差別意識はなくならない

差別という観点から考えると、左派にとって人間は二種類に分けられます。差別する人としない人です。

差別する人としない人の二種類の人間がいると考える左派は、右派や大衆=差別をする人、自分たち=差別をしない人だと考えます。そして、前者が意識を変えれば、社会から差別がなくなると信じています。
あるいは、たとえば彼らは移民を受け入れることによって、差別思考から抜け出せないでいる、遅れた右派や大衆の意識改造をはかり、それによってより進んだ社会が実現できると信じているようです。だから、左派は移民の受け入れに積極的です。

左派の人たちは、自分は差別などしないし、差別意識もないと思い込んでいます。
一昨年の、『新潮45』8月号に掲載された論文「『LGBT』支援の度が過ぎる」に対する、杉田水脈議員へのバッシングを見ると、左派は「自分は差別などしないし、差別意識もないと思い込んでい」るがゆえに、盛大な批判ができるのだということがありありと分かります。
実に単細胞です。

差別という観点から考えると、右派の私も、人間は二種類に分けられると思います。自分に差別意識があるのを自覚している人と、その自覚のない人です。

差別意識のない人間などいません。
結婚するといって、息子または娘が連れてきたのがA人で落胆した。B人だったら良かったのに(A、Bには任意の人種、民族、国籍を入れてください)。
それは、差別意識があることの証明であり、内心を見れば自分にもそのような感情があるのは否定できないはずなのに、左派は自らにそのような意識があることを認めようとしません。
見た目では分からない在日や同和差別があるくらいだから、見た目で直ぐにわかる人種や民族の人たちに対する差別はそれ以上に起こりうるだろうと考えるのが自然だと思うのですが。

左派は、自分は差別をしない人間、差別意識のない人間だと信じていますが、彼らは差別をしないのではなく、自分のやっている差別に気がついていないだけです。あるいは、差別について鈍感だから、「自分は差別をしない人間、差別意識のない人間だと信じ」られるのです。
要するに、彼らは差別意識があるのを自覚していない人たちです。

自分は差別をしないし、差別意識もないと信じている当人も家族も、それらから逃れられません。
セクハラ行為は、右派ばかりではなく左派だっておかします。だから、人類が左派ばかりになったとしても、セクハラがなくならないのと同様、人類が左派ばかりになっても、差別はなくなりません。
左派は自らの内心を見ません。自らに差別意識があるのを認めるのが怖くて、それを直視できないのです。

差別意識があることを自覚している人は、それがなくせるとは思っていませんから、移民の受け入れに慎重になりますが、差別意識もあるし、差別もしている、しかし、その自覚がない鈍感な人たちが、移民の受け入れを推進するから、社会の差別が拡大するのです。
欧州の現実がそれを証明しています。

地方衰退の第二の原因

地方の衰退が言われて久しい。

田舎に住んでいても、夫婦で生活でき、子供に高等教育を施すことができるような仕事が減ったために、人口が流出し、経済も沈滞あるいは縮小している、それが地方の衰退でしょう。

地方衰退の第一の原因」にも書きましたが、その一番の原因は産業構造の変化にあります。
昔は各地に散らばって生活をしなければならなかった第一次産業中心の時代から、散らばって生活をする必要がなくなった、というよりも、工場やオフィスや住宅地や商業地など、人間が集まって生活し、労働したほうが効率が良い時代へ移行しています。

問題は、地方衰退の、もう一つの原因です。
ウィキペディアの「シャッター通り」によれば、シャッター商店街等は「1980年代後半から顕在化しており」、特に2000年の大規模小売店舗法の改正により、大規模店が各地の郊外に建設されました。
その結果、小売店が壊滅し、小売店とそれなりに共存していた百貨店も凋落の一途をたどっています。

一方、減少する小売店に対して増えたのが、ショッピングセンター、ホームセンター、ドラッグストア、その他の量販店やコンビニ、ファーストフード店など(以下、「大規模店等」)です。
それら大規模店等の店舗で売られている商品は、かつて小売店等で売られていたものです。いいえ、品揃えは小売店よりも大規模店等の方がはるかに豊富です。そして、客足が後者の方へ移ったため、前者が衰退することになりました。

小売店の多くは廃業し、店員さんたちはリストラされました。そこで働いていた人たちは、あるいはその子供たちはどうなったでしょうか。
ある者は職を求めて大都市圏へ転出し、ある者は客を奪った大規模店等へ職を求めたと考えられます。

いちいち聞いたりはしませんが、大規模店やコンビニで働いている人たちは、非正規雇用が多いのではないでしょうか。
たとえ非正規雇用でも、小売店で働いていた時よりも、報酬が多く、待遇が良いのなら、地方の衰退もそれほど顕在化しなかったでしょう。けれども、恐らく小売店時代よりも、大規模店等で働いている現在の方が経済的に悪化していると思われます。

小売店から大規模店等への転職→年収の低下→生活必需品を安売り大規模店等で購入→さらなる小売店の廃業→一部の者は大都市圏へ、一部の者は大規模店等へ転職・・・・負のスパイラルです。

地方において、消費の活力あるプレーヤーは、大手企業の正社員と正規公務員だけです。
大手企業は生産拠点の多くを海外へ移転させましたし、国内では雇用の調整弁として非正社員を活用していますし、国や地方公共団体も非正規公務員を活用しています。また、大規模店等で働く人たちの待遇も今述べた通りです。

消費の活力なきプレーヤーが増加している、それが地方衰退の第二の原因だと思います。

既に述べましたが、大枠としては、何らかの産業革命でもない限り、地方の人口の流出、その結果としての経済の下降は避けられないだろうと思います。
ただ、コンビニや大規模店の伸長が、地方の衰退に拍車を掛けている、のではないでしょうか。

この先、大規模店等が社員の報酬を抑え、競合店との競争のためさらなる安売りをして行けばどうなるでしょうか。今はまだ、大規模店等の出店は増加基調にあるようですが、そのうち攻勢極限点(攻撃の限界点)に達します。その後は、右肩下がりの時代に突入です。
若者たちがさらに大都市圏へ移住し、高齢者が減少すれば、何れ大規模店等は店舗のリストラを進めなければならなくなるでしょう。大規模店等にとって、地方の衰退は自社の衰退なり、です。

地方の衰退=自社の衰退を止めるには、止められないにしてもその進行を緩和させるためには、どうすれば良いでしょうか。大規模店等の経営者は、自社の社員の待遇の改善をはかる、しかないだろうと思います。

地方衰退の第一の原因

近代よりも前、時代区分でいえば江戸時代以前、産業の中心は農業でした。
農業で人を養うには、ある一定の広さの土地が必要です。だから、人々は各地に散らばって暮らしていました。
今でも田舎へ行くと、こんな山間部にも、こんな山奥や高地にも人間が住んでいるのか(住んでいたのか)と驚かされることがありますが、それは人が奥地へ奥地へと田畑を開墾して行った結果でしょう。

ところが、近代が始まり、産業構造が変化しました。第一次産業から、第二次・第三次産業へその主流が移行しました。それに伴い、人口も地方の農村部から都市部へ、さらに地方から大都市圏へと流出し続け、現在でも尚それは止まず、地方の各地では過疎化が進行しています。

人口が減少すれば、産業も消費も沈滞するのは当然です。
産業構造の変化、それが今日いわれるところの、地方衰退の第一の原因でしょう。

田舎に住んでいても、夫婦で生活ができ、子供に高等教育を施すことができるような、多くの人にそのような選択を可能にするような何らかの産業革命でも起こらない限り、それを原因とする、地方の衰退を押し止めることは、困難だろうと思います。

【追記】
この記事より一年前に、同じような認識を記している方がいました。
なぜ地方は衰退するのかーうみうまカルトラーレ

【関連記事です】
地方衰退の第二の原因

過労死・過労自殺を減らすために

2015年12月、電通の若い女性新入社員が過労自殺をし、それが話題になりました。しかし、世間はこのことを、そのうち忘れてしまうでしょう。
「過労死110番」に三十年間かかわってきたという川人博弁護士は、次のように述べたとのことです。
「我々が110番を続けているのは、職場の過労の実態が変わらないからだ。30年続いたのは、いいことではない。非常に深刻な問題です」(朝日新聞、2017年7月31日付)。
同氏は、また語っています。
「過労死防止法の施行後も、日本の職場の現状が全く変わっていない」(同前、2016年10月26日付)。
どうして過労死、過労自殺は減らないのでしょうか。
経営者がほぼ毎日従業員の顔を見ているような、社員数が十人以下の零細企業ならともかく、数百人、数千人、数万人を擁するような企業の経営陣にとって、過労死、過労自殺の発生は青天の霹靂でしょう。
過労死や過労自殺(以下過労死等)の報道を見ていていつも思うのは、彼または彼女の上役は何をしていたのだろうかということです。
確かに会社は営利法人ですから売り上げをあげ、利益を出さなければなりません。しかし、下役の尻を叩くだけが上役の仕事ではないでしょう。彼は部下の顔を見て、心身の健康を気遣う必要があります。過労死等発生現場の上役は、それをしていなかったのではないでしょうか。自身の出世のために、下役を酷使する上役は少なくないでしょう。
私自身の経験に照らしても、上役は社歴が長いとか、年長であるといった理由で、単に上役になっている例が少なくないように思います。
企業は過労死等を無くす対策を講じるべきなのは言うまでもありません。しかし、社員数が多い会社では、経営陣による社内の隅々までの目配りは不可能だと思います。
過労死等が減らない原因は、責任の全てを会社自体やその上層部に押しつけて、直属の上役の責任を不問に付しているからではないでしょうか。
直属の上役の認定制度を作り(組織上それが明確でない企業もあるでしょうから)、過労死等が発生した場合は、その補償の一部を負担させるなど、彼(彼女)に何らかのペナルティを科すような制度化を施すべきだと思います。
そうすれば、能力が不足しているのに上役になりたがる者を抑制することができるでしょうし、ひいては過労死等を減らすことができるのではないでしょうか。

追記
直属の上役も弱者で、全ての責任は会社及びその上層部に負わせるべきだと考える人もあるかもしれません。しかし、そのような思考も過労死等を減らせない原因の一つかと思います

 

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