言論で闘わない「言論人」植村隆氏

6月27日付朝日新聞によれば、名誉を傷つけられたとして、元同紙記者植村隆氏が西岡力氏と文藝春秋に対し、損害賠償を求めた訴訟の判決が26日東京地裁であり、同氏の請求が棄却されたとのことです。

控訴する方針の植村氏は判決後の記者会見で、「ひるむことなく言論人として闘いを続けていきたい」と述べたらしい。
言論人なら「闘い」を裁判所に持ち込まずに、どうして言論誌・紙で行わないのでしょうか。
氏は『週刊金曜日』の発行人兼社長だそうですが、ということは書く媒体を持っているということです。言論人として稀有な、恵まれた存在です。それなのに、なぜ言論で闘わないのでしょうか。
裁判に時間をとられれば、言論に割く時間も削られ、言論人として十分に活躍できないでしょう。

「植村氏は、名誉を傷つけられ、教授に内定していた大学との雇用契約の解除を余儀なくされた」そうです。
そうであるなら、なおさら言論で西岡氏や『週刊文春』をコテンパンにやっつけたら良いのにと思います。
そうすれば、左派新聞や雑誌やテレビからお座敷がかかり、あるいは印税収入で、大学教授よりももっと稼げたのではないでしょうか。

それなのになぜ、植村氏は言論で解決すべきことを、裁判沙汰にするのでしょうか。
西岡氏との論争に「ひる」んだから、もしくは言論では勝てないと踏んだから、でしょうか。それとも、言論人としてのアイディアもエネルギーも枯渇したため、優秀な言論人の足を引っ張ることにしか関心がなくなってしまったためでしょうか。

面白い対談

雑誌『will』2018年7月号の、石原慎太郎氏と亀井静香氏の「甘辛問答」は面白かった。
亀井氏曰く、

「西部邁、三島由紀夫、そして石原慎太郎・・・・・・これが戦後日本の知の三巨人だなと、つくづく思う」

それに対し、石原氏は、

「僕は違うよ(笑)。三島さんについてはあまりにも知りすぎているから言いたくないけど、あれほど『虚飾』に塗れた人はいなかったな。(中略)彼ほど天才的に肉体能力がなかった人はいない(笑)。(中略)そういった虚飾を塗りつぶすために、最後は楯の会をつくって、割腹自殺を遂げた。(中略)三島由紀夫の写真は、つくりごとを含めて全部インチキだったけど」云々。

また、石原氏は述べています。

「西部より、渡部昇一さんのほうがはるかに巨大な知性の持ち主だったと思う」。

当然の評価でしょう。
渡部氏は文章の力によって世に出た人です。それに対して、西部氏の場合は、「朝まで生テレビ」で名前を売ったテレビ評論家です。ついこの間、西部氏の『戦争論』(日本文芸社、1991年刊)を手にしましたが、文章が曖昧なので途中で読むのを止めました。

石原氏は、次のようにも語っています。

「安保闘争は、本当に上っ面の空騒ぎだったと思う。
ただ、最後まで転向しなかったのは大江健三郎と、小田実だったな。大江はいつかの講演で『日本の若者たちにとって理想の国は北朝鮮しかない』とまで明言している。本人は覚えているかどうか知らないが(笑)」。

不正確な文章という点では、小田氏は相当なものでしたが、西部氏は右派?の小田実だと評して良いかも知れません。

亀井氏の、

「石原さんは絶対に自殺することはないね(笑)」。

との発言に対し、石原氏は、

「ないな(笑)」。

と答えています。
西部氏は今年1月21日に自殺をしました。氏は自殺することによって、自ら設計主義者、リセット主義者であることを証明してしまったのだと思います。

西部邁論

山本夏彦氏は書いています。
「『何用あって月世界へ』
これは題である。
『月はながめるものである』
これは副題である。
そしたら、もうなんにも言うことがないのに気がついた。これだけで、分る人には分る。分らぬ人には、千万言を費やしても分らぬと気がついたのである」(『毒言独語』、中公文庫、73頁)。
私も書いてみます。
「西部邁論」
これは題です。
「左翼の文体で保守を語る」
これは副題です。
これだけで、分かる人には分かるでしょう。

二十代前半より、もっぱら保守派の評論家の文章を読んできました。しかし、西部邁氏の文章は肌に合いません。なぜでしょうか。氏が基本的に左翼だからだろうと思います。文は人なりと言いますが、保守は文なりです。
2001年の9・11テロの際、西部氏は「グローバリズムがテロの原因」だと公言しました。しかし、あらゆるテロの原因はテロリストの動機にあります。それなのに、なぜグローバリズムがテロの原因なのでしょうか。「下部構造」(グローバリズム)が「上部構造」(テロリストの動機)を決定するとの理屈だと解する他ありません。それは唯物史観の一変種ではないでしょうか。グローバリズム原因説は小林よしのり氏も主張していましたが、両氏とも元左翼なのは象徴的です。孫悟空がお釈迦様の手の平から飛び出せなかったように、西部氏にしろ小林氏にしろ、マルクスの手の平から抜け出せていないからだと思います。
今年1月21日に西部氏が亡くなった後、左右真ん中の新聞、雑誌に追悼文が掲載されました。一方、昨年4月17日に亡くなった渡部昇一氏の場合はそんなことはありませんでした。保守は左翼に嫌われてナンボです。どうして左派のメディアに追悼文が出るのでしょうか。誰かが西部氏のことを軍手人間(左右兼用)だと評しましたが、それは氏の思想と行動の曖昧さのためだと思います。

福田恒存氏は、「私は朝日新聞に對して非『書く』三原則を守つてゐるんです。つまり、『取らず、讀まず、書かず』(笑)」と発言していますし(『言論の自由といふ事』、新潮社、昭和四十八年、64頁)、朝日新聞に渡部氏の文章が掲載されることはありませんでした。
それに対して、西部氏の弟子に当たる「保守派の重鎮」(『文藝春秋』、2018年5月号)、佐伯啓思氏は同紙に「異論のススメ」を連載しています。しかし、それが物議を醸したという話は聞きません。朝日にうまく順応しているのでしょう。
やはり西部氏の取り巻きの一人、中島岳志氏も朝日新聞の紙面審議委員を務めていました(ウィキペディアによれば、中島氏は「2009年1月『週間金曜日』編集委員に就任。2010年『表現者』編集委員に就任」とあります)。

雑誌『正論』を「後ろから読ませる」連載、「『左』も『右』もメッタ斬り!メディア裏通信簿」は、教授、先生、女史、編集者という架空の人物の対談形式で記述されています。2018年1月号で筆者(潮匡人氏でしょう)は、教授に次のように発言させています。
「10月21日付朝日新聞を読んでいたら、共産党の全面広告があったのですが、『保守の私も野党共闘支持です』という中島岳志氏が載っていましたね。共産党のPRする保守なんてあるわけがない。(笑)」。
「共産党のPRする保守」まで出てしまう。西部氏の保守論は、根本的な何かが欠落しているのかもしれません。
氏とその周辺の人たちは、保守としての純度が低いように思います。言い換えるなら、左右兼用の軍手保守が多いのではないでしょうか。
彼らの保守論を信じてその後を着いていくと・・・・いつの間にか左翼の側にいた、そんなことになりかねません(笑)。

追記
福田氏とは違って、いけまこは朝日新聞を購読しています。ささやかながら、同紙を監視しているつもりです

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