なぜ日本人慰安婦は問題にならないのか

1.慰安婦は朝鮮人よりも日本人の方が多かった

身近な人と喋っていて、たまたま話題が慰安婦に及んだ時、私が慰安婦は朝鮮人よりも日本人(1)の方が多かったと言ったら、相手は驚いていました。日本人よりも朝鮮人の方が多いと思っていたらしい。それを聞いて、私の方が驚きました。

身近な人は、テレビと新聞しか見ない、いわゆる情報弱者です。それで分かるのは、テレビや新聞がいかに正確な、あるいは肝腎な情報を伝えていないかということです。

2.なぜ日本人慰安婦は問題にならないのか

慰安婦は、朝鮮人よりも日本人の方が多かった(2)。それなのに、なぜ慰安婦で問題になるのは朝鮮人ばかりなのでしょうか。なぜ日本人は問題にならないのでしょうか。
慰安婦は女性の人権の問題である、のたぐいの言説がありますが、それが女性の人権の問題なら、なぜ日本人慰安婦のそれは無視されるのでしょうか。

朝鮮で、日本の軍人が慰安婦狩りを行い、朝鮮人女性を強制的に連れ去り、慰安婦にしたとの説は、嘘だというのが明らかになりました。
当時朝鮮は日本に併合されていたので、朝鮮人は日本人でした。本人か親が業者の募集に応じ、慰安婦になりました。その点、日本人も朝鮮人も同じです。つまり、彼女たちが慰安婦になったのは、強制ではなく任意でした。

それなのに、どうして朝鮮人慰安婦(の人権)のみが問題になり、日本人慰安婦は話題にもならないのでしょうか。
日本が朝鮮を併合していたから、慰安婦も朝鮮人は被害者で、日本人は加害者との論理なのでしょうか。
当時の朝鮮にはわずかながらも男娼がいて、仕事か旅行で現地を訪れた日本人男性が彼を買ったような事例もあったかもしれません。その論理に従うなら、その場合も、朝鮮人男娼は被害者であり、日本人男性は加害者ということになるでしょう。それなら、踏みにじられたはずの朝鮮人男娼の人権も、問題にすべきではありませんか?

3.真理に抗う人たち

第一、慰安婦は朝鮮人よりも日本人の方が、数が多かったということを知ること。
第二、多かった日本人慰安婦がなぜ問題にならないのかを疑問に思うこと。
この二つによって、慰安婦問題がフェイク・プロブレム=偽問題であることが分かります。

真理に抗う人たちは、この二点を隠しています。徐々にであれ、時が経つにつれて、慰安婦問題の嘘は覆るだろうと思います。
朝鮮人慰安婦しか問題にしない左派は、何れ沈む運命にある泥舟に乗っているようなものです。左派メディアの社員たちは、その時は自分は退職しているか、死んでいると割り切っているのでしょうか。

(1)当時朝鮮は日本に併合されており、朝鮮人も日本人だったので、専門的に慰安婦を論じた書物では、両者を区別するために、日本人を「内地人」と記述しています。
(2)秦郁彦著、『慰安婦と戦場の性』、新潮選書

立派な朝鮮人売春婦・立派でない朝鮮人売春婦

戦前日本の植民地下の朝鮮で、同じ朝鮮人男性に身を任せても、日本人その他には身を任せないのを貫いた娼婦がいたとしたら、彼女は立派な売春婦です。

一方、金のためなら、朝鮮人であろうが日本人であろうが支那人であろうが満州人であろうが、枕を交わしたのは、立派ではない売春婦です。

売春婦になったぐらいだから、経済的に困窮していて、職業あるいは人生の自主的な選択などできなかったのかもしれません。しかし、中には、荒稼ぎできるから、「相手は誰でも構わない」を選んだ女性も少なくなかったでしょう。そして、日本軍の慰安婦になった人たちは、そのような人たちでしょう。

1991年8月14日、金学順さんが慰安婦であったことを明らかにした日を記念して、韓国では日本軍慰安婦をたたえる日が制定され、一昨年施行されました。
けれども、たたえられるべきは、たとえ売春婦であったとしても、朝鮮人男性にしか身を任せなかった女性たちではないのでしょうか。

金のためなら、誰であろうと身を売った人たちは、「たたえ」られるに相応しいでしょうか。
それとも、当時の朝鮮には志操ある娼婦など全くいなかったのでしょうか。

【追記】
私は、慰安婦問題の被害者は日本国および日本国民だと考えるので、「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」の、「被害者」の語は、敢えて省きました。

左翼にとって法の原則と真理とは

(下記は、よもぎねこさんのブログ記事、「女性はいくらでも嘘をつけますから 性暴力」への、一回目と二回目のコメントです。)

【一回目】(9月30日)
普通の民主的で、人権の保障された社会では、疑わしきは被告人に有利に、あるいは無罪推定が原則なのですが、左翼は自分たちが敵だと見做す人物、嫌悪する事柄、イデオロギー的に相反する立場に対しては、たとえば安倍前首相のモリ・カケ・サクラ、戦前日本の南京事件や慰安婦問題、弱者(女性)救済イデオロギーに都合の良い伊藤詩織事件などに対しては、途端に有罪推定を適用するんですね。

左派(の主張)には無罪推定。
右派には有罪推定。
が、彼らのモットーでしょうか。

【二回目】(10月4日)
「あること」と「あるべきこと」、事実と価値、存在と当為を区別するのは、今日常識でしょう。

ところが、マルクス主義者はその区別を、ブルジョア的分裂思考と言って否定してきました。
マルクス主義者にとって、真理とは共産主義社会の実現に資する事実のみが真実であって、それに反する事実は真理ではありません。

左翼の目標は社会・共産主義社会の実現から、いわゆる弱者(女性、在日、黒人、LGBT他)に対する差別なき社会の実現に移行したようです。

けれども、目標は変わっても、左翼の真理観は変わっていません。弱者救済に役立つ事実のみが真実であり、そうでない事実は彼らにとって真実ではありません。
左翼にとって真理は、政治の手段であり、下僕にすぎません。

真理だけではありません。よもさんが言うところの、疑わしきは被告人の有利にや証拠主義などの法の原則も、自分たちのイデオロギーに資するものだけか、それに役立つ場合に限り尊重して、そうでない場合は尊重しません。

真理や法の原則に関するそのような思考や行動は異様なのだ、ということを少しも疑問に思わないし、それを指摘しても聞く耳を持ちません。

目の両側を遮蔽され、正面に人参をぶら下げられた馬のように、左翼はイデオロギーという人参しか見えなくなっているのかもしれません。

覇権国の論理

18、19世紀の世界における覇権国イギリスと20、21世紀の覇権国アメリカの行動原則は、<自国の覇権を脅かすもの、自国に取って代わろうとするものは潰せ>、ではないでしょうか。

イギリスは英蘭戦争でオランダを潰し、覇権を維持しました。
アメリカも、第二次世界大戦で独日を潰し、冷戦でソ連を潰し、冷戦後は経済的に脅威となった日本を潰し、そして今、中共を標的にしているのだと思います。

このように言うと、イギリスもアメリカもあくどい国のような印象を受けますが、必ずしもそうではありません。米英のような覇権国が、自由で民主的な体制の国であったのは幸いでした。
もっとも今後の世界で、自由や民主主義、人権や法の支配を保障しない国は、一時的に覇者になったとしても、各国から異議申し立てや反抗が起こり、長期的に覇権を維持するのは困難でしょう(だから、中共は長期的な覇権国にはなりえません)。

自国に取って代わろうとするものは許さない、という覇権国の原則の是非はともかく、というよりも、その是非を論じるのは無意味なので、事実は事実として認め、その時々の置かれた状況により、日本は自国の舵取りを考えれば良いのだと思います。
すなわち、現在はアメリカ側について、独裁主義国家中共の覇権国化を阻止すべきでしょう。

百年後か二百年後、アメリカがBLMやANTIFAのような極左に乗っ取られ、自由や人権等がない国になる一方、支那が共産党一党独裁の体制を脱し、自由で民主的な国になり、そのような米支が世界の覇権を争うことになったなら、その時は支那と同盟を結び、アメリカを潰すことを考えれば良いのだと思います。

【追記】
独裁主義国が長期的に覇権を保持するのは無理だとしても、一時的に覇権を握る可能性はあります。そして、それは国際社会の災厄です(10月9日)