転向の理由

転向はその殆んどが左派から右派への一方通行です。時たま、左翼から保守を通り越して右翼に走る者もあります。戦後は特高警察による拷問がある訳でもなし、なぜ転向者は宗旨変えをするのでしょうか。
エンゲルス曰く、「唯物史観と、剰余価値による資本主義的生産の秘密の暴露とは、われわれがマルクスに負うところである。社会主義はこの発見によって一つの科学となった」(『空想より科学へ』、大内兵衛訳、岩波文庫)。
唯物史観や剰余価値論を知って社会・共産主義者になり、その後転向したということは、それらの理論に対して否定的な見解を抱くようになったということでしょう。そうであるなら、マルクス主義の理論について異論を公にすることは、いまだそこから抜け出せずにいる人たちの目を開かせることになるはずです。
ところが、転向者による転向の弁を読んでも、あれこれ述べてはいるものの、左翼の理論のどこが、どのように間違っていると考えた結果転向したのか、肝心な理由が判然としません。どうしてなのでしょうか。
仮説はこうです。
転向者は、思想上の必然性により転向しているのではなく、処世術上の必要性のために転向しているのではないでしょうか。
社会・共産主義に将来はなさそうである、このままだと泥舟と心中することになる、しかし、陽の当たる場所に出たい・・・・。そのような深層心理が彼に転向という行動をとらせるのではないでしょうか。
左翼から保守に転向した者の言説がブレがちなのは、時に左翼回帰しているように見えるのは、過去の思想を清算していないという、彼の転向の理由のせいではないでしょうか。

【追記】
「誰しも、後になると、いろいろと弁明の手段を考えるもので、自分の進退の『思想的根拠』を説くことが多いが、案外、仲間や友人から離れたくない、彼らを捨てたくない、彼らから捨てられたくない、そういう気持ちが進退の決定的動機だったのではないか」(清水幾太郎著、『わが人生の断片(下)、文藝春秋、54頁』)(2020・11・3)

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