝国陸軍と陸上自衛隊についても当てはまることだろう。
とすれば、わが国の戦前と戦後の軍事力を比較すると、現象的な意味での軍縮は実現しているが、本質的な意味でのそれは実現していないと断ぜざるをえない。第二次大戦の敗戦国であるわが国でさえそうなのだから、戦勝国は当然のこと、戦前欧米の植民地だった諸国にしても、戦前と戦後を比較すれば、ほぼ例外なく本質的な意味での軍拡を達成しているだろう。
これまで人類は何度も軍縮条約を試みてきた。主力艦の、あるいは補助艦の保有トン数の制限から、核ミサイルの弾頭数や運搬手段の削減まで。その他対人地雷や化学兵器の禁止など。現象的な意味での軍縮はこれまでも行われてきたし、これからも行われるだろう。しかし、本質的な意味での軍縮は行われてこなかったのではないか。
かつて軍縮は軍備の撤廃という最終目的地に辿り着いたことがない。このことから推定できるのは、核軍縮という線路も、核廃絶という終着駅にはつながっていないということである。国家の存立にとって不可欠でない種類の兵器の撤廃は、容易だけれども。
この先本質的な意味での軍備の縮小が行われる可能性はあるだろうか。残念ながら、科学・技術が進歩する限り軍拡は続くだろう。
こう言えば、核廃絶論者はあるいは「平和主義者」は恐怖と怒りのあまり叫び声を上げるかもしれない。しかし、それはそんなに怖いことだろうか。石と棍棒で戦っていた時代から今日まで、本質的な意味での軍拡は絶え間なく続いている。これからも同じだろう。
私たちは永遠の軍拡に耐えなければならない。

9.廃絶論は人畜無害か

核兵器廃絶論者たちの主張が人畜無害なら、放っておけば良いのだけれども、はたして日本国にとって実害はないのだろうか。
米国の核の傘からの離脱、非核三原則の法制化、核兵器禁止条約への参加、北東アジア非核兵器地帯の実現。この四点は廃絶論者たちの共通した要求だろう。禁止条約については第5節で述べた。
第一。核の傘からの離脱について。
日本は、一方で唯一の戦争被爆国として核兵器の廃絶を目指すと言いながら、他方でアメリカの核の傘に頼る政策を実施している。それは矛盾ではないかと指摘されている。明らかに両者は矛盾している。正気の人間なら、どちらか一方を選択しなければならない。
ところで、核の傘から離脱をして、防衛協力を通常兵器で可能な範囲内だけに限定するということで、日米安保は維持できるのだろうか。離脱論は、実質的には日米安保解消論だろう。それを求める人たちは、日米安保の解消を主張しているとの自覚はあるのだろうか。
第二。非核三原則の法制化について。
非核三原則とは、言うまでもなく核兵器を<作らず、持たず、持ち込ませず>ということである。
クリントン政権で国防次官補を務めたジョセフ・ナイ氏は対談で述べている。
「(核ミサイルを搭載した)原子力潜水艦が(報復核攻撃などに)使われることがあったとしても、それは日本の領海でなければならないということではないのです」(7)。
三原則の内の一つ、「持ち込ませず」の意味は殆んど失われているらしい。
もっとも、2018年2月トランプ政権は「核戦略見直し」を発表し、小型核兵器の開発を明記したという(8)。今後「持ち込ませず」が無意味なままなのかは不明である。
それはともかく、もし米国の核の傘から離脱するのなら、自国の核を<作り、持つ>ということを考えなければならない。しかし、廃絶論者たちはそれを拒否する。彼らは核に対抗しうる通常兵器の配備を主張しているわけでもない。一体どのようにすれば、国家の価値を守ることができると考えているのだろうか。
第三。「北東アジア非核兵器地帯」構想について。
それは、日本、韓国、北朝鮮を非核兵器地帯とし、周辺の米露支がこれらの国に対して核の威嚇も使用も行わず、安全を保証するというものであるらしい。
北朝鮮に対して米国が、日本に対して中共が、そして米露支が各々お互いの国に対して、核は絶対に使用しないし、脅しにも利用しないと確約できるだろうか。確約したとして信用できるだろうか。
日ソ中立条約があったにも拘らず、1945年8月8日ソ連は対日宣戦を行い、攻めてきた。核兵器を放棄する代わりに、米露が安全を保証すると約束したブダペスト覚書に、1994年12月調印したにも拘らず、2014年ロシアはウクライナからクリミア半島を奪った。
東シナ海では中共の公船が尖閣諸島付近の日本領海への侵入を繰り返しているし、南シナ海では「九段線」という独自の概念を用いて、自国に有利なように海を囲い込み、岩礁を埋め立て、軍事拠点化を進めている。
東や南シナ海で横暴に振舞えるのは、中共が核保有国であり、近隣諸国が非核保有国だからである。すなわち、中共の行動は「核の脅し」以外の何ものでもない。ロシアや中共による安全の保証など、どうして信用できるだろうか。
廃絶論者たちの主張は、わが国の国防努力を妨害することにしか役立っていない。もっと言うなら、それは日本に害を及ぼす恐れの高い敵性国家の、利益代弁者のような言説である。

10.なぜ保守雑誌は批判しないのか

核兵器廃絶論は日本の安全保障にとって有害である。にも拘らず、これまでそれを正面から批判した論稿を目にした記憶がない。どうしてだろうか。なぜ保守雑誌は廃絶論を批判しないのだろうか。
その知的レベルが余りにも低すぎて、どこから批判の手を着けて良いか分からないからだろうか。あるいは、広島や長崎の被爆者がいまだ存命中で、彼らに対する遠慮があるためだろうか。それとも、保守派の中に、廃絶の可能を信じる者、廃絶の不可能に確信が持てない者が少なからずいるからだろうか。
現実政治家の世界では、核の問題は今でもタブーである。一方、言論の世界では核武装論を見かけるようになった。けれども、目にするのはゾルレンとしてのそれであって、ザインとしての核兵器廃絶不可能論ではない。しかし、議論の順序から言って、後者が前者に先行すべきではないだろうか。
なぜ核武装是非論は目にするのに、核廃絶可能不可能論は目にしないのか。廃絶不可能論は、保守言論の世界でさえタブーなのだろうか。
保守派の人気著述家、福田恒存氏と山本夏彦氏は各々書いている。

「發明されてしまつた以上は、もうどうにもならないのです。(中略)原水爆であらうと惡魔であらうと、生まれてしまつたら、もうどうにもならないのです。あと私たち人間のできることは、さらにそれをおさへる強力なものの發明あるのみです」(9)。
「汽車を造れば、それはいよいよ汽車、たとえば新幹線のごときものになって、それらがなかった昔にはもどれない。(中略)モノクロからカラーへ、カラーからハイビジョンへテレビはいよいよテレビになるよりほかない。故に、いくら原爆許すまじと歌っても、原爆がなかった昔にはもどれない。原爆はいよいよ原爆になるよりほかない」(10)。

両氏とも、当為としての核武装論を展開しているわけではない。事実としての核兵器廃絶不可能論を説いているのである。

11.廃絶論と人間観

他の政治的社会的な問題と同様、核兵器の存廃の問題も、世人の意見はおおよそその人物の人間観に左右されるだろう。すなわち、進歩的な人間観の持ち主が廃絶可能論に傾き、保守的人間観の持ち主が廃絶不可能論に傾くのである(注)。
ブッシュJr.政権で国務副長官を務めたリチャード・アーミテージ氏との先の対談で、ジョセフ・ナイ氏は述べている。
「私は『核廃絶の可能性はゼロ%』というアーミテージ氏とは意見が違います。今後十年とか二十年という範囲では彼が正しいと思います。しかし、たとえば2100年とかならば・・・・。(中略)未来のことは誰にもわかりませんから。それは可能かもしれないのです」(11)。
オバマ氏と同じくナイ氏も進歩主義者らしく、過去に示された人間性よりも「未来」を信じているようである。しかし、有史以来人間性は変わっていない。最古の思想家や歴史家や詩人の文章が今日でも読めるのがその証拠である。今後百年や二百年ぐらいで人間が変わるわけがない。だから、「核廃絶の可能性はゼロ%」なのである。

(注)
進歩主義的立場の者でも、内外での厳しい権力闘争を戦ってきた政治家は、核兵器を手放すことはない。共産主義国のリーダーたちがそれを証明している。

12.パラダイムの転換

学校では疑うことが推奨される。しかし、学校でも一般社会でも、事実上疑うことが禁じられている事柄がいくつもある。核兵器廃絶論はその典型である。けれども、核兵器の廃絶は本当に可能なのだろうか?それは現代の、国際政治や安全保障の分野における天動説ではないのか。
たとえアメリカ大統領が、日本国首相が、そして国連事務総長が何と言おうとも、
核兵器の廃絶は不可能である

不確かなことが多いこの世の中にあって、これほど確かなことも珍しいのではないだろうか。しかし、真実を直視することができない人たち、旧いパラダイムにしがみついている人たちは目覚めようとはしない。
彼らは、核兵器の残酷さ、悲惨さは頻りに訴えるけれども、第一、どのようにして核兵器をゼロにするのか、第二、ゼロの状態はどのようにすれば持続可能なのかについて、何ら実効性のある提案をしない。
原水爆は夥しい数の死傷者が出ると言うが、夥しい死傷者が出るであろうこの問題についてさえ真剣に考えようとはしない。核廃絶はやる気になればそのうちできるだろう、が彼らの確信である。必勝の信念があれば勝てると信じた戦前の主戦論者とどこが違うのだろうか。
私たちは真実を直視する勇気を持たなければならない。
第一、核兵器は廃絶できないこと、第二、廃絶可能なのは、それを超える兵器が発明された場合だけであること、第三、人類は半永久的に軍拡を続けるだろうこと、第四、国家を維持し、国民の生命や財産、自由や民主主義等の諸価値を守ろうとするなら、半永久的に軍事力の整備に努めなければならないこと、これらの事実を事実として受け入れなければならない。

(1)朝日新聞、2010年8月6日付夕刊
(2)NIKKEI NET、オバマ米大統領の核軍縮演説内容(全文)
(3)朝日新聞、2016年5月28日付
(4)田母神俊雄著、『日本核武装計画』、祥伝社、51頁
(5)同前、55頁
(6)朝日新聞、2015年3月17日付
(7)リチャード・L・アーミテージ、ジョセフ・S・ナイ、春原剛著、『日米同盟vs.中国・北朝鮮』、文春新書、193頁
(8)朝日新聞、2018年2月4日付
(9)福田恒存著、『平和の理念』、新潮社、77-78頁
(10)山本夏彦著、『オーイどこ行くの』、新潮社、197頁
(11)リチャード・L・アーミテージ、ジョセフ・S・ナイ、春原剛著、『日米同盟vs.中国・北朝鮮』、文春新書、218頁

左派と右派

左翼(左派)・右翼(右派)という言葉は、周知の通り、フランス革命期の議会において、議長席から見て左側に急進派が、右側に保守派が席を占めたことに由来します。それ以来、進歩主義的立場を左派、保守主義的立場を右派と呼んでいます。だから、冷戦時代は社会・共産主義者が左派で、資本・自由主義者が右派でした。

当たり前ですが、フランス革命時代の左派と冷戦時代の左派の、フランス革命時代の右派と冷戦時代の右派の主張内容は同一ではありません。左派と右派というのは相対的、便宜的な分類で、それは時代(国)によって変わりますし、その時代にはその時代の左派・右派が存在します。だから、冷戦時代の左派・右派と、現在のそれが違っても不思議ではありません。

山口真由氏は『リベラルという病』(新潮新書)に、「リベラルの本質は人間理性への信頼、コンサバの本質は人間への不信となり、すべてはここに帰着する」と書いています(197ページ)。「人間理性への信頼」はリベラルのみならず、社会・共産主義者を含めた進歩主義者一般の特徴でしょう。

進歩主義者の本質は変わりません。次々と新思想を見つけては、それを帰依の対象にする。冷戦時代の社会主義信仰の持ち主たちは、冷戦後は歴史認識、外国人参政権、夫婦別姓、同性婚、反原発などの問題へ戦いの場を移しました。
冷戦後政治的左右の区別は無意味になったと主張する人もありますが、進歩主義者は永遠です。進歩主義者がいなくならない限り、左右の対立がなくなるはずがありません。

リベラルは左翼ではないという人もいますが、それはフランス革命時に事故で昏睡し、百数十年後の冷戦時代に蘇生したジャコバン党員が共産主義者を指して、彼らは左翼ではないと言っているようなものでしょう。

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